誰かに正直に話せば気持ちの整理ができることがわかっても、友人にこんな話をする気がないのと同じだ。趣味について語る気もないし、服装がダサいことも明かすつもりはない。

 結局なにもかわらねえ、てことだ。

 ノートの彼女のようにマイナスな意味で〝本当の自分〟を隠しているわけではないから、かわろうと思えないんだろう。

「どうした景、ぼんやりして」
「いや、眠いなあって思っただけ」

 無言でいるおれに、友人が不思議そうに聞いてくる。「いい天気だしな」と言葉をつけ足して窓の外を指さした。
 ボリューム満点の鶏肉入りサンドウィッチにかぶりついて、咀嚼しながら空を眺める。

 ノートの彼女は、なんて返事を書くだろうか。

 もうノートを取りに図書室に行っただろうか。まだ、読んでいないかもしれない。今すぐ確認しに行きたいけれど、鉢合わせたらまずいので我慢をする。せめて五時間目と六時間目のあいだ休憩までは我慢しなくちゃいけない。

 顔を合わせた誰かがノートの相手だというわけではないけれど、人の気配がするたびに緊張してしまうし、万が一のことを考えると、最近図書室で昼休みを過ごせなくなった。相手は文系コースだろうと予想し、放課後予定がない日だけはのんびり居座っているけれど。

 今読んでいる海外ミステリの続きが気になるから、どこかで読みたいんだけどなあ。教室で読む、のは当然却下だ。なんかいい場所ねえかなあ。

「なあ、景」
「んー」
「景はどこ行きたい? どこがいいと思う?」

 弁当を食べながらスマホを操作するジンがおれに訊く。なんの話かさっぱりわからず首を傾げると、ジンはおれにスマホを見せてきて「やっぱりファミレスでしゃべるほうがいいかな」とか「ここのカラオケもいいと思うんだけど」と言った。

 ジンは真剣な顔でまわりの友人にも意見を求める。

「なんなんだよ急に」
「なにって、まほちゃんとのデートじゃねえか」

 いつのまにデートまでこぎ着けたのか。
 っていうか昨日連絡先を交換したばかりじゃなかったっけ。
 行動力がすごいな、こいつは。

「好きなところに行けばいいだろ。なんでおれに訊くんだよ」
「なんでって」
「おれより女子に訊けば?」

 そう言うとそばにいた女子が「なになにー」と会話にまざってきた。ジンが事情を説明すると、「そんなの人それぞれでしょ」「誰と行くの」「その子が好きそうなところ選ばないと」とかなり真面目に考えはじめる。

 なるほど。相手に合わせる必要があるのか。

 こっそり耳を澄ませていると、途中から女子たちは「眞帆ちゃんって、あの美少女?」「陣内には無理でしょ」「どうせしつこいから一回だけ出かけてあげるか、てなったんじゃない?」とジンにひどいことを言う。

 なるほど、そういう考え方もあるのか。

「そんなことねえし!」

 否定をするジンを無視して、「そういう相手とならどこ行きたい?」と女子たちは顔を見合わせた。

「どうでもいい相手との時間つぶしなら、カラオケ?」
「好きでもない男とふたりきりで個室とかいやじゃない? 陣内だし」
「ファミレスのがマシか、陣内だし」
「好きでもない男と会話だけで時間潰せる? 陣内だよ?」

 ひどい。こわい。
 おれは、もし同じようなことがあっても女子にだけは相談しないでおこう、と心に誓った。ジン、悪かった、おれのせいだ。
 心の中で謝っていると、

「いやふたりじゃねえよ、景も一緒だし」

 とジンの声が聞こえてきた。

「は?」

 初耳なんだけど。どういうことだ。
 口からサンドウィッチを噴き出しながら目を見開く。

「なんでおれも一緒なんだよ、知らねえぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ」
「聞いてねえ。勝手におれをメンツに入れるな。なんでお前の好きなまほちゃんとやらとお前と三人で――」

 口にして、はっとする。

「……まさか」
「そりゃあ、三人で遊ぶわけないだろ」

 ちょっと待て、ちょっと待て。
 そしてなんでジンはちょっと自慢げなんだ。おい。

「瀬戸山とまほちゃんと、おれと景の四人に決まってんじゃん」

 決まってねえよ!