いつも、笑っていた。

 あたしは幸せだから。お母さんがいなくてもおばあちゃんやお父さん、お兄ちゃんがいてくれるから。友だちもいて毎日が楽しいから。笑っているから、まわりのみんなも笑ってくれるんだと思っていた。

 元々あたしは、まわりからどう見えるかを意識していた。笑っていればいい、という単純な思考回路しかなかったけれど。

 ――『美久って男子の前で態度ちがうもん』

 中学一年の終わりに、そう言われるまでは。

『美久ちゃん、この前有埜くんと一緒に出かけたでしょ』

 数人の女子と廊下で談笑しているとき、そう言われたのがきっかけだった。
 当時あたしは景くんとつき合っていて、数日前の休日に、景くんとはじめてデートに出かけていた。誰かに見つかると面倒だから、と景くんが言ったので、県外まで出かけた。それを、見られてしまったらしい。

『もしかしてつき合ってるの?』
『まさかー。たまたま、会っただけ』

 当時、すでに景くんは女子に注目されていて、言葉にはしないけれど好意をいだいているような友だちが何人かいた。実はつき合ってるんだ、なんて言えなかった。景くんもまわりに知られることをいやがっていた。だから、へらへらと笑って誤魔化した。内心冷や汗を流しながら『偶然だよ』と何度も口にしながら。

『ほんとにー? 実はつき合ってたりするんじゃないのー?』

 その輪の中にいた、かみちゃん、という友だちが言った。

 ハキハキしていて、気の強い、男子相手でも怯むことなくケンカができる、正義感にあふれた友だちだった。あまり男子にもイケメンにも興味がなく、あたしや他の友だちが流行りのドラマや人気のアイドルについて語っていると、ふーんと興味なさげにしていた。それがなんだか大人っぽくてかっこいいなと思っていた。

『ふたり仲いいもんねえ』
『そ、そんなことはない、と思うけど』
『つき合ってなくてもいい感じだったりするんじゃないのー?』

 友だちが楽しげに笑いながらあたしを肘を突く。

 否定していたけれど、内心〝仲がいい〟と言われたことがうれしかった。昔の景くんは女子とあまり話をしなかったけれど、中学では女子とも仲良くしていたから。

 昔はあたしだけが特別だと思っていたけれど、今ではたくさんの女友だちがいる。
 つき合いを内緒にするのも、実は少し残念に思っていた。景くんがいやがっていたし、彼の言うことに納得もしていたけれど、堂々と一緒にいられないことは少しさびしかった。

 でも、それでも、あたしは特別に見えるのか。
 そんなふうに感じて、思わず頬が緩んだ。
 そのときだ。

『でも、美久って男子の前で態度ちがうもんね』

 かみちゃんがそう言って笑った。

『え?』
『男子の前だとキャピキャピする感じだよね』
『ミーハーなのも、わざとなんじゃない?』
『男子と話すとき距離が近いしね』
『美久ってなにが好きなんだか、よくわかんないもんね』

 そんなことない。そんなつもりはない。
 茫然とするあたしに、かみちゃんは『自覚なかったの?』と首を傾げた。

『まあ、美久はちょっと空気読めないもんね』
『ぶりっこになってるから、気をつけたほうがいいよ』
『そこが美久のかわいいところだけどさ』
『親がいない話とかも、同情誘っているように感じる人もいると思う』

 そのとき、かみちゃんがどんな顔をしていたのかは、覚えていない。まわりの友だちがなんて言っていたのかも。クスクスと笑っていたような気もするし、普段あたしと話しているときのような口調で『そうかも』と同意していたのかもしれない。

 かみちゃんの声だけが、頭の中に響いていた。

 友だちの背後の空が今にも雨が降りだしそうなほど暗かったことは、はっきりと記憶に残っている。