でも、男ぎらいではないことは、あたしが一番よく知っている。

 避けている、だけ。
 これでも中学二年、三年の時に比べたらまだマシなので、浅香にまで言われるとは思っていなかった。

「美久、お兄ちゃんがいるのに意外だよねえ。ブラコンとか?」
「お兄ちゃんみたいな彼氏とか絶対いや!」

 それはない。ブラコンはない。
 ぶんぶんと顔を左右に大きく振る。
 けれど眞帆は「えー」とあたしの顔をのぞき込んでにやにやした。

「でも美久の家族の話の八割はお兄ちゃんのことだし」
「そ、それは」
「たしかにー。私とか眞帆みたいにママとケンカしたとか愚痴も言わないよね。なるほどブラコンか」
「なるほどなるほど」
「ちょっとー! やめてよー!」

 おちょくるふたりに文句を言いながら、内心、ビクビクする。
 これ以上この話が続きませんように。
 そう願うと、タイミングよく予鈴が鳴って話が終わった。



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  そりゃもちろん
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  本当のあたしを好きになってほしいよ
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  本当のあたしを好きになってくれる人なら
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  きっとあたしもその人を好きになると思う
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  でも 本当のあたしなんて
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  誰にも知られたくない
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  そりゃそうだよな
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  おれも本当のおれを好きになってくれるなら
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  つき合ってもいいと思うし
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  でもあんたと同じで おれも本当のおれは
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  人には見せないようにしてる
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  ってことはさ おれら誰ともつき合えねえな
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  告白されてもその気持ちを信じらんねえだろ
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  相手が本当のおれらを知るわけないんだから
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「たしかに」

 放課後の図書室で、ノートに書かれた返信に思わずそう呟いてしまった。
 あたしが今朝受け取ったノートを図書室に戻したのは、昼休みがはじまってすぐだ。そして、放課後には返事が書かれていた。

〝告白されても その気持ちを信じらんねえだろ〟
〝相手が本当のおれらを知るわけないんだから〟

 そのとおりだ。そして、それが返事を書きながら自分でもよくわからないモヤモヤしたものの正体だったのだと気づく。

 男子と話しすらしないくらいなのだから、わかり合えるはずがない。
 当たり前のことだ。

 ……詰んでるじゃん。

 呆然と突っ立っていると、珍しく図書室に誰かが入ってくる気配がした。慌ててノートをカバンに入れ、誰にも見つからないように棚に身を隠しながら図書室を出る。

 やり取りの相手に、ノートの持ち主があたしだと知られたくない。あたしも、相手のことはあまり知りたくない。

 相手が誰か知らないから、あたしは恥ずかしげもなく胸の内をあけすけに伝えることができている。〝彼氏がほしい〟という落書きを見られてしまっているので、今さら取り繕ったところで無意味だし。

 相手の人も誰だかわからない相手だからこそ、こうしてやり取りを続けてくれているのかもしれない。
 お互いの素性がわかったら、このやり取りは終わってしまうかもしれない。それはちょっと、つまらない。もうちょっと、この不思議な交換日記を続けたい。

 SNSで知らない人と会話をすることはあるけれど、そういうのとは、ちがう。相手に対する情報がなにもない状態での秘密の会話。そんなの、なかなかできることではない。

 そそくさと廊下を歩き、人通りの少ない階段に向かった。

 理系コースの校舎のすみにある階段は、普段から人の通りが少ない。おまけに今の時間、理系コースは七時間目の授業中だ。絶対に誰も通らない。
 最上階まで上がって、階段に腰を下ろし再びノートを取りだした。

〝本当のあたしなんて 誰にも知られたくない〟

 昼休みに書いた、あたしの文字。そして。

〝おれも本当のおれは 人には見せないようにしてる〟

 この人にも〝本当のおれ〟というものがあって、それを人に見せないようにしているらしい。

 モテそうな人でも、同じようなことを考えたりするんだなあ。
 イケメンか。脳内で校内のイケメン男子をリストアップする。そんなことをしたところで、誰かわかるはずもないのだけれど。最初にノートを見つけたことから考えても、普段から図書室を利用する人なのだろう、というくらいしかわからない。何年生なのかも不明だ。
 もちろん、詮索する気はない。

「本当の自分、か」

 こんなことを考えるなんて、くだらない。
 昔はそう思っていた。今だって、気にしたって仕方ない、と思わないでもない。

 でも、なくならない。

 それは、本当のあたしが、まわりの目を気にしてばかりの小心者だから。
 眞帆たちと一緒にいて楽しいと思う気持ちにウソはないけれど、眞帆たちの前にいるあたしは、本物ではない。本当のあたし、ではない。

「あたしにはお母さんがいないし」

 ウソばかりついているのが、あたしだ。