でも、あたしはさすがに、拾ったノートに書き込んだりはしない。中を見ても、ふーん、と放置するだけだ。落とし物として職員室に届けることもしないだろう。

 誰かもわからない相手とやり取りをするなんて、今まで考えたこともなかったな。おそらく、相手もあたしのことは知らないだろう。

 なんか、ドラマみたい。

 そう思うと、しばらくこの交換日記みたいなものを続けたくなる。
 だって、こんな経験なかなかできるものではない。

 それに、相手がモテる男子だったら、ここからなんかこう、恋がはじまったりなんかして。想像するとウキウキしてきた。
 どんな人かな。イケメンの先輩とかかな。かわいらしい後輩男子、という可能性もある。同級生の俺様男子とか。なにそれときめく。
 なんて考えたところで、相手があたしじゃ物語ははじまらないだろう。

〝誰でもいいから彼氏がほしい〟とノートに書き殴るあたしは、相当残念な女子だと思われているはずだ。前回の返事もかなり痛々しいものだったし。やり取り二回目で、相手もかなり砕けた物言いになっているのは、丁寧に対応するほどの人物じゃないことがバレてしまったからに違いない。そのほうが楽なのでいいけどさ。

〝ニセモノの自分を見られるより そっちのほうがいいとおれは思うけどな〟

 ごもっともである。
 返事を読み直ししょんぼり肩を落とすと、ポケットに入れていたスマホが振動する。

『美久ー! 学校にいるんだよね? どこにいるのー?』

 取り出して確認すると、眞帆からのメッセージが届いていた。時計を見ると、普段あたしが学校に来る時間を過ぎている。かなり長いあいだ、ここでぼんやり過ごしてしまったらしい。

 眞帆からに『すぐ教室行くよー』と返事をして立ち上がった。

 返事は昼休みにしようとノートをカバンに入れる。急いですることもないし、はやく眞帆のところに行かないと心配させてしまう。どこでなにをしていたのか聞かれるのも困る。
 なぜか、廊下を歩くあたしの足取りは軽かった。

 朝はそわそわしながらこの理系コースの校舎を歩いたけれど、今は、ふわふわしている。晴れ晴れとした秋の天気も、あたしの気分を上げさせる。
 見ず知らずの誰かとの、交換日記のせいだろう。


「あ、美久! はよー」

 教室に入ると、高校に入ってから仲良くなった眞帆がぶんぶんとあたしに手を振った。ふんわりとしたショートカットでかわいらしい顔立ちの眞帆の笑顔は、天使のようで癒やされる。小柄で華奢な印象が余計に天使っぽい。

「ちょっと聞いてよ! また電車で痴漢にあったんだけど! 滅びろ!」

 ただ、性格はかなりさっぱりとしていて、口がやや悪く気が強い。そのギャップが眞帆の魅力だとあたしは思っている。
 腕と脚を組んで舌打ちをする眞帆に、そばにいた浅香や他の友人が「またー?」「時間変えたらー?」と心配する。

「なんで痴漢のせいで私が時間変えないといけないのよ」

 目を吊り上げて怒る眞帆に、たしかに、と思う。痴漢する方が悪いのに、こちらが我慢を強いられるのはおかしい。もちろん、回避するのも正しいのだけれど。

 あたしは痴漢にあったことがない。眞帆はかわいいから標的にされるのだろう。眞帆はしょっちゅうこうして朝から怒っている。休みの日に出かけるとナンパがうっとうしいともよく言っている。かわいい、というのも大変だ。

「痴漢より出会いがほしいんだけど」
「それはわかる」

 眞帆の言葉に、友だちも大きくうなずく。

「陣内くんとドラマがはじまらないかなあ」

 眞帆は昨日、階段で出会った陣内くんに興味を抱いたらしい。あたしはそばにいなかったので知らないが、陣内くんがなにかを落としたときに眞帆が拾ってあげたとか。そのときの陣内くんが顔を真っ赤にしてめちゃくちゃかわいかったと言っていた。

「眞帆のタイプって体の大きなかわいい系だもんねー」
「そう! そうなのよ!」

 浅香に言われた眞帆はぐっと拳を作った。