そんなわけで、私達が黄色い花を探しに出かけたのは、家に着いてから四日後の事だった。
十分日帰りできるはずの距離ではあったが、一応午前中のうちに出ることにする。
「夕方くらいまでには帰るわ」
玄関先まで出てきて見送ってくれるフローラさんに、デュナが声をかける。
「この間も、日帰りって言って出かけたわよ~?」
「う……」
デュナが言葉に詰まる相手というのも、フローラさんくらいだろう。
捨てられた子犬のような、つぶらな瞳でデュナを見つめているフローラさんに、
「なるべく早く帰ってきますね」
と、私も声をかける。
フォルテが続いて「私も、早く帰ってくるね」と微笑みかけると、フローラさんは私達の頭を抱き寄せて
「ラズちゃん、フォルテちゃん、気をつけて行って来るのよ~」
と、温かく別れを惜しんでくれた。

そんなやり取りから三十分も経たないうちに、私達は森に到着していた。
「なんか、昔よりさらに近くなったよな、この森」
頭の後ろで手を組んで、見上げるスカイにデュナが突っ込みを入れる。
「あんたが図体ばっかり無駄に成長した証拠ね」
私達は遠出するときも手ぶらだが、今日はスカイも手ぶらだった。
さすがに、毛布も着替えも無しでは、家に帰らないわけにもいかないだろう。
ザクザクと生い茂る草を踏み分けて、森の奥へと進む。
「結構茂ってるわねぇ」
デュナが白衣の裾を持ち上げている。
白衣を緑に染めたくないというのは分かるが、それでは足が切れないだろうか。
そうでなくても、膝から下は素足に網タイツだ。
ふと、デュナのこの網タイツが破けたところを一度も見たことが無い事に気付く。
もしかすると、その網タイツには何か細工がしてあって、相当頑丈に出来ていたりするのだろうか?
そういえば、デュナの足に傷が出来ているところも見たことが無いなぁ……。
などと考えていると、湖が見えてくる。
「すぐ着いたなー」
スカイが後ろから嬉しそうに声を上げる。
「すぐ着くわよ。近いって言ってるでしょ」
デュナがうんざりと返事をする。
それでも返事をするあたり、デュナは律儀だと思う。

湖は、端から端までがギリギリ視界の中におさまるくらいの、大きいといえば、十分に大きかったが、それでも森の中の湖。といった程度だ。
暑い時期には子供達が水遊びに来るが、案外底が深いので、泳げない子はあまり近付かなかった。
「一人の子どもにも会わなかったな」
「そりゃそうよ、今日は平日だもの」
「あ、そっか」
私達のような仕事をしていると、平日も休日も関係なくなってしまうのだが、
世間一般的には、五日おきに、二日ずつの休日があった。
子供達の通う学校の休みも、やはりその休日に合わせられていた。
「ねえ、花、咲いてないよ?」
フォルテの言葉に、皆一斉に湖へと視線を戻す。
湖を取り囲むように生えている黄色い花達は、どれもまだ固いつぼみだった。
「別につぼみでもいいんじゃないのか?」
スカイが口にすると、デュナが
「花じゃないとダメよ。花びらから成分を抽出しないといけないもの」
と返す。
「まあ、どうしても花が手に入らないなら、つぼみから花びらを引っ張り出してもいいかも知れないけど…」
「真ん中の、島には咲いてるね」
フォルテが指す先、浮島には、一面黄色い花が咲き誇っている。
「そうねぇ……」
フォルテの言葉に、デュナが大きく頷く。
そして、そのままゆっくりとした動作でスカイを見る。

メガネを怪しく反射させながら。

「なんか、年中咲いてるイメージだったなー」
のんきに笑うスカイが、視線を感じてか振り返る。
その表情が一瞬にして凍りつくと、見る間に冷や汗を浮かべ始めた。
デュナと目が合ってしまったのだろう。

「え……? お、俺……が?」
スカイの呻きに、デュナが首を縦に振る。
「まさか、泳い……で……?」
「あんたが飛んで行くって言うならそれでもいいわよ?」
ヒクッと大きくスカイの顔が引きつったのがここからでもはっきり見えた。
飛んで行くというのは、即ちデュナの魔法で吹っ飛ばされるということだろう。
あの島に無事着地できる可能性は低そうだが。

「あああああ……」
盛大に息を吐きながら、スカイがその場にしゃがみ込んだ。
「そうだよな、俺だよな、俺が行くしかないよな、泳いで行くしかないよなぁ……」
ブツブツとかすかに聞こえる呟きは聞かなかったことにして、デュナに問いかける。
「どのくらいあればいいんだっけ」
「こう、一抱えね」
デュナが、腕を輪にして答える。
「まあ、一度には無理だから、三、四回に分けて取ってきなさい」
デュナがスカイに指示する。
「おーぅ」
渋々、スカイが座り込んだままグローブを外している。
グローブ、ブーツを外して、上着を脱ぐ。
緑色の上着の下には、茶色の隠しベストが着こんであって、こまごまとした道具が収納されている。
鍵開けの時くらいしか、あそこから物が出てくるのを見たことは無いのだが、一度、洗濯しようかと畳まれていたあのベストを拾い上げたとき、あまりの重さに驚いた。
結局あの時は「どこに何が入っていたのか分からなくなるだろうから、自分で洗うよ」と、スカイに取り返されてしまって、あのベストにどんな道具が仕込まれているのかは未だに謎だったが。
サイドの革紐を解いてその重たいベストを外し、下に着ていたシャツに手をかけて……。
突然、スカイがこちらを向いた。