フィーメリアさんの前に一人立たされたフォルテが、ほんのちょっと不安そうにこちらを振り返る。
「特別にフォルテを占ってくれるんだって」と説明した時には、嬉しそうにしていたのだが、動くフィーメリアさんと初めて対峙したせいか、人見知りが出ているようだ。
私が笑顔を見せると、フォルテは少し落ち着いたのか、フィーメリアさんに向き直る。
それを見て、フィーメリアさんが
「何も心配することないわよ、ちょっと私の前に立っていてくれれば、すぐ済むからね」
と、ファルーギアさんを上回るのんびりさで、ゆっくりとフォルテに話しかけた。
こっくりとフォルテが頷く。

フィーメリアさんは、流動食に近い昼食を全部平らげて、もっとこってりしたものが食べたいと言っていた。
血色の回復した張り艶のある顔を見ると「やつれた」と言ったファルーギアさんの気持ちもわからなくはないような気になる。

フィーメリアさんがおもむろにフォルテに両手をかざす。
彼女が目を閉じた途端に、一人、また一人と、どこからともなく小さな精霊の子供達が集まってきた。
私が普段よく目にする光の精霊に、デュナがよく使う風・水・大気の精霊。
水の精霊は、他に比べると数が少ないようだ。
サワサワと葉っぱを束ねたような髪を揺らす精霊は、緑の精霊だろう。これもまた、結構な数だ。
他にも、何の精霊だかよくわからないような子までうろうろしている。

本当に、沢山寄って来るものなんだなぁ……と呆気に取られる。
……見えているのは私だけだろうけれど。

どの子も、仕事が与えられるわけでなく、ただ近くで集まって遊んでいるだけのようだ。
わーわーきゃーきゃーと楽しそうに駆け回る精霊達に、ぐるぐると纏わり付かれるフィーメリアさんは、どう見ても、集中しづらそうだった。
ふっと目を開けるフィーメリアさん。
それが合図だったかのように、精霊達は散り散りに消えて行く。その表情は楽しげで、
一体何が楽しかったのかよくわからないが、精霊の子供達にとって遊びのひとつなんだと解釈する。

「ええと、ごめんなさいね。上手く集中できなくて、はっきりとはわからなかったのだけど……」
フィーメリアさんの言葉に、デュナがフォローを入れる。
「病み上がりだもの、無理しなくていいわ」
デュナは、滅多なことでは敬語を使わないのだが、今までそれが元でトラブルになったこともなかった。
きっと相手をよく選んでいるのだろう。私には到底真似できそうにないが。
「何か大きな流れを司る神様の加護みたいね。 良い流れを司っている神様なのは確かだわ」
「良い流れ……?」
スカイが首を捻る。
ほんのちょっとだけ間をおいて、デュナが言う。
「……たとえば、幸運とか?」
その言葉に、フィーメリアさんが瞳を輝かせた。
「ああ! そうね。そうかもしれないわ。女性神のような雰囲気を感じたの、それにちょっと気まぐれな感じもあったし……。幸運の女神だったのね。きっと」
ふんわりと、嬉しそうに微笑むフィーメリアさん。
何だか癒される人だなぁ……。

占い師としては、いい事だろう。
私も、こういう人になら相談を持ちかけたくなりそうだ。

ふと、隣に立つデュナの表情が険しいことに気付く。
何か気がかりなことをじっと思案しているような、そんな真剣な目だ。
声をかけようか一瞬ためらった隙に、デュナはパッと表情を切り替えると、ファルーギアさんへ笑顔を見せた。

……笑顔?

「さあ、依頼は無事達成と言う事で、報酬の話をしましょうか?」

どうやら、成功報酬の金額について、これから交渉にかかるようだ。

なんというか、ハッキリ言って、デュナは金額交渉が好きだった。
前もって決まっている提示額を受け取るよりも、交渉によって勝ち取った金額の方が嬉しいようだ。
そもそも、デュナと交渉をして、負けない相手はなかなか居なかったが。
ファルーギアさんはまさに、デュナにとって美味しい客そのものだった。

ニヤリ。と微笑み、メガネを反射させるデュナは、どう見ても悪い顔をしていた。

書物と人でごった返す、ザラッカの中央通りへと足を踏み入れる。
ファルーギアさん達に見送られながらお屋敷を出て、図書館へ本を返したその帰りだ。

図書館からそのまま一本裏側の道を通っていけば、ザラッカの出口まですぐに着くはずだったが、フォルテと、クエストが終わったらゆっくり置物を見に来る約束をしていたため、私達はまた街の真ん中辺り。掲示板のちょっと向こう側に店を出していた例の露店へと向かっていた。
あの置物が視界に入ると、フォルテは小走りで駆け寄って行く。
スカイが慌てて後を追う。
人ごみを器用に掻き分けて行く二人の背中を眺めながら、お屋敷を出る時に、フォルテがフィーメリアさんに言われていた言葉を思い出していた。

『あなたを守っている光はとても強いわ。強すぎる光に照らされれば、どうしても後ろには強い影が生まれてしまうものだから、よく気をつけてね』

何をどう気を付ければいいのか分からないまま、とりあえず頷くフォルテに、同じくサッパリ分からない私では説明できず、デュナを見上げる。
その横顔が、驚くほど辛そうな表情でフォルテを見つめていて、思わず声をかけそびれてしまったのだ。

チラと、隣を歩くデュナの横顔を見る。
いつもと変わらない、自信満々で、大胆不敵と言う言葉をそのまま表したような、そんな顔。
先に行った二人に追いついたデュナは、やおら腕を組み、ちんまりとしゃがみこんで置物を見つめるフォルテを見下ろした。
「それ、買ってあげましょうか?」
背後から降ってきたデュナの声に、フォルテが弾かれるように振り返る。
「えっ、いいの!?」
「ファルーギアさんには、たんまりいただいたからね……」
こみ上げる笑いが、デュナの口端に滲む。

うわぁ……。
どう見ても悪い人の顔だ。
視界の隅では、スカイも引きつった顔でデュナの横顔を見ていた。
「うーん……」
一瞬あんなに嬉しそうにしたフォルテが、急に思案顔になる。
「……いいや、やっぱり。いらない」
店のおじさんの視線が突き刺さる。
どうやら、今の会話で相当に期待させてしまったらしい。
そんな視線を物ともせず、デュナがフォルテに尋ねる。
「どうして?」
「ええと……」
口ごもりながら、ひとつずつ言葉を拾い集めるようにしてフォルテが話す。
「この、置物見てるの……好きだけど。その、なんだか、懐かしくて、優しい気持ちになるの……けど」
俯いて話していたフォルテが、息を吸って、デュナを見上げる。
腕を組んだまま、それを見下ろしているデュナだが、その視線はとても柔らかくフォルテを捉えている。
「あんまり、こればっかり、見てちゃダメ……なんだと、思う……。
 私、皆と一緒に、もっと色んな物を見る方がいい……」
「そう、よく分かったわ」
一生懸命に、その大きな瞳を潤ませて話したフォルテの髪を、デュナがふわふわと撫で回す。
フォルテの表情が、ふにゃっと崩れて笑顔になる。
デュナも、あまり外で見る事のない、優しいお姉さんの顔をしていた。

スカイも嬉しそうな顔でそれを見つめているが……。
皆はおじさんの視線が気にならないんだろうか。
私は、既に居た堪れない感じになっているのだけれど……。

チラ、と刺さる視線の元を窺うと「買う気が無いならもう帰れ」と言わんばかりに睨まれてしまった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
スカイが皆に声をかける。
よく見ればその額にうっすらと冷や汗が浮かんでいる。
どうやら、態度に出さないようにはしているが、スカイも私と同じくおじさんの視線をひしひしと感じていたようだ。
「そうね、一旦家に戻ったら、次は花探しよ」
デュナがくるりと踵を返す。
真っ白な白衣の裾が翻る。
それを合図にするようにして、私とスカイも店に背を向けた。
後ろを振り返らないように気を付けつつ、慎重に背後のフォルテに手を差し出す。
きゅっと私の手より一回り小さな手が、濃紫のグローブを握ってくる。
それを大切に握り返して、私達はザラッカの街を後にした。