ドアノブに手をかける。少しざらついた、冷たい鉄の感触。
時間と共に風化したのか、雨に打たれて錆びた跡か……。
ぼんやりと、そんなことを考えながらノブを回す。
回りきる瞬間にほんのちょっと目眩を感じたが、それきりで、扉は簡単に開いた。
「おー。開いたな」
スカイの声に振り返ると、皆が後ろから中を覗き込んでいた。
扉の向こうはすぐ階段になっており、明かりも窓もない地下へと続く細い階段は、その姿を闇へと溶けこませていた。
「うぅー……」
スカイと一緒に階段を覗き込んでいたフォルテが、鼻を覆って後ずさる。
地下遺跡は、よどんだ空気に、かびの臭いが充満していた。
眉間に皺を寄せて下がってしまったフォルテを目で追うと、その後ろにファルーギアさんが立っている。
彼は、持ってきていたランプに火を入れていた。
「ありがとうございます」
そう言ってファルーギアさんが私の押さえていた扉を支える。
閉まらないようにだろう、扉の足元に太目の木の枝を差し入れている。
「それでは、私は姉を探してきますね」
階段に一歩足を踏み入れたファルーギアさんの背にデュナが声をかける。
「私達はここで待っていたらいいのかしら?」
「ええ、もしくは屋敷に戻ってお待ちいただいても、どちらでも構いません。
 報酬は戻り次第、屋敷でお支払いします」
薄暗い階段を一人下りてゆくその背中に「お気をつけて」と声をかけるべきか迷ってしまう。
私達には、暗く広く迷いそうに思えてしまうこの遺跡だが、彼にとってみれば、ちょっとした離れのような感覚なのではないだろうか。
だとしたら「お気をつけて」というのは大仰だ。むしろ失礼な気さえする。

結局、かける言葉を見つけられないままに、撫肩のせいか、余計に小さく見えるファルーギアさんの背中を見送った。

「どうする? 屋敷に戻るか?」
顔を上げると、スカイが片手を腰に当て、私達を見回している。
「このままファルーギアさんを待ちましょう。
 うっかり扉が閉まってしまったら、フィーメリアさんと一緒じゃないと、彼も出てこれなくなりそうよ」
デュナが、扉を支えている枝を見下ろして言った。
確かに、これを見る限り、内側からなら開けられるとか、そういう事はなさそうだ。
「これで二千か。確かに美味しいな」
「そうでしょう? ホント、他の人に取られてなくてよかったわ」
ニヤリとほくそ笑む彼女の瞳をメガネが隠す。
なんだか悪そうに見える彼女の笑顔と対照的に「だな」と同意したスカイの笑顔は人懐こく爽やかだった。

この入り口から、占いをしていたという部屋までは、どのくらいかかるのだろう。
いつまでもぼーっと突っ立っているのも何なので、私達は草原に敷物を広げて座り込んでいた。
天気は良いし、風もそよそよと柔らかい草の上を撫でている。
「こうしてると、眠くなってくるな」
あぐらをかいたまま、後ろに伸びをするスカイ。
私の膝の上には、フォルテの頭がちょこんと乗っていた。
こちらは既に夢の国らしい。

デュナは先程から熱心に、手の平大の小さなノートに数字や記号を延々と綴っていた。
時々、あの扉の前に行っては、触れたり、精霊を呼び出してなにやら試しているようなので、大方魔力反応の扉の解析をしているのだろう。
デュナの実力が、こうした日々の努力の賜物なのだという事を、私達は知っていた。
もちろん、デュナ自身は好きでやっていることなので、私が凄いなぁと思うほどには、苦でないのだろう。きっと。

カシャン。
と、金属製のものが何かにぶつかったような音が小さく聞こえた。
地下からだ。
皆が息を潜めるように、耳を澄ましているのを感じる。
ちょうど扉の傍に居たデュナは、じっと中を凝視していた。

スカイも階段に向かおうと立ち上がるが、私はどうしようか。
膝の上のフォルテの寝顔をちらと見て、視線のみを扉の向こうへと投げかけた。