トランドとは違い検問所こそないものの、ぐるりと囲んだ外壁に二箇所だけの門は、夜には閉鎖される。
親元を離れ通っている学生達が多いゆえの配慮なのだろう。

昼間は開け放たれたままの外門をくぐり抜け、町に一歩足を踏み入れると、どこからともなく本の香り……とでもいえばいいのだろうか、どこか懐かしいような、なんとなく落ち着くような、そんな匂いが漂っている。
きっと、町に住む人は、慣れすぎて気付かないのだろうが。
町の匂いがそれぞれ少しずつ違っているのは、他人の家の匂いが自分の家の匂いと違うのと同じ事なのだろう。
そこに住む人達や、そこにある物がそれぞれ違うから、同じにはならない。
そんなことを考えているうちに、掲示板の前に到着する。
デュナは、掲示板を視界の端に納めた途端、駆けて行ってしまった。
振り返ると、辛うじてフォルテのローズピンクの服とプラチナブロンドが
ゴマ粒くらいの大きさに見える。

フォルテは、道の端に座り込んで、露店の隅に展示されている置物に夢中になっていた。
透き通った青い液体の中で、ぜんまいで動く小さな仕掛けがくるくると動き続けるそれは、止まることなく同じルートを延々と回り続ける仕組みらしく、私達も最初は一緒に見ていたのだが……。
今フォルテが眺めているのは、果たして何周目なんだろうか。
フォルテの背後ではスカイが、店の親父の冷ややかな視線を精一杯受け流しているが、そろそろ限界だろう。
私は、十周目ほどでいたたまれなくなって、こうしてデュナの後を追いかけたわけだが。

デュナは、早速お目当てのクエを見つけたようで窓口にて管理局の人と話をしている。
そんな後姿をぼんやりと眺めていると、彼女がくるりと振り返った。
すぐに私の姿に気付くと、せわしなく手招きをしている。

なんだろう?

クエストの内容なら、今までも基本はデュナにお任せしているので、わざわざ呼ばれるような心当たりもないのだが……。
近寄ると、デュナがズイッと掲示板から剥がしてきたらしき紙を突き出してきた。
破り取られた跡に、ピンの跡が幾度もついているその紙の、一番下を指差してデュナが言う。
「ここ、読んでみて?」
断る理由も無く、言われるままに読み上げる。
「えーと、"合言葉は開けゴマです"……?」
途端、ガバッと頭をデュナに抱き寄せられた。
「よーし、偉いわよー」
そのままぐりぐりと頭を撫で回される。
いや、大きなつばのとんがり帽子のおかげで、頭を撫で回されたというよりは帽子を振り回されたような形になってしまったが。
「??」
何のことだか分からず、抱えられたままに視線を彷徨わせていると、デュナが嬉々として管理局の人へ冒険免許とパーティー証を出した。
「これで問題ないでしょ?」
自慢げに胸を張るデュナの言葉に、管理局の人は笑いを溢しつつ「ああ、よろしく頼むよ」と答えた。
手続きに取り掛かったらしい管理局の人から視線を外したデュナと、私の目が合う。
そういえば抱えたままだった。という雰囲気をちらっと感じたが、デュナはそこからさらにぐりぐりと頭を撫でた後、満面の笑顔で私を解放してくれた。
「ええと……。どういうことだったの?」
ぐちゃぐちゃになってしまった前髪を、仕方なく手櫛で整えながら問う。
「ラズが読んでくれた部分はね、精神力に反応するインクで書かれてたのよ」
「……というと?」
「精神力の高い人じゃないと読めないって事ね。
 私ではインクが薄くて、何か書かれてるみたいなんだけど……ってくらいにしか見えなかったもの」
意外な事に、私の精神力はMAXの状態でデュナのそれを上回るのだ。
まあ、一度に使える精神力が多くても、それをきちんと使いこなせていない以上、私の実力が、やはりデュナとは比べ物にならないほどに劣っているのは確かだが。
単純な威力にかけては、引き換えにできる精神力が多い分、デュナよりも沢山の力を集めることが出来るというのも、また確かだった。