ふかふかと座り心地のいいワイン色のソファー。
三人掛けの端に座って、大きなガラス窓から外を見る。

思ったとおり、明るい日差しの中で眺めるマーキュオリーさん宅の庭はとても美しかった。
私達は、あのお屋敷に戻ってきていた。ここは、昨夜最初に通された応接間である。
一人掛けのソファーでは、デュナが腕組みし、足を組んだままずっと俯いている。
暖かく、静かな室内。
しばらくお待ちくださいという言葉を残してマーキュオリーさんが立ち去ってから、もう十五分は経っただろうか。
レースのカーテン越しに、ゆらゆらと午後の日差しが私達をくすぐっている。
デュナは、どうやら眠っているようだった。
極度の緊張と疲労の後に、この状況では、当然という気がする。
私の左側では、フォルテもこっくりこっくりと舟を漕いでいる。
フォルテの左でその様子をぼんやり眺めていたスカイが、大きなあくびを一つ。
つられてこみ上げてきたあくびを、私はマントの下からのそりと出した手で隠した。
「眠くなってくるな」
スカイの小さな声。
ささやくようなその声は、デュナとフォルテを思っての物だろう。
「スカイは昨日からずっと寝てたんじゃないの?」
「そうだな、十五時間は寝てたかな」
「それでも眠いの?」
「……寝すぎると眠いっていうのはホントだな」
口元にじんわりと苦笑いを浮かべるスカイ。
もしかしたら、まだ眠り薬が残っているのだろうか。
そうでなかったとしても、あの骨折だけで肉体的な疲労としては十分だろうな……。と、スカイの頬を伝っていた冷や汗を思い出す。
「私起きてるから、スカイも寝ちゃっていいよ」
「ん? それを言うならラズの方が疲れてるだろ」
意外だとばかりに片眉をあげて、スカイがまっすぐこちらを見つめ返した。
「俺が起きてるから、ラズは休んでいいぞ?
 というか、乗り合い馬車じゃないんだし、四人とも寝てたっていいんじゃないか?」
「うーん……それは、マーキュオリーさんに悪いでしょ……」
マーキュオリーさんは今、簀巻きにされた犯人達と談判中のはずだ。
その後、クーウィリーさんが払うことの出来なかった、クエストに対する正当な対価を支払うと私達に約束してくれていた。

結果的に、危険度の高い内容になってしまったが、その割には経費がかかっていないので……回復剤が、えーと、七本かな。
いつもはデュナが進んで薬品や爆発物を使うので、それを経費として数えると結構なお値段してしまうのだが、今回は荷物を奪われていたおかげで、それもなく……。

屋敷に戻る途中の会話を思い返す。

こんなこともあるわけだし、自分の荷物くらい自分で持っていたらどうかと
スカイに提案されたデュナが
「けど、劇薬を常日頃から身に付けておくのはねぇ……。
 何かの拍子に試験管が割れたりしたら大事だもの」
と答えていた。
「いや待て。じゃあその劇薬を常日頃から背中にしょってる俺はどうなる!」
と突っ込みを入れられていたが、彼女は全く気にした様子ではなかった。

ぼんやりと考えていたのを、眠たいのだと思ってか、スカイがもう一度声をかけてきた。
「……寝ていいんだぞ?」
「マーキュオリーさん……あの建物に四日間も捕まってたのに、今休まず頑張ってるんだから、それで扉を開けて、全員寝てたらちょっとガックリするんじゃないかな」
ぽつぽつと、思ったままを呟く。
まあ、私ならそうだろうなと思うだけで、マーキュオリーさんが実際どう思うかは分からないが。
「あー……そっか……」
鼻の頭を軽く掻いて、考えるように視線をそらしたスカイ。
彼が、マーキュオリーさんに思いを馳せたのかと思った途端、先程の飛び降りの時、スカイがマーキュオリーさんにしがみつかれていた姿が脳裏に浮かんだ。

それは、ほんの一瞬、遠目からだったにもかかわらず、私の目に鮮明に飛び込んできた絵だった。

なんでそれを今頃?

私が首を傾げるのと、応接間の扉がノックされたのは同時だった。