午後八時。私達は神宮家を訪れた。
 鈴原の家に負けず劣らずの古い洋館に、この町は重要文化財的な建物が多いの? と見上げる。立派な邸宅だ。神戸の異人館みたい。
「俺、勝手に神宮さんところは純和風だと思ってた」
 マサシさんが言う。
「何故?」
「豊香さんの雰囲気がなんか大和撫子っぽかったから」
「……。お前らしいよ」
 溜息まじりの呆れた口調で成瀬さん。インターホンを鳴らすと、すぐに神宮さんが出迎えてくれた。

 きれいに磨かれた廊下、飾ってある数枚の油絵と、大きな花瓶には沢山の生花。
 住んでいる人の人となりを表しているよう。
 だからこそ少し気になった。玄関に隠されるように置いてあった『じんぐう音楽教室』と書かれたプレートが。外して大分経つのだろうか、古くて埃をかぶっていた――。
 私達はまず豊香さんに会いに行った。写真に写る豊香さんはすごく美人で、笑顔が可愛らしい人だ。
 友達と一緒の写真がいっぱい飾ってある。中学や高校の時のもの、楽団に所属していたようで、その仲間と。豊香さんはいつも楽しそうに笑っていて、写真と花束の多さは、彼女が大勢に愛されていた証拠だった。
 オレンジ色のヴァイオリンケースと楽譜、メトロノームも置いてあった――。

「すみません。突然」
「いや、こちらこそ遅い時間になってしまって申し訳ない。――お嬢さんが鈴原文庫の?」
「はじめまして。館長の鈴原陽菜です。生前は祖父がお世話になりました」
「とんでもない、こちらこそ! お孫さんがいるとは聞いていたけど、こんな可愛らしい娘さんだったんだね。えっと、それから法蔵院の……(マサシ)君だったか」
「え!? お会いしたことありましたっけ?」
「以前お墓で見かけてね。いつも墓地内を掃除してくれているそうじゃないか。ありがとう」
「……自分はそれくらいでしかお役に立てませんので。これからもどうぞよろしくお願いします」
 スッとお辞儀をするマサシさんは、私が見たことのない雅さんだった。お寺の息子で修行中の身――法衣を纏っている慎ましやかな僧侶の姿が思い浮かぶ。
 ちょっと格好いい……。
「陽菜ちゃん」
 コーヒーを淹れてくるから、と神宮さんが部屋を離れると、すかさずマサシさんが耳打ちしてきた。
「さっき、俺のこと『いつもと違ってカッコイイ!』とか思ったでしょ!」
「……え」
 それを言わなければ『カッコイイ!』のままだったのに。
 成瀬さんも同じことを思ったのか、深い溜息をついた――。
「なぁ。神宮さんもヴァイオリン弾くんだな」
 カッコイイだなんだと言ってみても、本人はそんなのどうでもいいと思っているのだろう、マサシさんの興味は、すぐにキャビネットの上に飾ってある写真にうつった。
 成瀬さんは、前に来たから事情を知っているようで、「ああ」と一言。先にソファーに座る。
「ご本人は謙遜するけど大きな賞を何度も貰った事があるらしい。奥さんと教室も開いていたって」
「あ……玄関にプレートありましたよね」
「音楽一家だったのか。ほら、見てみなよ、陽菜ちゃん。奥さんはピアニストだったみたい」
 グランドピアノを弾く女性のそばで、神宮さんと豊香さんがヴァイオリンを構えている写真だった。
 神宮さんの奥さん――つまり豊香さんのお母さん。伏し目がちに微笑んでいる二人の顔はそっくりで。音楽一家の幸せな日常を切り取った写真に、自然と溜息がもれた。