「華花さん。この間の物語、クラスで一番良かったです!」
国語の授業、樋口先生にこそっと言われた。前の授業で簡単な物語を書くという授業があったのだ。教科書に載っている写真から一枚選んで、それをお題にお話を作ってみるというもの。本好きの私は以前、一回だけ小説を書いたことがあっったのでおそらく少しは慣れていたのかも。私が書いた物語は、難病の少年が主人公でクラスの子が勧めてくれた夜空を見に行ったことで少し具合が良くなり、再び学校に行けるようになったという話だ。四百文字いかないくらいの短編だったが好評だったようで良かった。自分でもこの短時間でよく書けたなと驚いたくらいの出来だった。でも、自分が書いた小説を人に見せるのは初めてでもう一回書いてみようかなと思ったほどその言葉は私にとって大切なものとなった。


その日の夜。私は今日の宿題である自学の内容が決まらず焦っていた。もう時計は九時をさしている。もうそろそろ決めなければ間に合わない。
「どうしよう…」
その時あることを閃いた。自分で小説書いてみたらいいんじゃ?私の前には、お気に入りの小説が約二百冊ほど並んでいる。もう時間は迫っていて他を迷っている時間はなかった。
「よし、これにしよう。」
そうして、国語の授業と同じく簡単な小説を書くことにした。決めたはいいが書き出しに困ったので、お気に入りの小説たちのを少しだけ参考にしていただこう。

「ふー。疲れた。」
あれから三十分ほど書き進め、できたのはたったの二ページ。プロットも何も立てずにここまで書いた自分には少し驚いた。物語のあらすじは、学生の女子が主人公でたまたま会った男子高校生と仲が深まっていくという話だ。でも実は、女子高校生は数年前に一部の記憶を無くしていて男子高校生は幼馴染だったという展開。そして、男子高校生が次に事故で彼女のことを忘れてしまうが彼女は彼を思って一からやり直すという決断を下すがのちに男子高校生は亡くなってしまう。最終的には、彼によく似た外見と名前の男の子と再会するという結末が待っている。
簡単なものを描こうとは思っていたが思った以上に長くなりそうな気がした。まだ出会ったところまでしか書けていないのだから。
でもそれ以上に重大なことに気づいてしまった。
「…これって、自学なのか?」
そう。これはそもそも自学なのかということだ。授業でこのようなものがあったとしてもこれは勉強に入らないんじゃないか。だとしたら、これは自学としては無効?明日は説教という結末が待っているかもしれない。
「うわーもうやだ。」
でもこれを消すのももう時間がないし、やらないよりかはマシだろう。もう新しく自学の内容を考える気力も残っていないし…
私は説教覚悟の上、ノートを提出することにした。

そして今日。昨日、先生にめちゃくちゃ怒られる夢を見てしまい気分が駄々下がりの私。これが俗にいう正夢かと痛感していた。まだ本当になっていないのに。
朝グループ全員分のノートを集め、カゴに入れるときの手が震えていたのは気のせいだと思いたい。
結局一日中先生の顔色を伺う羽目になった。
そして下校時刻になった頃、帰ろうとすると先生に呼び止められた。
もう終わりだ…
「華花さん、自学の小説は自作ですか?」
「…はい。」
「素晴らしかったです!授業でも言いましたがあなたには文才がある!是非一日ずつ勧めていってください!楽しみにしてます!」
「へ?」
予想外の言葉に目を丸くし、変な声が出てしまったが小さくて気づいていないようだった。
そのままなんてことなく、挨拶をして別れ一人で下校する。まだあのことが現実だとは思えなかった。
「嘘〜…ありえないでしょ。」
ありえた。他の先生とは少し違うなとは思ったけどまさかここまでとは。単純に嬉しかったし、樋口先生への印象がこの出来事を通して明らかに変わっていた。

家に帰り、早速小説の続きを書こうと思ったが手が止まった。
「…先にアイスにしようかな。」
甘いものでも食べれば冷静になれるだろう。そう思って冷凍庫へ足を運んだ。今あったアイスは、チョコ味とバニラ味。うちの中では圧倒的にバニラの方が人気だけどお父さんはいつもいろんな種類のアイスをストックしてくれている。
バニラはラスト一個。チョコはまだ数に余裕がある。どっちにするか!もう少しで弟が家に帰ってくる。バニラがもうないことを知ったらちょっと機嫌が悪くなるだろう。そうなると困る。でも、私も今日はすごく疲れていてベッドにダイブしたい気分なのに…。しばらく葛藤を続けて……仕方なくチョコを取った。

チョコ味のアイスも美味しかった。元気が戻ってきたところで、ようやくノートを開いた。こうして二日目も普通に書こうと思えるのはやっぱりあの時に先生に言われたからだろう。今日は、気分も良くて三ページほど進めることができた。
まだ時間があるし、これを先生に見せるわけだから一旦読み直してみることにする。
「…うぅ〜」
想像以上に酷かった。先生の言葉も疑ってしまうくらいに。
誤字脱字は勿論、
設定は矛盾だらけだし、
語尾が九割「〜だった」だし、
何を伝えたいかいまいちよくわからないし、
とりあえず読みにくいし。
もう散々だ。でも今更辞めるなんてできない。前向きに考えなくちゃ。こういう時はネットに頼ってみる。
ググってみるとたくさんの情報が流れてきた。一人称と三人称があること。具体的なプロット作成の仕方。括弧が多すぎると読みにくいなど。知らないことだらけだったし、自分の文章を見てみると括弧が五つ以上続いている箇所もあって悔しくなった。
「そりゃあ、読みにくいわなぁ。」
直すの大変だ。でも、少し胸が弾んでいた。