校内に着くと、卒業生と在校生は集合する部屋が違うため、一度澄春と解散することになった。
コンクリートで造られた廊下を、カツンカツンと歩きながら、自教室に向かう。
【3ー1】と書かれた教室には、沢山のクラスメイトが集まっていた。
ガラガラと扉を開け、自席に座ろうとすると、背後から声をかけられた。
「おはよう! 冬山君っ!」
後ろを振り返ると、あどけない表情に八重歯がよく似合う、ボーイッシュな女子がいた。
たしか、名前は秋枝さんだったような気がする。
なんで彼女がいきなり話しかけてきたんだろう?
不思議に思いながら、僕は、挨拶を交わす。
「あ、あぁ、おはようございます。秋枝さん……」
吃りながら、そう返すと、彼女は、更に目を細めて、笑った。
「おはよう! 別に敬語じゃなくていいよ! もう三年も一緒にいるんだからさ! 三年間、同じクラスだったのにそんな他人行儀な感じで話されるとショックだよ」
正直、クラスメイトが誰であろうと僕はどうでもよかったため、覚えていなかった。
「あはは……。それは、ごめんなさ……ごめん。それで、なにか用で……かな?」
タメ語で話す人なんて、澄春しかいないため、他人と話すときに敬語を使う癖があるため、それが染み付いて、自然と口からでてしまう。
なんとか訂正して、僕は言葉を繋ぐ。
「あー、別に用とかそんなのじゃないけど、卒業だからクラスメイトと話したくてね。だって、もうお別れじゃん? もう、会えない子もでてくるわけだからね。だから、ひとりひとり、こうやって話しかけてるの。冬山君は、この三年間で楽しかった思い出とか、ある?」
卒業前の思い出作りで普段は気にも止めない僕に話しかけているのか。
別に断ることもないし、少しだけ付き合ってあげよう。
それにしても、三年間の想い出か。
一番に思い付いたのは、この三年間で出会ったものだった。
一年目で見たのは、現実。
僕は、中学校デビューをしたくて、周りとは違う言動をしていた。
だが、それらは、ピントの合わないものばかりで、逆にクラスから浮いている存在となってしまった。
そして、それを止めた頃に、今までどうしてそんなことをしていたのか、囁かれる嘲笑や陰口に耐えきれず、いつしか人と関わることをやめた。
そのとき、どれほど、自分が弱い人間かを知らされた。
二年目で知った友情と後悔の味。
澄春が、唯一無二の後輩、そして親友になってくれた喜び。
もし、澄春と出会わなければ、こうして、誰かと関わる機会はなかっただろう。
そして、澄春の好きな人と僕が付き合ってしまったこと。
彼と同級生の彼女は、とても美しかった。
誰もが、その容姿に息を飲み、長い艶のある黒髪は、まるで上質な絹のように滑らかだった。
今でも、なんで彼女が僕に告白をしてきたのか分からない。
彼女とは、ただ塾が同じ、それだけが接点なのに。
でも、その時間は長くは続かなかった。
僕らは、すぐに別れた。
付き合ってからの一ヶ月はただダラダラと勉強を教えたり、塾帰りに一緒に帰ったりしただけ。
デートなんてものはしていないし、彼女も僕もお互いの家だって知らない。
軽い気持ちで、告白を了承したため、付き合ってからのことなんて考えていなかったため、一ヶ月で別れてしまった。
そして、別れるときは、こちらから一方的に言葉を繋いだ。
本当に最低な別れをしたと思う。
彼女の歴代の恋人の中に僕がいることが本当に可哀想だと思う。
そんな最悪な別れをしたせいで、彼女のことが好きだった澄春と本気で一時期揉めた。
『本当に、好きになってから、付き合えよ!』
澄春が、表情に怒りを露にして怒ったのは、僕が見る限りあれが初めてだった。
それから、僕は、彼に謝罪し、元通りの関係に戻った。
でも、あの時間があったから、僕らの仲は深まったのかもしれない。
そして、三年目で感じた儚い時間。
受験勉強に追われ、一日の時の流れが瞬く間に、過ぎ去っていく。
そして、気がつけば、卒業の時間が来てしまった。
中学の三年間なんて、永遠の時間のように感じていた自分は、もういない。
だから、僕は、秋枝さんに三年間の思い出を聞かれたとき、答えるのに迷った。
色々な事がありすぎて、迷ったのだ。
何を言えばいいのか。
相手がしらけるようなことを言ってしまえば、中学校デビューの二の舞になる。
だから、発言には気を付けているが、こんなことを聞かれることがないため、人間関係に疎い頭をフル回転させて得た答えは──
「──素敵な後輩たちに出会えたことかな」
「おおっ! いいねー! たしか……桜川君だっけ? あの子と仲いいもんね!」
「うん。塾が同じだったから仲がよくなった」
「そういえば、冬山君、後輩で付き合っていた子がいたよね? 名前、なんだっけ?」
「あ……」
僕は、思わず、俯いてしまう。
彼女の名前は、聞きたくない。
『もう、忘れたよ』
そう言いたいのに、口が恐怖で水分を奪われ、カラカラになって言えない。
「たしか──」
「おーい! 楓花ぁー!」
突如、秋枝さんの名前を呼ばれて、彼女は、振り返り、笑顔を咲かせて呼んだ女子に駆け寄ろうとする。
だが、僕と話していたことを思い出してか、僕の方を見ると、
「素敵な後輩たちに出会えてよかったね! 冬山君!」
そう笑顔で言った。
彼女は、去り際、僕にバイバイと言って、手を振り、女子の輪に入っていった。
卒業式に訪れたクラスメイトとのクラス行事以外の会話。
秋枝さんとの会話の前後でなにかが変わった気がした。
コンクリートで造られた廊下を、カツンカツンと歩きながら、自教室に向かう。
【3ー1】と書かれた教室には、沢山のクラスメイトが集まっていた。
ガラガラと扉を開け、自席に座ろうとすると、背後から声をかけられた。
「おはよう! 冬山君っ!」
後ろを振り返ると、あどけない表情に八重歯がよく似合う、ボーイッシュな女子がいた。
たしか、名前は秋枝さんだったような気がする。
なんで彼女がいきなり話しかけてきたんだろう?
不思議に思いながら、僕は、挨拶を交わす。
「あ、あぁ、おはようございます。秋枝さん……」
吃りながら、そう返すと、彼女は、更に目を細めて、笑った。
「おはよう! 別に敬語じゃなくていいよ! もう三年も一緒にいるんだからさ! 三年間、同じクラスだったのにそんな他人行儀な感じで話されるとショックだよ」
正直、クラスメイトが誰であろうと僕はどうでもよかったため、覚えていなかった。
「あはは……。それは、ごめんなさ……ごめん。それで、なにか用で……かな?」
タメ語で話す人なんて、澄春しかいないため、他人と話すときに敬語を使う癖があるため、それが染み付いて、自然と口からでてしまう。
なんとか訂正して、僕は言葉を繋ぐ。
「あー、別に用とかそんなのじゃないけど、卒業だからクラスメイトと話したくてね。だって、もうお別れじゃん? もう、会えない子もでてくるわけだからね。だから、ひとりひとり、こうやって話しかけてるの。冬山君は、この三年間で楽しかった思い出とか、ある?」
卒業前の思い出作りで普段は気にも止めない僕に話しかけているのか。
別に断ることもないし、少しだけ付き合ってあげよう。
それにしても、三年間の想い出か。
一番に思い付いたのは、この三年間で出会ったものだった。
一年目で見たのは、現実。
僕は、中学校デビューをしたくて、周りとは違う言動をしていた。
だが、それらは、ピントの合わないものばかりで、逆にクラスから浮いている存在となってしまった。
そして、それを止めた頃に、今までどうしてそんなことをしていたのか、囁かれる嘲笑や陰口に耐えきれず、いつしか人と関わることをやめた。
そのとき、どれほど、自分が弱い人間かを知らされた。
二年目で知った友情と後悔の味。
澄春が、唯一無二の後輩、そして親友になってくれた喜び。
もし、澄春と出会わなければ、こうして、誰かと関わる機会はなかっただろう。
そして、澄春の好きな人と僕が付き合ってしまったこと。
彼と同級生の彼女は、とても美しかった。
誰もが、その容姿に息を飲み、長い艶のある黒髪は、まるで上質な絹のように滑らかだった。
今でも、なんで彼女が僕に告白をしてきたのか分からない。
彼女とは、ただ塾が同じ、それだけが接点なのに。
でも、その時間は長くは続かなかった。
僕らは、すぐに別れた。
付き合ってからの一ヶ月はただダラダラと勉強を教えたり、塾帰りに一緒に帰ったりしただけ。
デートなんてものはしていないし、彼女も僕もお互いの家だって知らない。
軽い気持ちで、告白を了承したため、付き合ってからのことなんて考えていなかったため、一ヶ月で別れてしまった。
そして、別れるときは、こちらから一方的に言葉を繋いだ。
本当に最低な別れをしたと思う。
彼女の歴代の恋人の中に僕がいることが本当に可哀想だと思う。
そんな最悪な別れをしたせいで、彼女のことが好きだった澄春と本気で一時期揉めた。
『本当に、好きになってから、付き合えよ!』
澄春が、表情に怒りを露にして怒ったのは、僕が見る限りあれが初めてだった。
それから、僕は、彼に謝罪し、元通りの関係に戻った。
でも、あの時間があったから、僕らの仲は深まったのかもしれない。
そして、三年目で感じた儚い時間。
受験勉強に追われ、一日の時の流れが瞬く間に、過ぎ去っていく。
そして、気がつけば、卒業の時間が来てしまった。
中学の三年間なんて、永遠の時間のように感じていた自分は、もういない。
だから、僕は、秋枝さんに三年間の思い出を聞かれたとき、答えるのに迷った。
色々な事がありすぎて、迷ったのだ。
何を言えばいいのか。
相手がしらけるようなことを言ってしまえば、中学校デビューの二の舞になる。
だから、発言には気を付けているが、こんなことを聞かれることがないため、人間関係に疎い頭をフル回転させて得た答えは──
「──素敵な後輩たちに出会えたことかな」
「おおっ! いいねー! たしか……桜川君だっけ? あの子と仲いいもんね!」
「うん。塾が同じだったから仲がよくなった」
「そういえば、冬山君、後輩で付き合っていた子がいたよね? 名前、なんだっけ?」
「あ……」
僕は、思わず、俯いてしまう。
彼女の名前は、聞きたくない。
『もう、忘れたよ』
そう言いたいのに、口が恐怖で水分を奪われ、カラカラになって言えない。
「たしか──」
「おーい! 楓花ぁー!」
突如、秋枝さんの名前を呼ばれて、彼女は、振り返り、笑顔を咲かせて呼んだ女子に駆け寄ろうとする。
だが、僕と話していたことを思い出してか、僕の方を見ると、
「素敵な後輩たちに出会えてよかったね! 冬山君!」
そう笑顔で言った。
彼女は、去り際、僕にバイバイと言って、手を振り、女子の輪に入っていった。
卒業式に訪れたクラスメイトとのクラス行事以外の会話。
秋枝さんとの会話の前後でなにかが変わった気がした。