制服に着替えたあと、僕は登校することにした。

 卒業式だから、持ち物は無いから、手ぶらで学校に行くという中々味わえない感覚で外に出る。

 多くの学生が、友達や恋人との最後の登校を楽しんでいて、僕は(ひと)りであることに少し虚しくなった。

 仕方がない。

 別に友達が出来ない訳じゃなかった。

 きっと、作ろうと思えば、作れるはずだった。

 けれど、僕はあの日から一人にこだわりすぎていて、それで、いつの間にか、僕以外のグループが出来ていた。

 当然、そこに僕が入る余地はなくて。

 こうして、僕は独りで生きていた。

 けれど、中学二年生になって、独りでは無くなった。

 僕は、毎朝、一緒に登校する後輩が出来たのだ。

 同じ塾に通っている男子で、しかも同じ学校、家が近いとなれば、親近感も湧くし、話も合う。

 僕が向かったのは、あるマンションの一室。

【五〇五】と書かれた部屋のベルを鳴らす。

 数回のコール音のあと、

『おはよーす! 今から行くっすね!』

 朝から元気一杯な声が聞こえた。

「おはよう」

 僕は、そう返して、彼が降りてくるのを待つ。

 数分後、制服姿で彼はやってきた。

 僕より少し小さい身長に、男子としては似合わない童顔。

 少し伸ばした髪に、好奇心の溢れて、輝いている大きな瞳。

「えへへー! ユウ君先輩おはようございます!」

 数少なくない女子が惚れそうな笑顔で後輩──桜川(さくらがわ)澄春(すばる)はそう言った。

「ユウ君先輩て」

「だって、ユウ君、タメ語と君付けで話したらやめろよオーラだしてくるじゃないすか? だから、先輩って言ったらいいかな~なんてー!」

「僕、そんなオーラだしてるの?」

「だしてますよー! そんなのだから、次の彼女出来ないんですよー?」

 澄春は、爽やかな笑顔でそう言うが、僕はまた、過去を思い出して、黙るしか無かった。

 次の彼女が出来ないのは、まだあの子のことを覚えているから。

 その子は、澄春の想いの人だった。僕らそのせいで一時期、揉めた。

 だって、僕は彼の想いを知らずに──

「ユウ君!」

 僕は、澄春の声に我に返った。

 考え込むといつも、こうなる。

 周りが見えなくなってしまう。

「今日くらい、考えるのは止めましょうよ! いつもご苦労さんです!」

 澄春は、本当にいい後輩だと思う。

 僕なら、あんなことをされて、澄春のように話せないだろうから。

「……とりあえず、行こっか」

「そうですね! あ、ユウ君。これ、お祝いの品です!」

 澄春に渡されたのは、金色のシャープペンシル。

「ユウ君、いつもボロいシャーペン使っているじゃないすか。百均のやつ。高校でもそんなの使っていたらバカにされると思うんで、俺からのプレゼントです!」

「ありがとう……」

 純粋に嬉しかった。

 誰かから、何かを貰うなんて久しくされていないから。

「今度こそ、行きましょー!」

 澄春は、先に早歩きで進んだ。

 僕は、それを追いかける形で学校まで歩いた。

「ユウ君、そういや、春咲(はるさき)高校の合格、おめでとうございます」

 学校まで、あと数メートルというところで、澄春から進路の事を祝われた。

「ありがとう。澄春に教えてもらった所も出たから助かったよ」

 塾で、僕らは教え合っていた。

 澄春は、成績が少なくとも、僕よりいいため、発展問題を解く機会が多い。

 僕が受験した春咲高校は、入試問題で発展問題が多く出されたため、過去問を解くときは、澄春と一緒に解いていた。

 僕が分からないところも、スラスラと解いて、丁寧に解説までしてくれるため、まさに二人三脚で合格したと言ってもいい。

 なぜそこまでしてくれるのか、と一度聞いたことがある。

 僕と一緒にいると、楽しいらしく、世界が広がるからだとか。

「それは、よかったです! ユウ君、来年はよろしくお願いしますね!」

「僕、澄春より賢くないけど?」

「いいっす! ユウ君も俺も分からないところがあっても、先生に教えてもらったらいいので! あと、一人でやるより、仲間がいた方が気持ちが楽じゃないっすか? ほら、受験って最終的には気持ちが大事とか言うので!」

 確かに、そうなのかもしれない。

 澄春がいてくれたの方が、少し気が楽だったから。

「先輩、卒業ですね」

「卒業だね」

 僕は、卒業という思いを心に刻みながら、きっと最後になるはずの正門を潜った。