卒業式が、終わってしまう。
それは、柚宇君を見つめることを出来る時間が終わってしまうということ。
私たちは、あれから、花道をつくるために運動場へでた。
偶然近くにいた桜川君に私は送辞を一緒にやってくれたことにお礼を言う。
「桜川君」
名前を呼ぶと、彼はすぐにこちらを向いた。
「どうしたの? 波葵」
彼は、にへらと人当たりのよい笑顔でこちらを見ていた。
「送辞、お疲れさま。それだけだから」
私は、そう言って、柚宇君を探そうと彼に背を向ける。
「待って!」
運動場で話すにしてはかなり大きい声が桜川君からでた。
私は、ビックリして思わず、彼を見る。
「なに」
私は、恐る恐る尋ねてみる。
さっきの言葉がもしかしたら、彼にとって辛辣に聞こえてしまったのかもしれない。
私のそんな予想とは裏腹に、
「あの……さ。俺、春咲高校受けるんだ。ゆ……冬山先輩が合格したところなんだけど。一緒に、よかったら受験しない……?」
彼は、ありがたいことを教えてくれた。
一度、口ごもったのは、彼が普段から呼んでいる「ユウ君」というあだ名を引っ込めたからだろう。
柚宇君、春咲高校に合格したんだ。
彼が志望校に合格したことに安心した。
本当によかった。
たぶん、桜川君は私が柚宇君のことが好きだということに気がついているのだろう。
それで、気を使って教えてくれている。
「……考えておくわ。あの学校、奨学金がすごいらしいからそれ目当てに入学するのはありかもしれないわね」
あまり、高校のことは分からないけど、少しだけ柚宇君が塾長と話していた一部を聞いたことがある。
それが、奨学金の話だった。
もちろん、本当に合格をしたい。
そして、柚宇君との日常が欲しい。
そばに居てくれる、ただそれだけで、私は十分だから。
「じゃあね」
私は、そう言って、今度こそ、柚宇君を探した。
彼は、すぐに見つかった。
けれど、私は彼に話しかけることが出来なかった。
柚宇君が女の人と写真を撮っている。
見ているだけで、胸が痛いし、すごく、苦しい。
快活な笑顔で笑うその人は、私なんかよりも明るい性格だとすぐに分かった。
「ありがとっ! 高校でも、よろしくね?」
「うん。こちらこそ」
その言葉を聞いて、胃が痛くなった。
彼女は、柚宇君と同じ高校に入学するのだ。
もし、その間に柚宇君がとられたら……。
そんなことを想像するだけで、更に胃がキリキリと痛む。
柚宇君はもう、私のものじゃないのに。
そもそも、誰のものでもなく、彼自身の人生なのに。
私は、束縛してしまっている。
柚宇君が例の女の人と会話が終わった頃には、胃の痛みは無くなっていた。
しかし、胸の痛みは消えない。
彼は、どうしてか、こちらに向かってきた。
どうして……そう思っている間に、私たちは目が合う。
「あっ……」
柚宇君から、そんな声が漏れる。
「卒業おめでとうございます。冬山先輩」
なにも言わないのは不自然なので、こちらから話しかけた。
冬山先輩。
自分が言った言葉に違和感しか覚えなかった。
本当は、柚宇君と付き合っていた頃のように呼びたいのに、もう呼べない。
私は、もう、彼女じゃないから。
もう、柚宇君のそばにいられないから。
「……ありがとう」
柚宇君は、少しの間を開けて、そう言う。
その間に、なにを言おうとしていたのか、私には分からない。
これは、最初で最後のわがまま。
もう、言おうと思った。
これには、答えを求めていない。
「先輩と同じ、春咲高校、入学します。もちろん、奨学金のためにですが」
奨学金のためだけに行く、そんな感じを装って、私は彼に告げる。
本当は、あなたと共にまた過ごしたい……。ただそれだけ。
もう、ここにはいられない。
「それでは、さようなら、先輩。また、会う日まで──」
私はそう言って、逃げるように、彼の横を通りすぎた。
すれ違い様に、
「──本当に大好きだった先輩」
ずっと言いたかった言葉を残して。