なんで、答辞を引き受けたのか自分でもいまいち分からない。
澄春が送辞をやったから僕もそれに対抗心が芽生えたから引き受けたのか、それとも、他に別の理由があるのか。
その時あった感情が僕には分からないけど、この場に立つことになって色々と練習をした。
ハキハキと喋る練習に、誰かの前に立っても緊張しない方法。
なにかとサポートをしてくれたのが、秋枝さんだった。
答辞に立候補した彼女は、相手が僕でも嫌な顔ひとつせずに適切なアドバイスをくれた。
僕は、きっと澄春や波葵が居なかったら、再び演台に登ることはなかっただろう。
僕を変えてくれた彼らに感謝の想いを持ちながら、一歩、前にでた。
静寂と背中に刺さる沢山の視線が見守る中、僕は、比較的マイペースにすることにした。
これも、事前に担任の先生と協議して決めたことだ。
大きく息を吸って、吐く。
たった一度の深呼吸で、緊張が幾分かほぐれた。
『春の暖かな日差しが体全体に感じられ、校庭の木々の芽も膨らむ季節となりました。本日この良き日、僕たち、96名は自らの手で夢をつかむため、この季理町中学校を卒業します。僕の心の中には数え切れないぐらいのたくさんの思い出が昨日のことのように蘇ってきます』
マイク越しに遅れて聞こえる自分の声。
果たして、皆に聞こえているのだろうか、すごく不安になる。
『3年前の春、真新しい制服に身を包み、少し大人になれたような気がした入学式。とても不安な中、見たクラス発表では知らない人の名前がたくさんありましたが、3年後の今、こんなにもたくさんの人と関わりを持てと思うと、とても幸せです』
果てしなく、長い文章。
まだあるのか、そう思うとなんで引き受けたのか後悔が体に染みる。
背中に刺さる視線が、痛い。
『これまで、色々なことがありました。嬉しいことも楽しいこともありました。時に自分に失望してしまったことだってあったと思います。それを乗り越えて、僕らはここまで来ました。でも、ここまで来れたのは、ひとりの力じゃない。大切な友達、部活動の仲間、教職員の方々、そして家族の皆さん。数えきれないほどの差し伸べられた手を取ったから僕らはここに居ます』
本当にそうだ。
ここまで来れたのは、僕ひとりじゃ絶対に無理だった。
澄春がいたから。波葵がいたから。
母さんが、先生が、秋枝さんがいたから。
沢山の人に支えられて、ここまで来た。
『本当に、あの日、あの時、あの瞬間に手を差し伸べてくれてありがとう。これからも、迷惑をかけると思います。ぶつかることだってあるはずです。それでも、どうか、これからも信じてください』
長い文章を読みきった達成感が胸に込み上げた。
秋枝さんと交代する。
僕が一歩、後ろに行ったとき、彼女の短い髪が優しく揺れた。
『私たちは、今日、卒業します。これから、この学校を支えるのは、在校生である皆さんです。お別れは、本当に悲しいですが、悲しんでいても時間は止まってくれません。次の一歩を踏み出さなければいけません。私は……本当に、この三年間が、幸せでした。こんなにも、すばらしい出会いをくれた季理町中学校、私たちのためにこんなにも立派な卒業式をあげてくださった皆様方、本当にありがとうございました。心から感謝して答辞といたします』
秋枝さんは、涙を浮かべながら、言った。
あんなに長かった答辞が終わる。
中学校生活という時間が思い出となってしまう。
『卒業生代表。秋枝楓花』
『冬山柚宇』
そんなことを考えるくらい、僕の中学校生活は充実していたということなのだろうか。
本当に学校生活が終わってしまう。
僕は、卒業の歌を歌うため、雛壇の上に登ったとき、そう思った。
アルミが上靴を擦って嫌な金属音をたてる。
だが、そんなのが気にならないくらい、僕の心は感傷に浸っていた。
早く終わってくれと一時は思っていた中学校生活は、自分が思っているほど、苦痛じゃなかった。
もし、一年生の頃、中学校デビューを考えていなければ、どうなっていたのだろうか。
もっと、ちゃんと同級生と関わることが出来ていたかもしれないし、本当に好きな人が彼女になってくれたかもしれない。
色々な分岐点があって、その度に僕は失敗を選んでしまった。
だけど、それに後悔はしていない。
だって、こんなにも、素晴らしい後輩に出会えたから。
ピアノから奏でられる柔らかな音が、式場に響き渡る。
イントロが終わり、僕らは、口を開いた。
男子から奏でられる低音の祈り。
きっと、卒業は、新しい自分へのエールなのだろう。
誰かと出会い、友情を育み、笑いあって、たまに意見が食い違ってケンカをする。
綺麗事のように思われるけど、人はそのサイクルがあって、成長する。
もっと、澄春と遊びたかった。
波葵にもっと、恋人らしいことをしてあげたかった。
秋枝さんと、友達になりたかった。
今になって、後悔のようなものが心のなかで渦を巻く。
どうして、人と関わらなくなったのだろうか。
どうして、過去に囚われ続けたのだろうか。
誰かと関わって、デメリットなんてないのに。
もう、二度とは戻らない中学校生活。
後悔のようなものが心にあるせいで、涙がでてくる。
泣きたくない。
澄春、卒業しても僕を遊びに誘ってほしい。
秋枝さん、もし、高校が同じなら、僕と友達になってほしい。
……波葵、もう一度、君と恋人になりたい。
今度こそ、君と恋人らしいことをしたいから。
※※※
──あなたの一番の思い出はなんですか?
そう聞かれた時、僕は、
「中学校の三年間です」
ときっと答えるだろう。
一年目で見た、現実。
どれほど、自分が弱い人間かを知らされた。
二年目で知った友情と後悔の味。
唯一無二の後輩である澄春が、親友になってくれた喜び。
そして、澄春の想いの人である波葵と付き合って、すぐに別れてしまったこと。
三年目で感じた儚い時間。
中学の三年間なんて、永遠の時間のように感じていた。
きっと、僕以外にも、そうだったのだろう。
だから、皆、こんなにも涙を流している。
僕は、どうすれば、いいのだろうか。
三年間、感じたことが多すぎて、泣くに泣けない。
嘘だ。
本当は、すごく泣いている。
小さい子供のようにみっともなく、泣いている。
これは、僕が紡ぐ卒業の物語だ。
※※※
卒業の歌が終わると、ほとんどの人が涙を流していた。
様々な感情が胸のなかで渦を巻いて、僕も涙を流してしまった。
もう、皆と会えない。
そう思うだけで、また涙がでてくる。
花束贈呈を終え、司会の先生が結びの言葉を言った。
花道を作るため、保護者や後輩が続々と運動場へでる。
その間、僕らは、自由の時間となった。
少しの間、感傷に浸っていると、肩をポンポンと叩かれた。
振り返ると、そこには、涙で目を腫らした秋枝さんがいた。
「お疲れさま……。グスッ……、あー、泣いててごめん。答辞、本当によかった。聞いてて感動して泣いた」
「いや、本当にこちらこそ、ありがとう。アドバイスとかくれたから、今の結果があるから」
「はー、ほんと、合理的に考えるんだね。そういうとこ好きだよ」
「えっ?」
感傷にまた浸っていた心が驚きに染まる。
好き。
僕を? 秋枝さんが?
秋枝さんは、泣いていたからか、頬が紅潮している。
「えっと……。それは、ありがとう」
きっと、冗談だろう。
「そういや、冬山君って、春咲高校だっけ?」
「そうだけど?」
「一緒じゃん! やったね!」
マジか。
なるべく、知り合いがいない遠めの高校を選んだつもりなのに!
「そ、そうだね……」
「あ、そうだ! あとで写真撮ろ!」
「う、うん……」
秋枝さんは、そう言って、他の女子のグループへと走っていった。
なんだか、騒がしい人だな。
あとそれに、高校同じなのか。
少し、楽しみだ。
「皆さん、注目!」
担任の先生が声をかけると、皆の話し声がやんだ。
「まずは、卒業式お疲れさまでした。今から、花道をくぐりますので、列に並んでくれると嬉しいです」
先生の声に皆が動く。
僕も、邪魔にならない程度に動く。
それから、先生を先頭とした花道の列が完成した。
体育館を抜け、花道をくぐる。
歓声と拍手が、校内に響き渡る。
運動場に着き、少し話を聞いたあと、撮影時間となり、約束通り、秋枝さんと写真を撮った。
少し暗めの顔と快活な笑顔がそこには写っていた。
「ありがとっ! 高校でも、よろしくね?」
「うん。こちらこそ」
秋枝さんとなら、友達になれそうだ。
そう思いながら、僕は澄春を探すべく、運動場を走った。
「あっ……」
彼女と目が合った。
少しきまずい空気が流れる。
そこには、波葵がいた。
「卒業おめでとうございます。冬山先輩」
淡々と最低限の言葉だけを彼女は告げる。
「……ありがとう」
僕は、どうする事もできず、ただ薄っぺらい礼を言うしかない。
「先輩と同じ、春咲高校、入学します。もちろん、奨学金のためにですが」
どうして関係のないことを言うのだろうか。
「それでは、さようなら、先輩。また、会う日まで──」
波葵は、去り際、小さな声でこう言った。
──本当に大好きだった先輩、と。
ただひたすら、過去の僕を肯定するように彼女は、冷淡と告げ去った。
「あー! 居た! ユウ君、遅い! 俺と写真取りましょうよ!」
ヘラヘラと澄春は、笑いながらやってきた。
「お、おう。撮ろうか」
澄春は、スマホ画面をこちらに向けて、はいチーズと言う。
パシャパシャとシャッターが切れる音がした。
「ユウ君、写真映り悪くないすか?」
「元からなんだよ、ごめんな」
「うわぁ~、ひねくれてますねー。あ、帰りながら話しますか」
「うん。そうしよう。別に話す友達もいないからね」
「さらっと悲しいこと言わないでくださいよ……。ユウ君、性格はともかく、顔は結構いいんですから。そこらの俳優なら裸足で逃げ出すレベルですよ?」
「おちょくってる?」
「マジっす」
後輩との些細なやり取りをしながら、正門をくぐる。
これで、もう、二度と、中学校生活は戻らない。
「澄春」
「なんすか?」
「高校どこ行くの?」
「そうっすね……。今のところ、春咲高校ですかね? あそこの奨学金、ヤバい額でしょ?」
「そうだね。僕は取れなかったけど澄春と波葵ならとれるよ」
澄春は、自身の好きな人の名前を聞いてか、少し興奮して頬を紅潮させていた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないすか‼ それでこそユウ君先輩っす!」
「だからユウ君先輩って」
「いいじゃないすか! これからそう呼びますね! ……呼びませんけど!」
澄春のペースに会話を巻き込まれ、いつも通りのやり取りが今日は止まらない。
「澄春、卒業だね」
「卒業っすね……。お疲れさまでした!」
この時間が、楽しい。
願うなら、いつまでも、続いてほしいけど、そうもいかない。
前に進まなきゃいけない。
「絶対、合格してよ」
「ユウ君が楽しい高校生活を送れるなら、これからも、俺はついていきますよ!」
暖かな太陽の下で、笑顔がそこで咲いた。
──あなたの一番の思い出はなんですか?
そう聞かれた時、あなたなら、どんな答えをだしますか?
その人は、いつでも眠そうで、ボーッとしている。
だけど、嘘には敏感で、隠している不安さえも、彼にはお見通しだった。
友達が俺しかいなくて、恋愛初心者で拗らせ過去すがり野郎な先輩は、俺の憧れの人。
そして、恋敵。
あの日、本当に先輩が嫌いだった。
けど、今は最高に憧れている人。
きっと、この先、これからも、俺はこの人の後ろを追っかけ回すのだろうか。
──ピンポーン!
部屋のインターホンが鳴った時、俺はまだ寝ぼけていた。
「ふぁぁ……。ユウ君、早すぎでしょ……」
インターホンが鳴ってくれたおかげで意識は覚醒したものの、家に来るのがかなり早い先輩にもう少し遅く来てくれないかなと心のなかで毒づく。
俺は、朝ご飯は食べずに顔だけ洗って、制服を着替えて、マンションの一室からでる。
そこにいたのは、ユウ君こと冬山柚宇先輩。
ひとつ上で同じ塾に通っている人だ。
爽やかに切った短髪に、優しげな瞳。
顔のパーツが全体的に優しく整っており、テレビの人気俳優に匹敵するほどなのに、俺が知る限り二年連続、バレンタインチョコを貰った個数はゼロという残念なイケメンさんだ。
性格も優しいからモテてもなにも問題ないはずなんだけどなぁ。
「えへへー! ユウ君先輩おはようございます!」
俺は、呼び方を変えて挨拶をする。
この人は、タメ語で話すと暗殺者もビックリの鋭い目付きで睨んでくる。
「ユウ君先輩て」
俺は思った通りの反応に笑うしかない。
「だって、ユウ君、タメ語と君付けで話したらやめろよオーラだしてくるじゃないすか? だから、先輩って言ったらいいかな~なんてー!」
俺は、それっぽい感じを演出しながら、暴論を言う。
「僕、そんなオーラだしてるの?」
いや、無自覚だったんかい。
「だしてますよー! そんなのだから、次の彼女出来ないんですよー?」
俺は、言った瞬間、やべっと思った。
この場の空気がちょっとだけ冷えた気がした。
この発言は、俺と先輩のたぶん次はない大ゲンカの元となった出来事を示しているから。
先輩の元恋人は、俺のずっと好きだった人。
その人を傷つけたから、俺はこの人に本気でキレた。
ユウ君は、考え込むといつも俯いてしまう。
この人の悪い癖だ。
「ユウ君!」
メンタルが脆いくせに自分が関わったことに責任を持とうとする。
本当に不器用だこの人は。
「今日くらい、考えるのは止めましょうよ! いつもご苦労さんです!」
心からの感謝も込めて、俺は考えさせるのをやめさせた。
最後の見せ場なんだ。
この時くらい、笑っていてくださいよ。
「……とりあえず、行こっか」
ユウ君は、そう言って、歩き出そうとする。
俺は、ある物を買っていたことを思い出す。
たしか、鞄に入っていたはず。
あった、これだ。
「そうですね! あ、ユウ君。これ、お祝いの品です!」
俺が祝いの品として渡したのは、金色のシャーペンだった。
この人は、塾でもあきらか百均と分かるシャーペンや消しゴムを使っているため、それでよくいじりのネタにされていたのをたまたま文房具屋に行ったときに思い出したのだ。
それで、卒業兼受験合格祝いとして、このシャーペンを買った。
「ユウ君、いつもボロいシャーペン使っているじゃないすか。百均のやつ。高校でもそんなの使っていたらバカにされると思うんで、俺からのプレゼントです!」
高校からは、そういう些細なことでいじめに発展すると聞いたことがあるから、これで大丈夫だろう。
「ありがとう……」
ユウ君は、笑顔でシャーペンを眺めていた。
口角が上がっていて、かなり喜んでいるようだ。
買っててよかった。
ユウ君は、そう思わせるような顔していた。
そんなユウ君に俺は少しいじわるをする。
「今度こそ、行きましょー!」
先に進んでやった。
ユウ君は、待ってもなにも言わずに、追いかけるように俺の後ろを歩いていた。
この人、マイペースだなぁ。大丈夫か?
マイペースすぎて、ちょっと、心配もした。
学校まであともう少しというところで、俺はあることを思い出した。
「ユウ君、そういや、春咲高校の合格、おめでとうございます」
ユウ君は、春咲高校という進学校に入学する。
そこは、特待制度に力を入れており、入試で高得点をとった者には多額の奨学金が渡されるとか。
「ありがとう。澄春に教えてもらった所も出たから助かったよ」
ユウ君は、礼を言ったあと、嬉しそうに前を向いた。
俺たちは、お互いに分からないところを教えあっていた。
俺は、自慢じゃないけど、中学二年生としては頭がいい方なので、発展問題を解くことが多い。
ユウ君が受験した高校の過去問には、発展問題が出題された傾向が多かったので、よく俺に聞いていた。
「それは、よかったです! ユウ君、来年はよろしくお願いしますね!」
あと半月もすれば、中学三年生になる。
進路の土台もそろそろ固めなければいけないので、こう言うときに頼りになる先輩は、多くいた方がいい。
「僕、澄春より賢くないけど?」
ユウ君は、苦笑しながら、そう言うが、春咲高校を合格できるレベルだから、かなり賢いと言ってもいいが、それをしないのがユウ君のいいところ。性格も顔もイケメンだ。ただし、必ずモテるとは限らないのが現実。
「いいっす! ユウ君も俺も分からないところがあっても、先生に教えてもらったらいいので! あと、一人でやるより、仲間がいた方が気持ちが楽じゃないっすか? ほら、受験って最終的には気持ちが大事とか言うので!」
そんな先輩に人付き合いの大切さを遠回しに教える。
この人、俺以外に友達居ないからなぁ。
まぁ、俺が受験に行き詰まったらアドバイスのひとつやふたつくらいくれることを願おう。
「先輩、卒業ですね」
この人が卒業してしまう。
そう思うと、少し悲しくなる。
利用してた訳じゃないが、俺はこの人といることで、あの子に振り向いてもらえると思っていた。
「卒業だね」
ユウ君が、そう言って、ゆっくりと正門をくぐる。
彼が、朝、この門をくぐることはもう、ない。
ユウ君と出会ったのは、中学一年生のときだった。
その日、たまたま塾で見たユウ君に俺は話しかけたのだ。
「あの、同じ学校の先輩ですよね?」
「あ、はい、そうですけど……」
あの頃のユウ君はいつも敬語だった。
俺のことを先輩だと思っていたらしく、それを知ったときは一日中腹をかかえて笑った。
塾が同じと知り、そして、ユウ君は暗いから送ると優しさを見せてくれた。
そこで、俺とユウ君は、家が近所だと気がつく。
そこからは、もう毎日が楽しかった。
ユウ君は、遅刻常習犯気味の俺を起こしに来てくれて、一緒に登校したり、塾も基本、一緒に帰るようになった。
帰りに、たまにジュースを奢ってくれたのがすげぇ嬉しかった。
そんな生活にも慣れてきた夏休み中盤。
俺たちの仲を一時的に引き裂いた出来事が起きる。
俺には、当時、好きな人がいた。
同じクラスの波葵海帆という物静かで、クールな女子が好きだった。
しかし、俺は持ち前の明るさで波葵にアプローチを仕掛けるが、彼女は振り向かない。
俺のアプローチが勢いを増すほど、彼女はユウ君の方に向かってしまう。
これは、ユウ君から聞いた話だが、小学校の頃から塾に通っていたという波葵を体調不良の際に看病して以来、好意を抱かれてしまったらしい。
そして、ついに波葵はユウ君に告白した。
ユウ君と波葵は、付き合ってしまった。
俺は、その悲しみもあってか、ユウ君との距離を置いた。
悲しくて、悔しくて、別れてほしいと思った。
俺の想いが通じたのか、彼らは一ヶ月後に別れた。
しかし、その理由が最悪だった。
ユウ君は、波葵のことなんて好きじゃなかった。
それを聞いて、彼女という存在が欲しかっただけなんだ。そう勝手に解釈した。
この人の適当なところが俺は嫌いじゃなかった。
マイペースなところが自分をいつでも貫くことが出来ていてカッコいいとさえ感じた。
でも、この日だけは許せなかった。
ここからは、感情が体を勝手に動かした。
気がつけば、俺は雨の中でも関わらず、ユウ君の家に行っていて、胸ぐらを掴んで、
「本当に、好きになってから、付き合えよ!」
そう言っていた。
我を忘れていたから、覚えていないけど、ユウ君に他にも酷いことを言ったかもしれない。
そうでなきゃ、俺たちが10日間、塾でも、学校ですれ違ったときも、一言も喋らないことなんてないはずだし、ユウ君が朝、起こしに来ないこともないはずだから。
ある日、俺はこの状態に耐えきれなくなって、ユウ君と話をした。
ユウ君は、終始、謝ってきたけど、俺は謝罪の言葉より、聞きたかったことを聞けた。
結局、俺の勘違いから生まれたこのケンカはたぶん、なにがあっても忘れないだろう。
そして、盲目になっていた自分を恥じた。
そして、俺たちは、仲直りが出来た。
あの日から、関係はあまり変わらなかったが、友情が芽生えた気がする。
そんなユウ君と一緒に居れる時間も、もう残りわずかなんだと、過去を思い出しながら、友達グループと会話をしていた。
俺はスクールカーストの上の方にいる。
こんな人懐っこい性格だから、嫌味じゃないが、女子からモテるわモテるわで、バレンタインチョコをひとつも貰っていないユウ君を本気で心配したことがある。
マジでなんであの人がモテないのか一番の謎だ。
まぁ、どれだけチョコを貰おうと、告白されようと俺は断り続けてきた。
今も本命である波葵から、チョコを貰っていないし、告白もされてないし、負けた気になるからこっちからしたくない。
だが、そんな波葵はユウ君のことが好き。
俺には、振り向かない。
そんな三角関係も今日で終わると思えば、心はスッキリするはずなのに、全然晴れない。
今も、クールな顔で微笑を振りまいている彼女に俺は見とれてしまっている。
俺は、この恋を自分のものにする。
ユウ君に負けないほどの人間になってやる。
卒業式の三十分前、心のなかでそう宣言してやった。
それから、卒業式が始まり、滞りなく進んでいた。
ユウ君、もうちょっと声張って返事出来なかったのかな。
卒業賞状授与のとき、ユウ君の声が結構小さかった。
このあと、すぐに送辞がある。
俺は、波葵が送辞に立候補したため、彼女との時間を作りたいがために、立候補した。
せっかくのチャンス、逃してたまるかと意気込みを持ちながら、練習を重ねて、とうとう本番がやってきた。
練習中、適切なアドバイスを受けれるのが嬉しかった。
そして、もっと好きになったのはいうまでもない。
そして、送辞を言う瞬間となり、俺と波葵は演台にあがった。
『厳しい冬の寒さの中にも、春の訪れを感じることの出来る季節となりました。本日、晴れてこの季理町中学校卒業式を迎えられた第百一期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます』
初めの言葉をスラスラと言い、色々と話してから俺は、波葵と代わる。
彼女の長い黒髪がすれ違い様に揺れ、優しい香りが鼻をくすぐる。
彼女は、マイクに向かって、優しい声で語るように言う。
それは、聞いているだけで胸がときめきそうになり、優しい痛みが俺の恋心を焦がす。
そして、最後に、
『先輩の皆様、私たちは先輩方の後輩としてこの学び舎でともに生活できたことを心から誇りに思います。これまで本当にありがとうございました。先輩方のご健康とご活躍を祈念して、在校生代表の送辞とさせていただきます』
そう言って、送辞が終わった。