卒業の歌が終わると、ほとんどの人が涙を流していた。

 様々な感情が胸のなかで渦を巻いて、僕も涙を流してしまった。

 もう、皆と会えない。

 そう思うだけで、また涙がでてくる。

 花束贈呈(ぞうてい)を終え、司会の先生が結びの言葉を言った。

 花道を作るため、保護者や後輩が続々と運動場へでる。

 その間、僕らは、自由の時間となった。

 少しの間、感傷に浸っていると、肩をポンポンと叩かれた。

 振り返ると、そこには、涙で目を腫らした秋枝(あきえだ)さんがいた。

「お疲れさま……。グスッ……、あー、泣いててごめん。答辞、本当によかった。聞いてて感動して泣いた」

「いや、本当にこちらこそ、ありがとう。アドバイスとかくれたから、今の結果があるから」

「はー、ほんと、合理的に考えるんだね。そういうとこ好きだよ」

「えっ?」

 感傷にまた浸っていた心が驚きに染まる。

 好き。

 僕を? 秋枝さんが?

 秋枝さんは、泣いていたからか、頬が紅潮している。

「えっと……。それは、ありがとう」

 きっと、冗談だろう。

「そういや、冬山(ふゆやま)君って、春咲(はるさき)高校だっけ?」

「そうだけど?」

「一緒じゃん! やったね!」

 マジか。

 なるべく、知り合いがいない遠めの高校を選んだつもりなのに!

「そ、そうだね……」

「あ、そうだ! あとで写真撮ろ!」

「う、うん……」

 秋枝さんは、そう言って、他の女子のグループへと走っていった。

 なんだか、騒がしい人だな。

 あとそれに、高校同じなのか。

 少し、楽しみだ。

「皆さん、注目!」

 担任の先生が声をかけると、皆の話し声がやんだ。

「まずは、卒業式お疲れさまでした。今から、花道をくぐりますので、列に並んでくれると嬉しいです」

 先生の声に皆が動く。

 僕も、邪魔にならない程度に動く。

 それから、先生を先頭とした花道の列が完成した。

 体育館を抜け、花道をくぐる。

 歓声と拍手が、校内に響き渡る。

 運動場に着き、少し話を聞いたあと、撮影時間となり、約束通り、秋枝さんと写真を撮った。

 少し暗めの顔と快活な笑顔がそこには写っていた。

「ありがとっ! 高校でも、よろしくね?」

「うん。こちらこそ」

 秋枝さんとなら、友達になれそうだ。

 そう思いながら、僕は澄春(すばる)を探すべく、運動場を走った。

「あっ……」

 彼女と目が合った。

 少しきまずい空気が流れる。

 そこには、波葵(なみき)がいた。

「卒業おめでとうございます。冬山先輩」

 淡々と最低限の言葉だけを彼女は告げる。

「……ありがとう」

 僕は、どうする事もできず、ただ薄っぺらい礼を言うしかない。

「先輩と同じ、春咲高校、入学します。もちろん、奨学金のためにですが」

 どうして関係のないことを言うのだろうか。

「それでは、さようなら、先輩。また、会う日まで──」

 波葵は、去り際、小さな声でこう言った。

 ──本当に大好きだった先輩、と。

 ただひたすら、過去の僕を肯定するように彼女は、冷淡と告げ去った。

「あー! 居た! ユウ君、遅い! 俺と写真取りましょうよ!」

 ヘラヘラと澄春は、笑いながらやってきた。

「お、おう。撮ろうか」

 澄春は、スマホ画面をこちらに向けて、はいチーズと言う。

 パシャパシャとシャッターが切れる音がした。

「ユウ君、写真映り悪くないすか?」

「元からなんだよ、ごめんな」

「うわぁ~、ひねくれてますねー。あ、帰りながら話しますか」

「うん。そうしよう。別に話す友達もいないからね」

「さらっと悲しいこと言わないでくださいよ……。ユウ君、性格はともかく、顔は結構いいんですから。そこらの俳優なら裸足で逃げ出すレベルですよ?」

「おちょくってる?」

「マジっす」

 後輩との些細(ささい)なやり取りをしながら、正門をくぐる。

 これで、もう、二度と、中学校生活は戻らない。

「澄春」

「なんすか?」

「高校どこ行くの?」

「そうっすね……。今のところ、春咲高校ですかね? あそこの奨学金、ヤバい額でしょ?」

「そうだね。僕は取れなかったけど澄春と波葵ならとれるよ」

 澄春は、自身の好きな人の名前を聞いてか、少し興奮して頬を紅潮させていた。

「嬉しいこと言ってくれるじゃないすか‼ それでこそユウ君先輩っす!」

「だからユウ君先輩って」

「いいじゃないすか! これからそう呼びますね! ……呼びませんけど!」

 澄春のペースに会話を巻き込まれ、いつも通りのやり取りが今日は止まらない。

「澄春、卒業だね」

「卒業っすね……。お疲れさまでした!」

 この時間が、楽しい。

 願うなら、いつまでも、続いてほしいけど、そうもいかない。

 前に進まなきゃいけない。

「絶対、合格してよ」

「ユウ君が楽しい高校生活を送れるなら、これからも、俺はついていきますよ!」

 暖かな太陽の下で、笑顔がそこで咲いた。

 ──あなたの一番の思い出はなんですか?

 そう聞かれた時、あなたなら、どんな答えをだしますか?