「くーちゃんっ!!」
空竜の翼の一部が吹き飛び、ガクンと一瞬落ちかける。
悲痛な鳴き声を上げながら、穴の空いた翼で尚羽ばたき続ける空竜。
グラグラと不安定ながらも進むその先に、ようやく海が広がってくる。
しかし翼からの出血は止まる気配がない。

「空竜さんは泳げますか!?」
苦しげな空竜の鳴き声に、リルが「泳げるって!」と返事をする。
「可能な限り、海へ進んでください!」
久居は自身の迂闊さを呪う。
(空竜と同様でリルも耳がやられていたのに、私がもっと地表を警戒するべきでした!!)
つまり、あの火筒は、撃墜のためのものではなく、連絡用だった。
狙いを定めなかったのは、とにかく撃ち上がればなんでも良かったからだ。
それでも、空竜なら空に逃げ切れると、気を緩めてしまった。
「リルは、着水……海に浸かると同時に炎を一度消してください」
「分かった! けどボク泳げないよ」
「なんとかします」
「あ、また炎が来る!」
今度は大分早いリルの知らせに、久居は聴力の回復を確信しつつ、障壁を張る。
かなりの長距離を豪速で飛来する火球。あの勢いは殺しきれそうにない。
「リル、炎をもっとください、障壁に!」
言われて、リルが障壁に纏わせた炎を厚くしたのと、火球が障壁に当たったのは、同時だった。

火球と障壁が一瞬接触し、お互いに焼けつくような嫌な音を立てて離れる。
久居が斜めに構えた障壁で、火球は大きく脇に逸れて吹き飛んでいった。

「なんか飛んできてる!」

(炎以外の何か……?)
久居がリルの指す方向へ障壁を向けようとした瞬間、空竜が無事だった方の片翼をビクンと大きく跳ね上げた。
「ギャウッッ!!」
「くーちゃんっ!!」
良く見ると、その翼には人の指ほどの針が3本、深々と刺さっている。
それは、久居が先の戦闘で長身の鬼に放ったものとほぼ同じ物だった。

「当ったり〜ぃ」
木の上で長身の男が、橙色の三つ編みを揺らして笑う。
「あれでは落ちんだろう」
地上で次の火球を肩上に構えた大男が、不服そうに返事をする。
「じゃあ、どっちが先に落とすか勝負しようぜ。負けた方が今回の報告な」
橙色の男がニヤリと笑って提案するも、大男は無視して駆け出す。
「海に逃げられると厄介だ。さっさと潰すぞ」
二人の鬼は、空中でもがき失速する竜を目指して走る。


リルの耳には、そんな鬼達の会話が届いてしまった。
「……酷い」
空竜達を包んでいた炎が、ゆらりと揺れる。
温かな炎の光が、冷たく澄んだ水色へと変わってゆく。
「くーちゃんのこと、傷付けて……」

ぞくりーーと寒気を通り越し、恐怖が全員を支配する。
息をするのが、声を出すのが苦しい。

「ーーっリル!」
掠れた声で、久居は必死にリルの名を呼んだ。

「久居……」
リルが久居をゆっくり見る。
瞳にいっぱい溢れた涙。
少し虚な色をしているが、まだ意識はある。

どうすれば、なんと言えば……。
久居が焦りを滲ませる。
リルからは既に相当量の炎が出てしまっている。
これを正しく処理しなくては、全員が溶けて消える。

絶対に間違えてはいけない。

「あの二人を迎え撃ちます。力を貸してください」

慎重に選んだ言葉に、リルの瞳に光が戻る。
「うん!」
感情の入った返事に、久居は内心ホッとする。
炎の色はまだうっすら青みがかっていたが、まとわりつくような重苦しさはすっかり消えて、動きが取れるようになっていた。

久居はリルを空竜の上に立たせると、自身が張っていた障壁をリルに手渡す。
「今出ている炎から、このくらいずつ私の刀に分けてください。飛ばしてみようと思います」
鞠ほどの大きさを手で表すと、リルが「分かった!」と返事した。

良くも悪くも、リルは真っ直ぐだ。
喜びも、悲しみも。怒りや、憎しみも、まっすぐ相手に向けられる。
(それがまだうまく制御できないというのなら、私が、手助け致しましょう)
久居は覚悟とともに、薄水色の炎を受け取った。

海まではもう少し。

「来るよ!」

リルの声。もう久居にも敵は視認できていた。
正眼に構えた刀に、まるで串団子のように、リルが三つもくれた火球。
それを久居は上段から思い切り振り下ろし、放つ。

リルが合わせてくれたのか、火球は刀を振った以上の速度で鬼達に飛びかかった。