「ごめんね。部活に採用するって話は一旦置いといて、校閲はさせてもらうよ。それが僕たちの仕事だから」
「ありがとうございます。では僕はこれで。じゃあね香ちゃん」

 香に手を振り、小野は喫茶店から出て行く。
 満はパンッと手を叩く。

「じゃあ、サイコーちゃんは体験入部ってことでいいのかな?」
「は、はい」

 あ、この人もサイコーちゃんって呼ぶんだ……。

「あ、自己紹介してなかったね。僕は宇治満。三年生。それでこっちが」
「安達光輝でーす。よろしくねサイコーちゃん」

 無邪気にピースする光輝を素通りして冬木は満から原稿を受け取り、香に差し出す。立ち上がってみると冬木は香より少し高いが、ほとんど変わらない身長だった。顔立ちも中性的で、髪を伸ばせば女子と見間違えそうだな、とガタイのいい光輝がそばにいるから余計に思ってしまう。

「桐谷です。で、この文章の間違いわかるか?」
「間違い?」
「愛想悪ぅー」と隣で冬木の脇腹を突く光輝を無視して香は改めて原稿に目を通す。先ほどは未定、の箇所で読むのをやめてしまったので今度は最後まできちんと目を通すが香には小野の気持ちがきちんとこもった原稿演説に思えた。
 
「別に、どこも間違ってないんじゃないですか?」

 そう言うと冬木はこれ見よがしにため息をつき、香の手から原稿を抜き取り赤のボールペンをノックする。

「ん、が抜けてる」

 上から二行目の最後。冬木は『取り組で』に二重で線を引き、すぐ隣に『取り組んで』と書き込む。

「明確な間違いは赤線で訂正。疑問や指摘、訂正は鉛筆で書き込む」

 冬木は素早く赤ペンから鉛筆に持ち替え、(未定)の下の文章中にある『役不足』の下に線を引く。

「この場合は役不足じゃなくて力不足。役不足は自分の力量よりも役割が軽すぎると言う意味で、力不足は自分の力量よりも役割が重いと言う意味。全くの逆だ」

 用紙の余白に『力不足、もしくは荷が重い、の方が正しい』と書き込み、そのまま下の『一世一代』にも線を引き『正しくはいっせ一代です』と記す。

 香はなんだか釈然としなかった。冬木のやっていることは揚げ足取りのようで、もっと小野が何を伝えたいのか、何を言いたいのか、の方が大事なのではないか? そもそも……

「だいたいのニュアンスでわかりません?」