君に読んでもらいたい物語

 今日は先輩たちの卒業式。
 私は大きな花束を二つ抱えて、校門の前に立っていた。

 由布子先輩は卒業した後は、大学の文学部へ進学すると言っていたような気がする。
 亜里沙先輩は。
「あー、私は美容師。親が店、やってるから。そこ、継ぐ予定」
 とかっこよく言ってた。

 目の前を卒業生が通り過ぎていく。

「由布子先輩」
 私は声をあげた。私に気付いた由布子先輩は、ニコニコと笑いながらこちらに近づいてくる。
「由布子先輩、卒業おめでとうございます」

「ありがとー、ともちん」
 大きな花束を一つ、由布子先輩に渡すと、先輩は大人の余裕みたいな笑みを浮かべて受け取ってくれた。

「文芸部を頼んだよ」

「まかせてください」

 それから少し話をして、由布子先輩とは別れる。
 しばらくすると、相変わらず茶髪の亜里沙先輩がやって来た。

「亜里沙先輩」

「お、ともちん」
 亜里沙先輩は私を見つけると、ものすごくニコニコしながら寄ってきてくれた。

「卒業おめでとうございます」
 大きな花束を亜里沙先輩に渡す。先輩は照れながら、ありがとう、と言う。

「先輩。あの、今から予約してもいいですか?」

「何を」

「四年後の成人式。先輩に着付けとか髪とかやってもらいたいんで」

「ともちん、あんたさー」
 と言いながら、先輩はガバッと私を抱きしめた。

「あんたは、人を嬉しくさせる言葉の天才だね」
 私から離れた先輩の目尻には少し涙がたまっていた。

「あんたみたいな後輩と出会えて、私は幸せだったよ」

「私も、亜里沙先輩と、亜里沙先輩の作品に出会えて幸せです。本当に、先輩の作品を読んでから、自分の世界がかわりました。周りにはこんなに素敵な言葉に溢れているんだなって。自分の中にも、こんなにも言葉があるんだなって。あれと出会ってから、自分の世界がキラキラ輝いたように感じます」

「ともちん。恥ずかしいから、そういうことは皆の前で言うな」

 泣きそうで、怒りそうな顔をしながら亜里沙先輩は言う。

「もう、文芸部はともちんがいるから大丈夫だな。文芸部を頼んだよ」

「それ、由布子先輩も同じこと言ってました」

「あいつめ、私のセリフを奪いやがって」

 亜里沙先輩は、遠くにいる由布子先輩を睨んだ振りをした。

「亜里沙先輩。一つだけ、一つだけお願いがあるんですけど」

「なんだ、言ってみろ。この心の広い亜里沙先輩は、何でもその願い事をきいてやる」

「これから、忙しくなるのはわかってるんですが。あの、文章を書くのをやめないでください。私、本当に亜里沙先輩の書く文章が好きなんです」

 意中の相手に告白しているような気分だった。この意中の相手とは、もちろん先輩の作品なのだが。ちょっと恥ずかしくなって、もう、亜里沙先輩の顔を見ることができない。

「うん、やめないよ。ともちんにここまで言われたら、やめられるわけがない。妄想を言葉にするのは悪いことでは無いしね。それに、私は妄想族だ」

 ぷっと、亜里沙先輩が笑ったので、私も釣られて笑った。

「同人誌だろうがタウン誌だろうがなんだろうが、何かでどっかで文章は書き続けるよ。一人でも私の文章を読んでくれる人がいる限り」

「では、一生書き続けなければなりませんね」
 私のその言葉で先輩は目を丸くする。
「だって、私が先輩の文章を読む人ですから」
 また、亜里沙先輩に抱きしめられてしまった。