「高岡くんはやっぱああいうキャラだからいいんだよね」

 美術の時間が終わり教室に戻れば、タイムリーな名前に耳がいやに反応した。
 女生徒二人が机を挟んで話している。音楽組ということを考えると、どうやら向こうの方が一足早くに終わったらしい。
 都合悪く、その女生徒ふたりの隣の席が自分の席なのだから、なんともついていない。
 未だ胸にもやもやとした感情を残しながら吉瀬と別れたというのに、ここでもまたあいつの名前を聞かなければいけないのか。

「ああいうキャラって?」
「ほら、なんていうかさ、空気読めないようで実はめちゃくちゃ読んでるってところ」
「ああ、分かるかも。意外と周り見てるよね」
「そうそう。見てる見てる」
「意外とモテるしね。あんな振り切った性格って、どうやったらなれるんだろ? たまに高岡が羨ましいんだけど」

 パーソナルスペースガン無視で、座右の銘が「自由に生きる」という無茶苦茶な男。
 そんな男に憧れてしまう異性もいるらしい。
 どうやらここでも高岡の賞賛を聞かされることになるのか。いっそのことイヤフォンでもしてこの世界ごと遮断したい勢いだというのに――

「でもそれって、なんか家庭環境複雑だからみたいだよ」

 その遮断したい欲が一気に消失していったのは、そんな一言が鼓膜を貫いていったから。
 高岡のイメージとはずいぶんとかけ離れたそのワードは、歪なほどに歪んでいるように思った。
 あまりにも不釣り合いで、水の中で油を落とされたような気分。それは分離し、合わさることは決してない。高岡という存在に、家庭環境が複雑という言葉はおかしなほど融合していかない。
 気付けば、二人の会話を疎ましく思っていた俺が、誰よりもその話に耳を傾けていた。
 その続きを待ち望んでいたというのに「あ、そうなの? まあわかるかも」などと、理解しがたい会話で切り上げられたそれは、俺の中でしこりとして残ってしまったわけで。

(いや……家庭環境複雑だからで片付く話じゃないだろ)

 そう思ったところで、その答えを誰が教えてくれるわけでもない。もちろん、自己完結出来るものでもない。
 しっかりとしたもやもやが黒い霧となって、いつまでも頭の中を漂い続けた。