*
「あ、呉野くん」
片付けを終え、美術室を出ようとしていた俺にたえちゃんの声が届く。
振り返れば、ちょいちょいっと手招きをする仕草を見せているものだから、引き寄せられるようにまた室内奥へと引き返す。窓際の椅子に座っていたたえちゃんは、いつだってここに座っている。
柔らかそうな雰囲気と、実際に柔らかなパーマ。髪はくるくると丸みを覚え、ふわふわとしていた。
「ごめんね、呼び止めちゃって」
「いや、なんですか?」
こうして引き止められるのは初めてで、すこしばかり身構えてしまう。そんな俺に察したのか、人を安心させるような笑い方をするたえちゃんは「あのね」と切り出す。
「先週までの課題、りんごの絵がね、すごく上手だったって話をしたかったの」
ついさっき、吉瀬に言われたような台詞が、別の声となって再び戻ってきたことに驚く。あれは吉瀬のお世辞トークだとばかり思っていたものだから、こうして美術部顧問のたえちゃんから直々に褒められるとは思ってもみなかった。
「あの……自分で言うのもなんですが、特別上手い絵ではなかったと思います」
それでも、描いた本人は特別そこまで上手いと思えるような出来栄えではなかった。言ってしまえば、もっと上手く描けていた奴だっていたし、こうして呼び止められて褒められるような代物だとは到底思えない。それでも、たえちゃんは「ううん」と静かに首を振った。
「わたしが言った上手はね、きちんとりんごを描けてるからって意味なのよ」
「……どういうことですか?」
唱えるように言われた言葉を咀嚼するものの、理解が出来なかった。
「りんごはね、誰でも描けるのよ。小さな子供だって描ける。でもね、りんご本来の形をきちんと捉えて描くのってすごく難しいことなの」
これもまた吉瀬が言ってたいたものと重なるような話。彼女もまた、似たような台詞を口にしていた気がする。
を口にしていた気がする。
「少し難しい話をしてしまうとね、影だったり、質感、触感性なんかを忠実に描かないと本来のりんごを描くことは出来なくてね。美術部員は当たり前にそれを捉えて、なんとか描こうと努力するのだけど、呉野くんの場合は、自然にそれが出来てるの。それってものすごいことなのよ」
「はあ……」
確かに前置きをされた通り、難しい話だ。俺は美術部に所属してるわけでもなければ、絵を勉強してる人間でもない。ただただ音楽から逃げてきただけの、選択授業でしか絵に触れないような人間が、何故だかべた褒めをされている。
「あ、呉野くん」
片付けを終え、美術室を出ようとしていた俺にたえちゃんの声が届く。
振り返れば、ちょいちょいっと手招きをする仕草を見せているものだから、引き寄せられるようにまた室内奥へと引き返す。窓際の椅子に座っていたたえちゃんは、いつだってここに座っている。
柔らかそうな雰囲気と、実際に柔らかなパーマ。髪はくるくると丸みを覚え、ふわふわとしていた。
「ごめんね、呼び止めちゃって」
「いや、なんですか?」
こうして引き止められるのは初めてで、すこしばかり身構えてしまう。そんな俺に察したのか、人を安心させるような笑い方をするたえちゃんは「あのね」と切り出す。
「先週までの課題、りんごの絵がね、すごく上手だったって話をしたかったの」
ついさっき、吉瀬に言われたような台詞が、別の声となって再び戻ってきたことに驚く。あれは吉瀬のお世辞トークだとばかり思っていたものだから、こうして美術部顧問のたえちゃんから直々に褒められるとは思ってもみなかった。
「あの……自分で言うのもなんですが、特別上手い絵ではなかったと思います」
それでも、描いた本人は特別そこまで上手いと思えるような出来栄えではなかった。言ってしまえば、もっと上手く描けていた奴だっていたし、こうして呼び止められて褒められるような代物だとは到底思えない。それでも、たえちゃんは「ううん」と静かに首を振った。
「わたしが言った上手はね、きちんとりんごを描けてるからって意味なのよ」
「……どういうことですか?」
唱えるように言われた言葉を咀嚼するものの、理解が出来なかった。
「りんごはね、誰でも描けるのよ。小さな子供だって描ける。でもね、りんご本来の形をきちんと捉えて描くのってすごく難しいことなの」
これもまた吉瀬が言ってたいたものと重なるような話。彼女もまた、似たような台詞を口にしていた気がする。
を口にしていた気がする。
「少し難しい話をしてしまうとね、影だったり、質感、触感性なんかを忠実に描かないと本来のりんごを描くことは出来なくてね。美術部員は当たり前にそれを捉えて、なんとか描こうと努力するのだけど、呉野くんの場合は、自然にそれが出来てるの。それってものすごいことなのよ」
「はあ……」
確かに前置きをされた通り、難しい話だ。俺は美術部に所属してるわけでもなければ、絵を勉強してる人間でもない。ただただ音楽から逃げてきただけの、選択授業でしか絵に触れないような人間が、何故だかべた褒めをされている。