*  *  *

「だーかーら! ムリなものはムリ!!」
「すぐじゃなくていいんだってば。賢者たちにはなる早で投影したいけど」
「どっちだよ!?」
「ゲンこそ、こっちが大変なときにこんな土産持ってきて……」
「西の大陸は未収集の書物がまだ残ってるんだ。翻訳よろしく!」
「だったら、今回仕入れた1万語は早急に辞書に収録して!」
「ならアツシ呼び戻せ。オレの手が死ぬ前に!」

 中央ホールのテーブル。良く言えば活気ある論議……けど口の悪いじゃれ合いにしか聞こえないようなやり取りをしているのは、この世界最高の知性である大賢者ゲンと大賢者リョウだ。

「あのー……」

 一切こちらの様子に気づく様子のない二人の大賢者に、フェント女王が声をかける。

「で、その未収蔵書物ってのはどのくらいあるの?」
「洞窟30個分」
「何その単位?」
「今ハルマが調査中なんだけど、勇者歴以前の遺跡なんだ。そこは洞窟の壁一面に文字を書く文化があってな。穴一つで物語一巻分になるっぽい」

 話に夢中で、シホの呼びかけの応じない。続けて、シホが少し大きめの声をだす。

「お久しぶりです!」

 しかし

「そういう事は先に言って! 大発見じゃない! 何が書いてあるの?」
「推測だけど、聖石に関係してるっぽい」
「大発見すぎるでしょ! 早く言ってよ!!」

 まったく反応がない。仕方ないのでハンシイ姫が一歩前に出てすぅ…と息を吸う。

「大賢者リョウ! 大賢者ゲン!! 大儀である!!!」

 久しぶりの宮廷言葉。甲高い声が室内に響き、そこでようやく二人は、同じ部屋にこの世界の最高権力者2名がいることに気づいた。大賢者は反射的にひざまずく。

「姫様、失礼しました!!」
「研究熱心なのは良いことです。ですが俗世をお忘れになり過ぎるのはいかがなものかと」
「面目ありません……」

 世界最高の知性は、おずおずと縮こまっていた。

「何を熱く議論していたのです?」
「ゲンが、西の大陸で未知の書物を持ち帰ってきまして……」
「リョウが北の大陸の辺境で未知の言葉を集めてきまして……」

 互いを指差しながら言う。

「おかげで次の辞書の改訂版は、大幅に収録語数が増えそうです」

 他の賢者たちが、学院での知識の伝播や、様々な分野の研究へと手を広げていく中、リョウとゲンは今でも言葉の収集を続けていた。それこそが、すべての学問の基礎となると考えているからだ。

「改訂版? 辞書は完成していないのですか?」
「言葉の研究に終わりはございません。これまでに収録したのはせいぜい8万語程度。この図書館だけでも、その数倍の言葉が眠っています。そして外には数十倍の言葉があり、今このときにも世界中で新たな言葉が生まれています」
「さらには消えていく言葉、消えてしまった言葉も救わねば。実は、この図書館の半数近くの本が、すでに読み解けなくなっています。我々の戦いに終わりはありません」

 シホはめまいがする思いだった。この人達の戦いに比べたら、魔王との戦いや王宮の復興は、なんて簡単なのだろう。

「どうして、そこまでなさるのです?」

 姫が尋ねた。言葉というあまりに強大な敵との果て無き戦い。彼らは何故それに身を投じるのか?

「うーん……それがオレたちが転生した意味だった。そう思う事にしたからです」
「意味?」
「オクトの暴走。ああいう事を二度と起こさないためには、この世界と言葉を()る必要があります。いつか魔王が復活したとき、また転生者がこの世界に現れるでしょう。彼らが道を踏み外さないため、正しい海図が必要なのです。言葉の海を進むための海図が……」