「勇者・賢者戦争」あるいは「偽王の災厄」と呼ばれる戦いが集結し8年。ハンシイ姫は今、論文の執筆に取り組んでいる。大賢者リョウが進言した通り、姫はよく遊び、よく学んだ。賢者アマネが再建中の王都に開いた賢者学院の一期生となり、八賢者やギョンボーレの古老達から、あらゆる知識を学び取った。そんな姫にアマネが卒業課題として出したのが論文の執筆だ。テーマは自由だったが、姫はずっと決めていた。

『貴方がたについて書きます。貴方がたが、どのように言葉を学び、どのように世界最高の知性となったか、その足跡をまとめます!』

 幼い頃に国と家族を失ったハンシイ姫。彼女にとって、その苦境を救ってくれた八賢者は最高のヒーローだった。彼らのことを知りたいと思うのは、彼女には当たり前の衝動だ。
 今や勇者と呼ばれ、姫の良き相談役となっていたシホも、彼女の研究旅行に随行することにした。

「ようこそ我が都へ」

 霧が晴れるとギョンボーレの都の新しき主が出迎えてくれた。ガズト山やヘンタルの丘の取材を終え、姫はついにそこを訪れた。

「お招き頂きありがとうございます。女王陛下」

 姫は頭を下げる。シホや八賢者が未だにやってしまうこの挨拶は、いつの間にか新王宮の作法となってしまった。
 
「ふふ……本日はその呼び方はやめましょう」

 ギョンボーレの新女王、フェントは微笑む。見かけの年頃はハンシイ姫と対して変わらないが、現在60歳だという。

「お互い、これからの生涯を『女王』や『陛下』と呼ばれ続ける身。公務でない今回は名前で呼び合いませんか、ハンシイさん?」
「は、はい。それでしたら……フェント……さん」
「ふふふっ 私はその呼ばれ方が一番嬉しいです。さぁ、ご案内しましょう。大賢者のもとへ!」
「えっ?」

 姫の声が一瞬だけ上ずった。戦争の後、学校を開いたアマネ以外の賢者は、この図書館を拠点として世界各地を飛び回っていた。今でも彼らはこの世界の理を学ぶ最中だという。まさか今ここにいるとはシホも思っていなかった。

「あの方々のことを知りたいのなら、直接お話の聞くのが一番ですよ。彼らは今図書館におりますので」

 王宮復興に忙殺されていて、シホも長いことゲンやリョウと会っていない。この世界の誰からも崇敬される二人の大賢者は今、どのような佇まいなのだろう……?