*  *  *

「ラスボスか……オレにとってはお前がソレなんだけどな」
「ハッ! 僕は勇者だよ? まさか魔王を倒した後、こんなクソイベントが残ってるなんてね!」

 俺は腰に下げている剣を抜く。

「全員下がって。こいつはオレがケジメをつける」
「は……しかし……」

 シャリポは戸惑う。オクトも鼻で笑う。

「ハハッ、冗談でしょ? ガズト村で俺に負けたばかりじゃん。まだ僕とやるつもり?」
「仮にも魔王を倒した英雄に対する礼だ」

 俺は正眼の構えをとる。

「オッケー、ゲン。こいつはお前に任せる」
「わかりました。お願いします」
「御武運を……」

 マコトが数歩後ろに引き下がった。シホとシャリポもそれにならう。

「なめるなよザコが」

 オクトは毒づいた。こいつと一騎討ち……リョウに剣術指南書を投影してもらったので、構え方や動き方は頭に入っている。けど、それだけとも言える。

「その思い上がり、完膚なきまでに潰してから殺してやる。計画はズレたけど、キミを倒せばいくらでも修正できる」

 まともにやりあって勝てる相手ではないのはわかっている。けどこいつとの決着はオレ自身が、とはずっと決めていた事だ。

「アグリ! キミのスキルを使わせてもらう!!」

 オクトはそう叫ぶと、大きく息を吸う。すると筋肉が風船のように膨れ上がり、身体全体がひと回り大きくなった。一時的に筋肉を増強するスキルか。なるほど、脳筋のアグリらしい。

「裏切り者のシホよ! 汚らわしいがお前のスキルも使ってやる、名誉に思え!!」

 続けてオクトは構えている剣を握り込む。柄を起点に、刀身に文様が走り始めた。シホの〈属性付与〉のトレース。

「勇者らしく、雷の魔法で葬ってやる」

 文様が白く発光し、バチバチと剣の周りで火花が爆ぜた。雷撃系魔法の属性を付与したようだ。

「秒で終わらせる!」

 オクトが地面を蹴って走り寄ってきた。速い!? 接近しながら、帯電している剣を振りかぶる。攻撃。オレにはわかる、間違いない、〈連続攻撃〉のトレースで来る!!

「くっ!」

 オレも即座にスキルを発動させる。同じく〈連続攻撃〉、けど対象はオクトじゃない。

「死ねぇっ!!」

 視界一面ががまばゆく光ったかと思うと、爆発するような轟音が耳を貫いた。
 オクトの剣が振り下ろされ、落雷のような高圧の電撃が地面に叩きつけられたのだ。
 一瞬前にオレが立っていた場所は、地面が深くえぐれ、周囲は黒く焼け焦げていた。危なかった。一瞬でも判断が遅れていたら、本当に秒で終わるところだった……。

「せっかくのスキル、情けない使い方してるなぁ!!」

 スキルの使用対象を地面にして、連続キックでオクトとの距離を引き離す。何度も使ってきた、オレ流の〈連続攻撃〉の使い方だ。

「ちょこまかとっ!」

 オクトの攻撃スピードが上がる。奴のスキルが、オレのスキルを完璧にトレースできるのだとしたら、最大で一瞬65535連撃が可能になるはずだ。オレでもまだその領域には至っていない。もしオクトがオレよりもこのスキルを使いこなせていたとすれば、勝ち目はない。

「いや! ちがう!!」

 こいつが一つのスキルにそこまで真摯に向き合っているとは思えない。自分の勝機を潰すような仮定は無意味だ!!

「なぁにが違うってえ!?」

 オクトの刃が高速で揺らめいた。その圧で空気が震え、切っ先からの放電で空間がスパークする。超スピードの斬撃が空を切り裂き地面をえぐり取る。そのたびに雷電の爆発音が耳を切り裂く。
 けど、オレはその攻撃全てを避けることが出来た。正確には地面を「攻撃」し続けることが出来た。やれる。速度に関してはオレが上だ。オレの方がこのスキルを使えている。自身を持て! これまでやってきたことを!! 思い返せ! オレがこのスキルで何をしてきたかを!!

「このスキルは、連続攻撃じゃなくて連続回避なのかぁっ!?」

 オクトがさらにギアを上げる。

「ゲン、こんな良いスキル持っておきながらっ! 何してたんだずっと!?」

 焦るな。正確に……正確に「攻撃」し続けろ。一発でもアレに当たったらお終いだ。けど、オレはヤツより速い。

「ハハハッ!!動きが鈍ってるぞ!? 動作が遅れてないか? 虚弱野郎が!! そんな体力で勇者に勝てるわけ無いだろ!!」

 オクトの言う通り、身体の動きが思考に追いつかなくなって来た。呼吸が出来ない。手足が重い。全身が悲鳴をあげる。これほど過酷にスキルを連続使用したことはない。いい加減限界だ……けど

「なっ!?」

 オクトの動きがピタリと止まった。何かを感じ取ったのか、慌てて周囲を見回す。

「教えてやるよオクト……、このスキルで何をしていたかって?」

 オクトの剣の帯電が消失した、そして地面から何か重々しいものがせり上がってくる。

「これは? 何をしたっ?」

 ”何か"は、あるものを目掛けて集中していた。オクトの剣に、肩マントの飾りに、鎧に……コイツの身体中に付けられている、8つの聖石に。

「攻撃していたよ。し続けていた……。魔物でも人間でもなく、紙を相手に。剣ではなくペンを握って。こんな風にな……!」

 たった今戦場としていた空間に、文字が浮き上がる。魔法陣。ギョンボーレの図書館に収められていた、魔術の秘伝書の一つ。翻訳作業中に書庫で発見した複雑な術式。

「や……やめ……」
「まがい物のスキルを使うまがい物の勇者。……まがい物の力でお前を倒す!!」

 無数の光の爆発がオクトの全身を襲った。それも何度も何度も。爆発は身体中に身に着けた聖石ひとつひとつから発生していた。ひとつの爆発が、次の爆発を誘発するかのように、それは執拗にオクトに襲いかかった。
「ぐあああああああッッ!!!?」

 せり上がってきた"何か"は、マナそのものだ。それも、体感で異変を感じる程の高濃度のマナだ。
 オクトの連撃を避けながら、オレは剣の切っ先で地面に文字をと文様を刻み続けていた。リョウに投影してもらった秘伝書のとおりに、正確に。
 それは古の聖石研究者が残した、擬似的に聖石の動きを再現する魔法陣だった。周辺の土地に宿るマナを凝縮し、触媒を通して解放する。今、この魔法陣によって、ヘンタルの丘全域のマナを、オクトの聖石兵器(クリスタルウェポン)にぶつけたのだ。八つの聖石は触媒となって膨大な力をオクトの生身にぶつけている。
 研究者たちは、聖石の解明のための理論モデルとしてこの魔法陣を編み出したのだろう。非常に複雑なわりに使いみちの無い術式のため、普及はしなかった。しかし、今この場にあっては、最強の攻撃魔法として機能していた。