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 翌日、オレたちはヘンタルの丘にいた。山頂にテントを張り、そこを賢者たちの本営とする。そして全軍を三段に分けて斜面に配置した。一番下の第一軍には前線指揮官のシホもいる。

「だからダメだっつーの! 女の子にしつこくする奴はマジ無いから!」
「しかし、みんな不安なんです」
「わかってるよ。でもダメなものはダメ!!」

 テントの外で部隊長の一人が、軍師シランに迫り拒絶されていた。

「あーまったく!」
「はは、お疲れ様です」

 アツシは幕内に戻ってきたシランに水を手渡す。彼女はそれを一気に飲み干した。

「マジしんどいわ。思いつめた顔してる人の頼み断るの……」
「シランさん、案外ヒトがいいですから」
「ちょっとアツシ、"案外"は余計」

 部隊長はギョンボーレの図書館にある兵法書や魔導書を、リョウに投影してほしいと懇願してきた。これまで4、50人の傭兵部隊しか率いてこなかった彼に任された兵数は500。しかも魔術師のみで編成された術士隊だ。それまでと戦い方が根本的に違う。それで不安になってしまったらしい。少人数でやっていくしかないオレたちの軍では、その人に余りある立場を与えねばならないケースがあちこちで発生していた。

「オクトだったら、もっと気軽に投影を繰り返してたかもな」
「それで、部隊長の心をがっしりとつかみ、自分の取り巻きにする。そんな所か」

 オベロン王に当たれられた賢者(アスカンタ)という称号。その権限は大きく、世界各地の図書館、魔導院、法務院等、そして行政府など、智にまつわる機関への干渉と、それらが保有する資料の無制限の利用が可能となる。そして大賢者(ペルタスカンタ)には、もう一つの特権が与えられている。
 すなわちギョンボーレの王の代行者として、賢者を自由に任命できる賢者叙任権だ。本来オベロン王にしか許されぬ叙任権を一任される意味は大きく、重たい。もしこの権限を持つものが暴走すれば、賢者の権威は地に落ちる。

 大賢者がその気になれば、叙任をちらつかせて人を意のまま操ることができる。逆に大賢者に媚びへつらい、叙任を求める者も出てくるだろう。加えてリョウは〈叡智投影〉のスキルを持つ。賢者の”名”だけでなく”実”も売買できる立場なのだ。下手すれば勇者王朝よりも下衆な一大勢力が生まれる可能性すらある。
 そうならないためにも、オレたちは賢者の称号を持つ者をこれ以上増やさず、またリョウのスキルで投影する知識量は最低限のものに限った。これは絶対のルールであり、全面的に信用しているシホにすら異世界語辞典を丸ごと投影するようなことはしていない。
 今回のような、兵法書や魔導書の投影を求める声にも、慎重になっていた。

「彼には恨まれるかもしれないけど、それでも私自身が醜悪な怪物になるよりは全然マシよ」

 ため息交じりにリョウが言う。その時、またテントの外が騒がしくなり始めた。さっきの部隊長、まだゴネるつもりなのか?

「ちょっと、まだ諦めてないの!?」

 苛立ち声でシランがテントを開けると、伝令が飛び込んできた。それも一人や二人ではなかった。

「敵本軍到着、その数6万! 当初の情報の2倍です!!」
「別働隊です! いつの間にか丘の背後に見知らぬ軍勢3万が迫っています!!」
「内応者です!! それにしか考えられません!」

 内応者……。オレたちはオクトに対抗できるだけの戦力を得るため、ほぼ無制限に近い形で将兵を募った。スパイが潜り込む余地はいくらでもあっただろう。

「兵力や布陣だけではなく、シャリポ殿の離反や、対聖石兵器の情報も筒抜けになっているかもしれません!!!」

 かもしれない、ではなく間違いなく筒抜けになっている。特にシャリポたちの離反。アレで賢者の采配に不安を覚え、オクト側になびいたものは必ずいる。
 オクトが6倍の兵力を投入してきたのがその証左だ。オレたちの正確な兵力と、聖石兵器を使えない事も、奴が全部把握しているからだ。そう、全部だ。全部……

「ふふふ……ははははっっ!!」

 リョウが高らかに笑い声を上げた。それにつられるように他の賢者たちも笑い始める。

 全部、オレたち目論見通りだ!!

「よっし!」
「やりましたね!」
「ゲンゲン、これはもう決まったようなもんだよ!!」
「ああ。この戦い、もらった!」