*  *  *

「先ほどはごめんなさい。リョウの言ってることがわからなくて、侍女に教えてもらっていたの」

 ハンシイ姫は宮廷言葉を使わなかった。服装も礼服から普段着に着替えて、くつろいだ様子だ。

「えっと……リョウは、わたしを王にさせたくないから、自分だけでオクトと戦うつもりなの?」
「左様でございます、王女殿下」
「その呼び方は、きゅうくつで嫌い。姫って呼んで。シホもそうしてる」

 オレの隣りにいるシホが軽く頭を下げる。私室では謁見の間のような儀礼は必要ないらしい。国に君臨する王の一族、ではなく私人として話すために、姫はこの部屋に呼んだということか。

「では姫様。その通りです。オクト退治は私たちがやります。姫様は、今はまだよく遊び、よく学んで下さい」

 リョウも口調を崩して応対した。

「うん、わかった。ありがとう!」

 宮廷言葉を話さないハンシイ姫は、どこかあどけなく、舌っ足らずで、村の子供達や元の世界の小学生とかわらない年相応の少女だった。

「……けど、侍女から聞いたの。わたしの名前でなければ、兵を集められないのでしょう?」
「それでしたら」

 今度はオレが口を開く。謁見時に会話できるのはリョウ1名のみと言われていたけど、この場ならそれを守る必要もないだろう。

「なにか、お父上に贈られたものはありませんか? お父上の形見をお貸しくだされば、オレたちが姫様の代理であることを証明できるかと」
「それなら待ってて!」

 姫はくるりと後ろを向き、木彫りのトルソーにかけられた礼服に、トトトっとかけよった。そしていそいそと礼服から何かを取り外している。本当にごく普通の9歳の女の子だ。確かにこんな子を戦争の責任者にしてはいけない。

「これはどう? 今年の誕生日に父上からもらったメダル。謁見ではこれをつけるように言われているの」

 礼服に付けられていたメダルだった。中央には王宮の国章が刻印され、周りに花びらのような布飾りがあしらわれている。

「シホさん、これは?」
「王子様や姫様が、公式の場で身につけるメダルです。『ミトレム』と呼ばれています」
「ミトレム……オベロン王の歴史書にも出てきたな。王権の象徴だって」

 まさしく今の俺達が必要としているものだった。オレは姫様からその直径7~8センチほどの丸い金属板を受け取った。ずしりとした重みが手に伝わってくる。

「リョウ、ゲン、よろしく頼みます」