*  *  *

「へぇ~! じゃあ本当に言葉が変換されずに聞こえるんだ?」

 魔王の眷属が棲む古城を目指し、山道を進む道中。オレたちはさっきの老人とのやりとりの話をしていた。
 オクトはオレの体験に興味があるようだ。その幼さの残る顔には好奇心が満ちていた。一見中学生くらいに見えるけど、実はオレと同じ18らしい。

「皆にはアレが日本語に聞こえてるってこと?」
「聞こえるっていうか、脳内に直接流れ込んでくる感じかな」
「へぇ……」
「ねえねえ! 異世界語ってどんなふうに聞こえるの?」

 ジュリアちゃんが尋ねてくる。オレに向けられる上目づかいの視線。

「どうって……聞き取れたのはママン? だとかタヌー? だとか……?」
「なにそれウケる! たぬきのお母さん?」

 彼女は歯を見せて笑う。仕草がいちいちかわいい。きっと元の世界でもモテたんだろう。クラス内のカーストの中間より少し下くらいで、ひっそりと息を潜めていたオレにとっては、こんな子と仲良くなるなんて夢物語だった。それが今や、同じパーティーの仲間として笑い合えるんだから、異世界万歳だ!

「まぁ、僕たちも全くわかんないワケじゃないけどね、この世界の言葉」

 オクトが言った。

「例えば彼らの言葉は、数え方がモノで変わらないんだよ」
「は? どういうこと?」
「例えば、このパーティーは今4人いるよね? で、このパーティーには3本の剣がある。オレが持つ大剣と、オクトの長剣、それにさっき村でゲンに買ったダガーだ」
「う、うん?」

 オレの装備はオクトに買ってもらったものだ。革製の胴当てと兜、そして一本のダガー。最低限の武装だけど、これだけあれば十分戦いに参加できるらしい。

「けど彼らにとって、人が"4つ"で剣が"3つ"なんだよ。"人"や"本"みたいな数え方がないんだ」

 助数詞がない、ということか? 確かに日本語はモノによって数え方が変わる。元の世界でも英語には無い、日本語ならではの変則ルールだ。

「おかげで、道具屋で大変だったよな」

 道を阻む倒木や岩を取り除きながら先頭を進んでいたアグリが、思い出したように言う。

「そうそう! 俺が聖水8本と薬草3個注文したのに、店に人が間違っちゃって。聖水3本と薬草8個出てきてね……」
「それでオクトが、違う違う8本と3個だーって言うんだけど、店の人キョトンとしてんの!」
「アレはオクトが悪いよぉ」

 3人はクスクスと笑い出す。冒険の中で生み出された、このパーティーにとっての鉄板ネタらしい。
 言葉が変われば、そういう細かい違いも出てくるんだろう。でも基本的に日本語で会話が出来るのなら、その程度の違いは大した問題じゃない。

「お、アレじゃねえのか?」

 アグリが大剣で草木を薙ぎ払うと、一気に視界がひらけた。山道はそこから谷へ進み、更にその先の高台に、石造りの城が建っている。

「魔王の眷属が数百年棲み続けているという魔城ね」
「ゲン、心の準備はいいか?」
「ああ。問題ない……!」

 いよいよ初戦闘だ。女神がくれたSSRスキル〈n回連続攻撃〉の威力を試してやる!