*  *  *

「勇者王様……何故ここに?」
「アンタらが情けない戦いしてるからでしょ? そんくらい頭動かせよな」

 ジュリアはそう言いながら指をパチンと弾いた。

「え……えっ? うわぁっ!?」

 セイヤの着ているローブに青白い炎が着火し、またたく間に体全体を包み込む。

「うわっ!?うわあっ!?」
「知ってると思うけど、アタシのはお前のちゃちい炎とは違うから。アタシの意思以外で消せねーから。早く謝ったほうがいーよ?」
「す……すびばせンッッ!! フガ……不甲斐な……うがあああ!?」

 セイヤは青い火だるまとなって、斜面を転がり落ちていった。

「オクト、しつけは済ませておくから。そっちはヨロシク~」

 そう言うと、ジュリアは火だるまが転がり落ちていった方に歩いていった。

「自分の部下だろ? あそこまでやる必要ないだろ」

 つい数分前まで戦ってた相手に、妙な同情が生まれた。が、オクトはそんな事を意にも介さず答える。

「うん、僕の部下だ。だからこそしっかり教育してあげないと」
「すっかり暴君だな。それが魔王を倒し、民衆を導く勇者様の姿か?」
「わかってないなぁ。こうでもしなきゃこの世界を統治する事なんて出来ない」
「統治? 世界中の町や村を滅ぼして何を言……」
「そんなことよりキミ、その言葉なに?」

 オクトの声は苛立っていた。

「なんでキミの言葉、耳からじゃなくて頭に直接流れてくるの? まさかとは思うけど、この世界の言葉話してたりする?」
「ああ」
「……チッ」

 舌打ち。

「呆れて何も言えないよ。〈自動翻訳〉も持ってない無能なのは知ってたけど、だからってわざわざ言葉覚える? 無能も一周回ると天才だ」

 横に立つシャリポが、堪えられずに一歩前に踏み出した。

「痴れ者が!! この方は、この世界の叡智を司りし大賢者(ペルタスカンタ)なるぞ!! ただの転生者(ダンマルダー)ごときが愚弄できる方ではない!!」

 オクトが侮蔑の目をギョンボーレ随一の戦士へ向ける。

「そういうのいいから。だからエルフ族は嫌いなんだ」

 〈自動翻訳〉はギョンボーレのことをエルフと訳しているらしい。確かにオレたちの第一印象もそうだった。けど彼らを正しい言葉で呼ばない所に、転生者たちの傲慢が見て取れる。

「大賢者ね。そういえば先代王に仕えるエルフの学者が言ってたな。歴史上数名しかいない、転生者の最高位……だっけ? それをキミが名乗ってると。なら大したことない称号なんだね」
「貴様!!」
「あの学者、転生者にとって大切な事とかいって歴史の授業受けさせられたけど、それがまぁウザくてさ。物語としてはまぁまぁ面白かったけど、やれ見習えとか、やれ正しい心構えはとか。事故に見せかけて、ジュリアが塔から突き落としちゃったけど」
「なっ!? ……まさか、フェルマテス殿も貴様らが殺したのか!?」
「そーだよ?」

 フェルマテスは王宮に仕えるギョンボーレの神官だ。英雄宰相ツァツァウを召喚したその人らしい。オレたちもフェントから名前しか聞いていないけど、いつか話してみたいと思っていた。

「死ねえええっ!!」

 激昂したシャリポはオクトに突っ込んでいった。剣を抜き放ち、炎熱呪文をかけ、巨大な炎の刀身を作り上げて斬りかかる。

「嫌に決まってるでしょ」

 オクトは、右肩の肩章が垂れ下がった肩マントを翻す。厚手の布でしか無いはずのそれが、頑強な盾のように炎の剣の一撃を受け止め、さらに刀身を包み込んで炎を消してしまった。
 あれは聖石か!? 精緻な黄金細工があしらわれてる肩章の中央には聖石を加工した石がはめられている。いや肩章だけじゃない。首飾りに胸当て、篭手にすね当て、剣の鞘、至る所に同じ石が付いている。全身聖石兵器だ。

「ぐはあっ!?」

 シャリポの剣を無効化したオクトは、すね当ての聖石を輝かせながら、シャリポの腹に蹴りを加えた。サッカーボールのように、シャリポの身体が放物線を描いて丘の向こうへ飛んでいく。

「オクトォッッ!!」

 オレは〈連続攻撃〉スキルを発動させる。聖石だ。身体中の聖石を破壊すれば、コイツの力は激減するはず。聖石は8箇所……同時8連撃。簡単だ、辞書を作るよりも遥かに……

「ほい、ほい、ほい、ほい、ほい、ほい、ほい、ほい」

 ……嘘だろ? 8連撃が全て奴の攻撃に押し切られた。即座に理解する。これは〈連続攻撃〉だ。オクトも同じスキルを、オレにぶつけてきたのだ。
 辞書に文字を書くときにしか使ってこなかったオレのとは違い、オクトの攻撃は一撃一撃が重い。8撃目を弾き返される頃には、オレの身体はボロボロになり、地面に突っ伏してしまった。

「なんでそのスキルを……?」
「あの古城で、軽率にスキルを見せたのが仇になったね」

 オクトはオレを見下ろす。

「僕のスキルは〈スキルトレース〉だ。この目で見たスキルを、完璧に再現することが出来る」

 オクトが、地面に突っ伏したオレの腹を蹴る。ズシンと鈍痛が走り、全身に響き渡る。

「ぐふっ!?」

 開戦前に腹に入れた、サンドイッチ(パクランチョ)が食道を逆流する。

「無様な! もんだね! これが! 大賢者様とやらの! 勇姿!?」

 続けて何度も蹴りを加えてくる。オレは何もできず、その場にうずくまる。

「せっかくSSRスキルを持っておきながら、この体たらく。本当、無駄だね」

 オクトはオレを見下ろして言う。無駄、だと?

「ふざけるなよ」

 オレはふらつきながらも身体を持ち上げる。

「オレがこのスキルにどれだけ助けられたかも知らずに……。このスキルのおかげでかけがえの無い力を得たことも知らずに……」

 上体を起こし、脚で支えようとする。駄目だ。脚が震えて身体を固定できない。

「かけがえの無い力? 何のこと?」

 オクトは大袈裟な身振りで肩をすくめる。

「ただの蹴りで立つこともできない。それはねゲン、キミがこの世界に来てからロクな経験を積んでこなかったってことだ」

 今度はしゃがんでオレの顔を覗き込んできた。

「いい? この世界はゲームに似ているけどゲームじゃない。メタルモンスター倒して経験値ガッポリ、とかないんだよ? ちゃんと己を鍛えて実戦を経験しないと強くならないの。わかる?」

 諭すようなオクトの口調。オレがこの世界で出会ってきた全ての人、全ての知識に対する侮辱だ。許さない。こいつだけは……。

「僕は研鑽を積んできた。剣を振り続け、モンスターの大軍を倒した」

 黙れ

「仲間たちと研究を積み重ね、世界を統べるための兵器を生み出した」

 黙れ

「そして王として、世界の変革を始めた」

 黙れ

「この世界は脆弱だ。魔王との戦いの歴史で文明で停滞している。それを変えるんだ!」

 黙れ! その口を閉じろ……!!

「キミはこの村で言葉を少しかじって、いい気になってるようだけど、無駄な努力なんだよ?」

 オクトは空を仰ぐ。

「僕は全世界に学校を作る。魔族に脅かされる弱い文明を脱却するために! 転生者には、生前教師や学者だった者もいる。彼らがこの世界を教育する」

 は……?

「まずは日本語。僕たちと同じ言葉を与える。それだけでもこの世界の文明レベルは上がるはずだ」

 言葉は世界そのものだ。この世界の文化で、生活で、何より誇りだ。他者が上から目線で奪っていいものではない。

「言葉の教化が終わったら、科学を進める。この世界には聖石というエネルギー源もある。活用すれば、電気のような文明の原動力になる」

 駄目だ。こいつを止めなければ……頼む、オレの身体、動いてくれ!!

「まぁ、キミがそれを見る事はないけど。ここで死ぬし」

 オクトは剣を叩く掲げた。振り下ろされれば、第二の死。

「オクト〜、ちょっとヤバげなんだけど?」

 その時、別の声が横から聞こえてきた。ジュリアだ。フリルとレースに彩られたローブをはためかせて、ジュリアがこっちに歩いてきた。その後ろには全身をすすで真っ黒にしたセイヤが続く。

「なんかアグリの部隊で仲間割れ起きてるっぽい」
「え?」

 オクトは剣を下ろした。

「兵士の中にスパイがいたのよ。そいつが大賢者の名前を叫んだら、裏切るヤツ続出!」

 リョウたちだ。討伐軍が混乱した所で、大賢者の名を出して離反を促す作戦だった。

「なるほど。実態がコレでも、名前には意味があるのか……よし、大賢者ゲンよ。勇者王が汝に使命を与えよう!」

 少し考えたあと、大袈裟な口調でオクトが言った。

「僕も変革についていけない造反者がでるのは想定していた。そいつらはひとつひとつ個別に潰すしかないと思ってたんだ」

 個別撃破……その第一弾が、オレたちだったわけか。

「でも大賢者という肩書に箔があるなら話は早い。ゲンはそいつらをまとめてよ。それを一気に叩くのが一番簡単そうだ」
「あはっ!ナイスアイデアじゃんそれ!」
「キミだって、僕を倒したいんでしょ? これはWIN-WINだよ?」
「ふふっ、ゲン連合軍とかウケる」
「そういう訳だから、今回は生かしといてあげる。じゃあね」
「バイバ〜イ! ほらっアンタも早くこっち来な!」
「はっはいい〜」

 セイヤがオクトとジュリアの方へに走り寄る。ジュリアが人差し指で空中に円を描くと、空中に魔法陣が出現し3人を飲み込むようにして消えた。出現した時と同じだ。クルシュのような空間跳躍の力を持つスキルか魔法だろう。

「オクト……」

 オレは全身力が抜け、また地面に突っ伏した。
 遠くからクルシュの羽ばたく音、それにオレを呼ぶ声が聞こえてくる。あの声はアツシだ。よかった……早く