*  *  *

 敵は100人弱。神出鬼没のクルシュを駆るギョンボーレの戦士たちならば、簡単に殲滅できる数だ。
 けど、殺すだけが戦いじゃない。すでに放った海魔が敵兵たちを襲ったとはいえ、できる限り流血は避けたい。暴力ではなく智をもって民衆を導く賢者。この先に待つオクトとの対決のためにも、そういう正当性は必要だ。

「敵軍の前方に出ます」

 オレを後ろに乗せたシャリポがクルシュの手綱を引く。

「ああ、しっかりと姿を見せてやれ」
承知(タヌー)!」

 クルシュの周りを包む霧が晴れていく。オレたちは小高い丘の上に降り立った。初めてオレがこの世界に転生したときに登ったあの丘だ。
 緩やかな斜面を通る街道。後ろを見れば、村の屋根や聖石堂の尖塔が見える。最初に村を見つけた時の胸の高鳴りは忘れられない。その時思い描いた大冒険は、言葉という思わぬ敵に阻まれて、だいぶ違う形となったけど……。
 そして前方を見ると100人の兵士たちが街道をこちらに向かって進んでくるのが見えた。向こうも、突然現れたオレたちに気が付いたようだ。

「お前たちが反逆者か? 我が名はセイヤ! 勇者王に選ばれし聖石騎士団が一人にして炎熱系魔法のエキスパート、灼炎のセイヤなり!!」

 ぶっと、シャリポが吹き出す。炎熱系の魔法を得意とするこの戦士の二つ名は「灼炎のシャリポ」だ。知ってか知らずか、同じ二つ名を名乗っているようだ。

「大賢者、私にやらせてくれませんか?」

 二つ名にそれなりの矜持があるのか、シャリポは苦笑しながらも、こめかみにヒクヒクと血管を浮き上がらせていた。ふだん涼やかな美男子であるだけに、ゾクリとする形相だ。

「わかった、任せる」

 オレは()()をシャリポに手渡した。

「聖石騎士団の前に立つ者の運命は一つ!!」

 セイヤは先端に巨大な石が付いた杖を振りかざした。聖石兵器だ。

「反逆者ども、くらえい!!」

 瞬間的に、周囲の気温が上昇するのを感じた。セイヤの持つ杖の石から真っ赤な火柱が立ち上がる。

「ふん! 聖石使ってなおその程度か!?」

 シャリポはオレから受け取ったそれを、天高くかざした。セイヤの杖の先端とよく似た石のオブジェ。それが光ったかと思うと、セイヤの何倍も強い炎を生み出す。それはセイヤの火柱を巻き込むように広がり、やがて焼失した。

 シャリポが手にした石は、イーズルが殺した使者が持っていた聖石兵器だった。ハルマがこの兵器を調べ上げ、原理と使い方を解明した。

 聖石は、本来周囲の環境を安定させるシステムだ。土地やそこに住む生物は『マナ』という一種の生命エネルギーのようなものを持っている。(余談だけど、元の世界の南太平洋の島々にも魔力的なエネルギーを指す『マナ』という言葉があり、ファンタジー作品にも登場している。これが『ウケル』のような偶然の一致なのか、『オベロン王』のように共通の語源を持つ言葉なのかは、研究途中だ)
 マナは自然界では非常にアンバランスで、強い地域と弱い地域がある。強い地域がティガリスの領域、弱い地域がウィーの領域とされている。マナは強すぎても弱すぎても災いとなる。周辺のマナをコントロールし、均質な状態にするのが聖石の役割だ。

 聖石兵器はこの特性を応用し、周囲のマナを吸収・増幅させて破壊エネルギーに変換する。そして、炎のマナのコントロールに関しては、シャリポの方が手練れだったようだ。

「フン、こんなものか?」

 シャリポは事も無げに吐き捨てる。

「そ、それは聖石兵器!? 王に選ばれしものにしか使うことを許されぬ神聖な武器を、なぜ貴様らのような下賤な輩が!?」

 まだ新王朝が誕生して大して時間もたっていないのに、もうそんな特権意識が生まれてるのか……処置ないな。

「こんな聖石兵器(おもちゃ)必要ないな。私が本物の、炎熱魔法をお見せしよう」

 杖を投げ捨てると、シャリポは手のひらに赤い光を灯した。

『あーあ、セイヤさあ。やっぱキミには荷が重かったようだね』

 空に声が響き渡った。その場にいる誰のものでもない。

「ひっ!?」

 セイヤがおびえる。この声、忘れようがない。

「ったく、アグリもなんてザマだよ。結局、いつも僕が出るしかないんだよね」

 空間がゆがみ、オレたちとセイヤの間に男女の姿が現れた。衣装は華美なものになっているが、知った顔だ。大魔導士とやらになったジュリアと……

「オクト……」
「久しぶりだね、ゲン」

 勇者王とやらを自称しているオクトだ。