*  *  *

『うわあああっっ!?』

 円筒管の向こうからアグリの兵士たちの叫び声が聞こえてきた。

「始まりました。沼に放った海魔たちが暴れています!」

 海魔。北の大陸と西の大陸に挟まれたグラーザオ海域に生息する海の魔物だ。サメの頭にタコの触手を持つという、アメリカのZ級映画に出てきそうな外見をしている。人間を見ると見境なく襲うという習性を持ち、船乗りたちから恐れられていた。
 5日前、マコトはその海域に向かった。〈敵意制御〉を巧み使って海魔を操り、四次元革袋で生け捕りにしたのだ。そして今は、討伐軍の軍旗にこの怪物の敵意を集中させて、1500の軍勢を翻弄している。セイヤ率いる分隊の船はあっという間に破壊され、今は泥の中の一本道で立ち往生している本体に触手を伸ばしていた。

 この海魔から身を守るために、船乗りは天鈴草(てんりんそう)という高山植物の香油をお守りとして持っている。この花の匂いを海魔は嫌う。けど今、討伐軍の中でそんなものを持っているのはリョウだけだ。

『何をしている、早く前進しろ!!』

 アグリは叫ぶが、無駄だ。本体が進むその泥の中にはもう一つの罠が仕掛けられている。

『アキラ兄さんが仕掛けた罠も発動しました。これで奴らは動くこともできません!』

 本体の先頭は突如伸び始めた巨大なツタにその道を阻まれていた。これはアキラ兄さんの〈植物魔法〉だ。泥の中に根を伸ばす植物に異常なスピードとスケールの生長を促す。本来の何十倍ものサイズに、何百倍もの速度で肥大化した根は、泥の中に巨大な壁を作り、本隊の行軍をストップさせた。
 アキラ兄さんの魔法が作用するのはあくまで「生長」であり、開花を早めたり果実を大きくすることはできない。だから農耕への利用は難しい。これまでは家代わりの巨木を生やしたり農機具の材料を用意するだけだった。それが今、無敵の壁として機能している。

「やるじゃんかシラン、お前の立てた作成しっかりハマってるみたいだぞ」
「へへっ、でしょー?」

 横に立って、一緒にハルマからの報告を聞いている軍師は照れ臭そうに笑った。と、その時

 ズ……ズズン……!

 地響きが村を襲った。司令部代わりにしているキンダーの家が大きく揺れる。

「地震?」
「うそでしょ? この村で地震なんて、生まれてから一度もなかったわよ?」

 村人が総出で用意してくれたサンドイッチ(パクランチョ)を差し入れしに来たアニーラが言った。

「ゲンさん!」

 アツシが家に入ってきた。

「今の揺れで、聖石堂の石壁が崩れました!」
「ケガ人はいるか? それと聖石は?」
「一人、落ちてきたブロックに腕をぶつけて軽傷を。堂自体は持ちこたえてますし、聖石も無事です。ただ、皆混乱しています」
「わかった。アツシ、そのけが人の治療して、みんなを落ち着かせてくれ!」
「はい!」

 円筒管から連絡が入る。

『ゲンさん、そちらは無事ですか?』
「ハルマ、何があった?」
『アグリです。アグリが聖石兵器(クリスタルウェポン)を使用しました。今の地震はその余波です!』

 来た。正直、軍勢よりもこっちが怖い。魔王を倒した一騎当千の力を持つ聖石の武器。湿地帯は、この村から歩いて半日はかかる距離だ。そこで使用した聖石兵器の余波がこの村まで到達している。それだけでもその威力の凄まじさがわかる。

『沼に放した海魔はすべて消滅しました。その影響で湿地帯全域に津波が発生してます。討伐軍にも被害が……』
「あの野郎、自軍を巻き添えにしたのか?」
『船から放り出されていた分隊は、ほぼ全滅です。先に対岸に渡った100人弱がそっちに行くようです』
「100人だけでか?」
『はい、それが……』

 ハルマの報告が怒号でかき消される。

『セイヤぁ!! これであの村の造反は決定した!構わねえ! お前の聖石で村を焼き払えぇっ!!』

 湖の対岸にいる部下に命令するためか、ただでさえ大きいアグリの声が爆音となっていた。

『……だそうです』
「わかった」

 最初に到達するのは100人。少数だが、最初から聖石兵器を使用するつもりで来る。
 いや、大丈夫だ。オレたちは勝っている。本来なら軍勢2千と3つの聖石兵器と戦うはずだったんだ。戦いはオレたちが優勢で動いている。

「シャリポを呼んでくれ。ギョンボーレ隊の出番だ!!」