*  *  *

「この村は港が近い。新王朝の使者はすぐにやって来ました」
「すぐに? 南の嵐はどうなったんです?」

 あの日オクトが奪った聖石の影響で、村の南には暴風雨が停滞し続け、港へ続く街道は寸断されていたはずだ。

「使者がやってくると、ぴたりと止みました。恐らく聖石兵器の力でしょう」
「それで、使者はなんと?」
「聖石を"提供”したことに対する謝礼が渡されました。それがコレです」

 村長はテーブルの上にごとりとそれを置いた。

「うげ……」

 趣味が悪いにもほどがある。黄金の勇者像。剣を掲げた勇者が民衆を導く姿の彫像だ。勇者の顔はもちろんオクトのものだ。

「そして我々にふたつの事を求めました。ひとつは、新王朝への服従。そしてもうひとつが……」

 村長はオレとリョウに交互に顔を向けた。こちらの眼を見据える、まっすぐな視線で。

「新たな聖石を持ってきた者。つまり貴方がたの身柄の拘束です!」
「…………」

 オレ達は全員、少しも動揺しなかった。その様子に、むしろ村人たちがとまどった。

「我々を疑わないのですか?」
「ええ」

 リョウは事もなげに答える。

「既にこの村はオクトに服従しているのかもしれないのですぞ? この席の酒に、薬が盛られていないと、何故言い切れるのですか?」

 村長の緊張した声色に、思わずオレは苦笑した。

「だとすれば半年前のオレ達に、見る目がなかっただけですね」
「少なくとも……我々にはあなたを差し出す理由がある」

 聖石堂に聖石が安置されるまで、この村はいつ滅んでもおかしくない状況だった。少しでも生きながらえるためには、新たな支配者には媚びを売った方がいい。誰でも考えつく打算だ。
 それに、売るのは長年苦楽を共にした同胞でもなんでもない。半年前にふらりと現れ、3ヶ月だけ言葉を教えた得体の知れない転生者だ。しかもそのうちの一人は、村が滅びかけている原因を作った張本人でもある。

「あの3ヶ月が、俺たちにとってかけがえのないものだったから、でしょうか。あなた達に言葉の基礎を教えられていなければ、賢者の称号を授かる事も、この世界の理を知る事もなかった。あなた方は俺たちの恩師なのです」

 そう語りかけると、またも村長の目から涙がこぼれ落ちた。

「正直なところ……意見は割れたのです。あなた方を信じて待つべきか、新たな王に救いを求めるべきか。使者が訪れてから、何度も何度も議論を交わしました。アマネさんを一時的に監禁するような事もしました」

 だがアマネは俺たちの帰還を村の入り口で迎えた。彼女は2人の門番とともに、遠くから来るだろう何かを見張っていた。オレたちが村を去るときにはなかった物見櫓まで建てて。それが彼らの答えだ。

「けど、あなた方は私たちと語り合ってくれた! たとえ拙くとも、私たちの言葉を使って語り合ってくれた!! 使者は例の如く、不可思議な力で自分の言いたいことを私たちの頭に流し込むだけでした。それでどうして彼らを信じられます?」

 よかった、とオレは思った。……あの日、言葉を学ぼう、そう決意して本当によかった。
 村長は、テーブルに置かれた悪趣味な黄金像を掴み、持ち上げた。

「こんなもんが何になりやしない! 黄金は確かに貴重だ。けど、これひとつで村人の命が、財産が、村の伝統が救えますか? それらを守れるような価値はない!!」
「価値はないどころか!」

 キンダーが立ち上がり叫ぶ。

「これは罠だ! 村を守る金を得るためにこの像を売れば、それが村を滅ぼす口実となる。そういう事を平気でやるのが、勇者様とやらの正体だ」

 そうだ!その通りだ!! 村人が次々に立ち上がる。

「…………」

 意外だったのがイーズルだ。お調子者のイーズルと堅物のキンダー、こういう時に真っ先に声を上げるのはむしろイーズルな気がしていた。けど、彼は押し黙っている。

「こんなガラクタで人を支配したつもりになっているような王、我々は必要としない!!」

 村長は勢いよく床に像を叩きつけた。ゴトンと鈍い音がし、勇者オクトが掲げる剣や翻るマント、その他華美な装飾が醜くねじ曲がった。

「だから、気に病むことはないぞイーズル。これは俺たち全員で決めたことだ」

 キンダーは相棒をいたわるように声をかける。

「けど……俺は……俺は!!」
「イーズルが、どうかしたのですか?」

 状況がわからない。オレは村長に聞いた。

「殺したんです。我々の知らないうちに、イーズルが新王朝の使者を殺しました。」

 なんて事だ。オレたちが戻るよりも先に、この村は、イーズルはオクトに反旗を翻していたのか……。

「イーズルは悪くない!」

 声を上げたのは意外な人物だった。キンダーの甥、センディだ。

「センディ家にいなさい!」

 キンダーが少年を叱りつける。すでに深夜だけど、センディは集会所に潜んでいた。子供なりに、何か察するものがあったんだろう。

「あのクソヤロウから母ちゃんを守ったんだ! それで、それでイーズルは……!!」

 母ちゃん? キンダーの妹、アニーラか。

「どういうこと、イー……ううん、キンダー?」

 リョウは尋ねる相手を途中で変えた。ちゃんとした話を聞くなら当事者じゃない方がいい。

「村長は二つの要求と言ったが……奴は、個人的なもう一つの要求をしていた。俺たちの家で」

 そういうことか。未亡人とはいえ、アニーラは村一番の美人だ。野良仕事で顔中をホコリまみれにしていても、整った顔立ちがわかる。オレたちの世界に生まれていたら女優になっていてもおかしくない。そんな彼女の姿を見て、新たな支配者の手先が何を考えたか? 容易に想像がついた。

「俺とアニーラの前で、懐の聖石兵器をちらつかせて言いやがったよ。気分次第では、これで村を焼き尽くすってな」

 キンダーは忌々しげに言う。

「それを軒先にいたイーズルが聞いていた。逆上したコイツは背中から心臓を一突きした。聖石を使わせる暇なんて与えなかった。大した槍さばきだった」
「頭ん中が、真っ白になって……よく覚えてないんだ。どちらにしても取り返しのないことをしちまった」

 イーズルは頭を抱えてうなだれた。その顔は見えなかったが、大粒の涙が灯りに反射した。イーズルは、アニーラにベタ惚れだった。彼女が、使者の下衆な欲望の餌食にされようとしている様を見て、平静でいられるはずがない。

「イーズル、あそこでお前がやってなければオレが使者を殺していた。お前ならわかるだろう、俺の性格が」
「けど……けど!!」

 使者が帰ってこなければオクトは不審に思うだろう。奴はこの村に新しい聖石を持ってきた者の拘束を要求している。つまり、確実にオレを警戒している。
 この村に送った使者が戻らなければ、絶対にオレの仕業だと考えるはずだ。

「ゲン、王宮へ行く前にやることがあるね」
「そうだな、リョウ。それとシャリポ!」

 背後に立つ、オレたちの護衛隊長に声をかけた。シャリポは立ち上がる。

「承知しております。すぐに戦の準備を始めましょう!」