* * *
転生者とはなにか?
魔王とはなにか?
今リョウとオレが口述した中でこれらの説明も一通りしている。ならば、また同じ答えを述べるのは間違いだ。オベロン王は、自分が記した歴史書に答えはないと言っていた。
「それは……」
リョウが口ごもる。歴史書の内容も、図書館に収められているおびただしい数の専門書の内容も、全て頭の中に入っている。しかし……
「どうした、答えられぬか?」
リョウの頭の中にもきっと仮説はある。しかし、そこに足を踏み入れることに恐れを抱いているようだった。
ならば、これはオレの役目だ。意を決する。
「恐れながら、オレの頭の中にひとつの解がございます」
「ほう?」
オレは、この世界の言葉、学問、そして摂理そのものに対する最後の戦いの口火を切った。
「まず転生者の正体。これはオレ達が身をもって体験していることです。つまり、ここではない別の世界で死を迎えたものが、その姿そのままにこの世界に生まれ直すこと。両親を持たず。大人のままこの世界に生を受ける、世界の孤児……」
「ふむ」
「転生者の強みは、生前の……かつての世界で身につけた知識や能力を、そのままこの世界で振るえる事です。さらには『スキル』とよばれる、何らかの超常的な技能も身につけております」
オレが元の世界で親しんだ言い方をするなら、「強くてニューゲーム」……それが転生者の本質だ。
「だからこそ、転生者たちはこの世界の普通の人々には出来ない偉業を達成してきました。魔王の討伐です。人間の宿敵である魔王の侵略を幾度となく退け、いつしか『転生者』という言葉は『勇者』と同義となりました」
ここまで話して、一度息をつく。すかさず、フェントが水の入った杯を差し出してきた。オレはそれを受け取り、一気に喉に流し込む。
「しかし、何度となく魔王は蘇ります。偉大な三人の転生者が集った三英雄時代も、世界帝国を打ち立てた現王朝も、魔族への完全勝利を成し遂げていない」
ここからだ。ここからはオレの仮説。何度も否定を試みたけど、どうしてもこの結論に至ってしまう。恐ろしい仮説だ。
「それはなぜか。魔王が夜の神ウィーの加護を受けた、夜の領域に住む存在だからです。しかし、ウィーの加護が及ぶ夜の領域とは、決して時間的な概念を指すだけのものではありません」
「ほう?」
王は興味深げに、身を乗り出した。その反応。やっぱりそうなのか……?
「オレやリョウが生きていた元の世界では『闇』という言葉を、悪いもののたとえとして使っていました。社会の闇、心の闇といった感じに、です。この世界でも似たような傾向があるようです。つまり夜の神ウィーとは美しく静かな、日没後の時間帯を司るだけではなく、悪の心も司っているのです」
「…………」
王は何も言わず、じっとオレの顔を見ている。
「そして、歴史上の転生者たちは決して聖人君子ではありません。むしろ、残虐な命令を平然とおこない、名声のために悪行もいとわず、時には卑劣な謀略で他者を陥れる、悪人と紙一重の存在です」
信長も、カエサルも、曹操も、善人だったら決して歴史に名を残さなかったろうし、神官から召喚もされることも無かったはずだ。
「つまり魔王が倒されるのとほぼ同時に、新たな夜の眷属が生み出されているのです」
「すると君は……魔王の正体は先代の勇者である、そう言いたいのか?」
「転生者がそのまま魔王になるとまでは言いません。けど、先代の転生者の冒険のどこかには、必ず次の代の魔王が生まれる原因が含まれていたと考えます」
オレは王の横の立会人に視線を向けた。シャリポは初めてオレたちに会った時に、オレたちのことを『ダンマルダー』と呼んだ。最初は『魔王と戦うもの』という意味なのか、などと考えていた。けど、この世界に「戦う」や「対抗する」という意味を持つ『ダン』という言葉はなかった。
「この世界の言葉では、過去形は動詞の前に『ダマ』を、未来形では『パラ』をつけます。この『ダマ』という言葉の原型が、北の大陸で書かれた古い書物に残っていました。北の大陸の古語で『ダーム』は古いものを指す言葉であり、短く『ダン』と発音することもあります」
つまり後に魔王となるものというわけだ。
「こんな事、当然人間の書いた本には残されていません。けどあなた達は、それを知っていた。だから『過去の魔王』を指す古語を用いて、オレたちを見下していたのではないですか?」
しばしの沈黙。
「……勇者は人々に受けいられる存在でなければならない」
そして王は重々しく口を開く。
「勇者と魔王の理を知るのは、ギョンボーレでもごく僅か。王族に近い位の者にのみ秘伝として教えられ、他のも者に、勇者本人にすら教えることは許されない。我々が歴代の勇者を補佐していたのも、少しでも魔王の萌芽となるものを排除するためだった」
仮説は的中していた。
「別世界の英雄の転生召喚は、我が一族の神官が行ってきたもの」
王は続ける。
「我が一族は……歴代のオベロンは別世界と繋がる術を心得ています。あなた方の元の世界にもその名が残っていることは知っていましょう」
あなた方? 王のオレたちに対する言葉遣いが変わっていた。
「れこそが転生者の管理を神より託された種族である証左。我々の祖先は、初期の召喚で冥界以外の世界への干渉を行った事があるそうです。その時に、王の名がその世界に残っと考えられます」
最初にハルマが抱いた疑問の答えがこれか。
「我々は異世界の英雄を喚び、彼らを補佐し、導き、魔王との戦いにも参加します。しかし長き歴史の中で、遊佐yと魔王の忌まわしき理に到達した者は数えるほどしかいませんでした」
オベロン王は玉座から立ち上がると、オレとリョウの前にひざまずいた。それにならいフェントや五人の書記官、シャリポまでが同じように頭を垂れる。
「あなた方にでしたら全てを託すことが出来る。大賢者ゲン、大賢者リョウ。あなた方は今や、この世界最高の大学者にして、真の転生者にございます」
転生者とはなにか?
魔王とはなにか?
今リョウとオレが口述した中でこれらの説明も一通りしている。ならば、また同じ答えを述べるのは間違いだ。オベロン王は、自分が記した歴史書に答えはないと言っていた。
「それは……」
リョウが口ごもる。歴史書の内容も、図書館に収められているおびただしい数の専門書の内容も、全て頭の中に入っている。しかし……
「どうした、答えられぬか?」
リョウの頭の中にもきっと仮説はある。しかし、そこに足を踏み入れることに恐れを抱いているようだった。
ならば、これはオレの役目だ。意を決する。
「恐れながら、オレの頭の中にひとつの解がございます」
「ほう?」
オレは、この世界の言葉、学問、そして摂理そのものに対する最後の戦いの口火を切った。
「まず転生者の正体。これはオレ達が身をもって体験していることです。つまり、ここではない別の世界で死を迎えたものが、その姿そのままにこの世界に生まれ直すこと。両親を持たず。大人のままこの世界に生を受ける、世界の孤児……」
「ふむ」
「転生者の強みは、生前の……かつての世界で身につけた知識や能力を、そのままこの世界で振るえる事です。さらには『スキル』とよばれる、何らかの超常的な技能も身につけております」
オレが元の世界で親しんだ言い方をするなら、「強くてニューゲーム」……それが転生者の本質だ。
「だからこそ、転生者たちはこの世界の普通の人々には出来ない偉業を達成してきました。魔王の討伐です。人間の宿敵である魔王の侵略を幾度となく退け、いつしか『転生者』という言葉は『勇者』と同義となりました」
ここまで話して、一度息をつく。すかさず、フェントが水の入った杯を差し出してきた。オレはそれを受け取り、一気に喉に流し込む。
「しかし、何度となく魔王は蘇ります。偉大な三人の転生者が集った三英雄時代も、世界帝国を打ち立てた現王朝も、魔族への完全勝利を成し遂げていない」
ここからだ。ここからはオレの仮説。何度も否定を試みたけど、どうしてもこの結論に至ってしまう。恐ろしい仮説だ。
「それはなぜか。魔王が夜の神ウィーの加護を受けた、夜の領域に住む存在だからです。しかし、ウィーの加護が及ぶ夜の領域とは、決して時間的な概念を指すだけのものではありません」
「ほう?」
王は興味深げに、身を乗り出した。その反応。やっぱりそうなのか……?
「オレやリョウが生きていた元の世界では『闇』という言葉を、悪いもののたとえとして使っていました。社会の闇、心の闇といった感じに、です。この世界でも似たような傾向があるようです。つまり夜の神ウィーとは美しく静かな、日没後の時間帯を司るだけではなく、悪の心も司っているのです」
「…………」
王は何も言わず、じっとオレの顔を見ている。
「そして、歴史上の転生者たちは決して聖人君子ではありません。むしろ、残虐な命令を平然とおこない、名声のために悪行もいとわず、時には卑劣な謀略で他者を陥れる、悪人と紙一重の存在です」
信長も、カエサルも、曹操も、善人だったら決して歴史に名を残さなかったろうし、神官から召喚もされることも無かったはずだ。
「つまり魔王が倒されるのとほぼ同時に、新たな夜の眷属が生み出されているのです」
「すると君は……魔王の正体は先代の勇者である、そう言いたいのか?」
「転生者がそのまま魔王になるとまでは言いません。けど、先代の転生者の冒険のどこかには、必ず次の代の魔王が生まれる原因が含まれていたと考えます」
オレは王の横の立会人に視線を向けた。シャリポは初めてオレたちに会った時に、オレたちのことを『ダンマルダー』と呼んだ。最初は『魔王と戦うもの』という意味なのか、などと考えていた。けど、この世界に「戦う」や「対抗する」という意味を持つ『ダン』という言葉はなかった。
「この世界の言葉では、過去形は動詞の前に『ダマ』を、未来形では『パラ』をつけます。この『ダマ』という言葉の原型が、北の大陸で書かれた古い書物に残っていました。北の大陸の古語で『ダーム』は古いものを指す言葉であり、短く『ダン』と発音することもあります」
つまり後に魔王となるものというわけだ。
「こんな事、当然人間の書いた本には残されていません。けどあなた達は、それを知っていた。だから『過去の魔王』を指す古語を用いて、オレたちを見下していたのではないですか?」
しばしの沈黙。
「……勇者は人々に受けいられる存在でなければならない」
そして王は重々しく口を開く。
「勇者と魔王の理を知るのは、ギョンボーレでもごく僅か。王族に近い位の者にのみ秘伝として教えられ、他のも者に、勇者本人にすら教えることは許されない。我々が歴代の勇者を補佐していたのも、少しでも魔王の萌芽となるものを排除するためだった」
仮説は的中していた。
「別世界の英雄の転生召喚は、我が一族の神官が行ってきたもの」
王は続ける。
「我が一族は……歴代のオベロンは別世界と繋がる術を心得ています。あなた方の元の世界にもその名が残っていることは知っていましょう」
あなた方? 王のオレたちに対する言葉遣いが変わっていた。
「れこそが転生者の管理を神より託された種族である証左。我々の祖先は、初期の召喚で冥界以外の世界への干渉を行った事があるそうです。その時に、王の名がその世界に残っと考えられます」
最初にハルマが抱いた疑問の答えがこれか。
「我々は異世界の英雄を喚び、彼らを補佐し、導き、魔王との戦いにも参加します。しかし長き歴史の中で、遊佐yと魔王の忌まわしき理に到達した者は数えるほどしかいませんでした」
オベロン王は玉座から立ち上がると、オレとリョウの前にひざまずいた。それにならいフェントや五人の書記官、シャリポまでが同じように頭を垂れる。
「あなた方にでしたら全てを託すことが出来る。大賢者ゲン、大賢者リョウ。あなた方は今や、この世界最高の大学者にして、真の転生者にございます」