「よし、行くぞ」
「ええ」

 約束の日。半年間かけた翻訳はついに終わり、王の口頭試問が開かれる。

 中央ホール死屍累々の有り様だった。つい数時間前まで、本にかじりついていた転生者たちは、床やテーブルの上に突っ伏して微動だにしない。
 歴史書の最後の数ページは本当に滑り込みだった。リョウの〈叡智投影〉は常人が本を読むのとは比較にならないスピードで知識を与えてくれるけど、それは決して即時ではない。この半年で判明したことだが、情報量の大きな投影は、効果が現れるまでに時間がかかるのだ。
 そのため、最後のページとそれにまつわる本の投影は、明け方前までに済ませる必要があった。その結果が、この雑魚寝状態だ。

「皆、行ってくるね」

 返事がない中央ホールを後にし、オレとリョウはエントランスに向かう。

「リョウ様、ゲン様」

 図書館前の広場ではフェントが待っていた。その横には車椅子に乗ったアツシがいる。

「アツシ、体調は大丈夫なのか?」
「おかげ様で、今朝は気分がいいです」

 アツシは笑う。少しやつれているけど、その顔にはだいぶ生気が戻っていた。スキルの連続使用が限界を超え、ブっ倒れたときのコイツの顔には、死相が浮かんでいた。

「リョウさんもゲンさんも、寝てないんでしょう? こっちに来てください」

 アツシが右手を掲げる。そこにぽうっと光が宿る。

「ちょっ、やめなさいアツシ!」

 リョウが慌てて止める

「やらせてください。万全とはいかなくとも、少しでも良い状態で試験を受けてもらわないと……」
「けど……」
「リョウ」

 オレは、リョウの肩を叩いた。オレの目を見て、リョウは察する。

「たのむアツシ」
「はい」

 アツシはスキルを発動させた。光が俺たちの身体を包み込む。頭にまとわりついていた眠気や頭痛、身体のこわばりが、ほどけるように消えていく。死にかけの脳細胞が息を吹き返し、頭が活性化していく。

「すみません、これが精一杯です……」

 癒やしの光はいつもよりも早く消えた。

「ううん、だいぶ楽になった。ありがとう」
「よかった。ラスト6日間、力になれなかったのが気がかりだったんです」
「ありがとう。キミがいなければここまで来れなかった」

 リョウはアツシの両肩を抱き抱え、穏やかな声で言った。

「それでは王の間にご案内します!」

 二人の抱擁が終わると、フェントは歩き出した。