*  *  *

「今どこまで進んでいる?」

 図書館の中央ホールに巡らされた渡り廊下からは、外のバルコニーに出ることが出来る。オレは夕食の後、シャリポに誘われて夜風に当たりに来た。
 谷底の都は月光に照らされ、白い石で作られた屋根が発光しているように見える。

「今の王朝が成立したあたりだ」
「魔王タールヴの討伐までか。あの戦いには我が王も参加していた」

 タールヴ討伐は聖神歴833年、ちょうど120年前の出来事だ。ここまで歴史書を読んできて分かったが、ギョンボーレ族の寿命は人間の3〜4倍はある、このあたりも、オレ達が慣れ親しんできたエルフ族に似ていた。

「その後さらに4回魔王が出現している。その上、討伐戦争は複数の大陸に及ぶ規模になり、複雑さが増している。あと20日でそれを読み終えることが出来るか、見ものだな」

 解読に協力的なフェントと違い、挑戦的なシャリポの態度に少しムッとする。

「そんな嫌味に付き合うほど暇じゃないんだが」
「なんだその口は? ガズトの村の近況、知りたかろう」
「えっ?」

 アマネや村のみんなの顔が浮かぶ。もう半年近く会っていない。

「安心しろ、お前たちの仲間の女と門番二人が村を守っている。ただ、女はいたくご立腹だ。早く戻ってきて、追加した言葉の知識をよこせと言ってる」
「ふざけるな。アイツをここに連れてこなかったのは、お前だろ?」
「ふ、それもそうか」

 村での翻訳作業ではアマネは特に意欲的に動き回っていた。歴史書の解読に加わってくれていたら、どれほど助かっただろう。
 ともあれ、彼女たちが無事でよかった。ただ問題は……

「聖石の影響は?」
「今年の収穫は終わったが、来年の植え付けは恐らく無理だ。川の下流には、長雨の停滞で巨大な湿地帯が出来た。疫病の温床になりつつある」

 シャリポの口調はどこか他人事だ。

「お前が、原石を渡してくれさえすれば」
「何をいうか、貴様の軽挙のせいであろう?」
「く……」

 それを言われるとぐうの音も出ないのが、オレの弱点だ。

「それでもあの村はマシな方だ。世界中の聖石を保護して回っているとそう思う」
「他の地方の聖石も転生者が……?」
「酷いものだ」

 シャリポの口調は重々しかった。

「オクトなる転生者(ダンマルダー)の頭目が聖石の略奪を繰り返している。西の大陸ではオアシスが砂に埋もれた。北の大陸は氷河に閉ざされつつある。今や魔族の攻撃よりも被害が大きい」

 あの男はそこまでやっているのか。

「……オレたちは、歴史上の転生者たちに比べて非力だ。過去に神官たちが召喚した偉大な英雄ではなく、何の力も持たない普通の人間だ。だからオレは、連中が聖石を武器に用いるのも、わからなくはない」

 シャリポの目がギロリとこちらを向く。思わずオレの身体はこわばる。

「まてまて誤解するな! だからといって聖石を奪うことに賛成しているわけじゃない!! ……不思議なんだよ。確かに非力だけど、大量の聖石がないとノブナーグ王との差が埋まらないとも思えない」

 織田信長だって、カエサルだって、曹操だって人間だ。偉人であっても、超能力者やスーパーヒーローじゃない。オレたちとの差はあれどそれを埋めるのは、果たして聖石なのか?

「これはもしかしてなんだけど……オクトの目的は魔王討伐ではなく、その先にあるんじゃないか?」
「お前もそう思うか」

 歴史書を読んで知った事実。魔王討伐を終えた歴代転生者たちの後半生で最も多いのが、支配者になることだ。ある者は国を興し、ある者は王宮に婿として入り、ある者は都市国家の執政官に任命される。これは見方を変えれば、彼らの生前の職業に戻ると言ってもいいかもしれない。
 対して令和日本の一般市民だったオクトとその一党はどうか? 為政者のノウハウがなんてない。そうなると彼らは力で押さえつけるしか無い。少なくとも本人たちはそう考えてるのでは?

「私は出来る限り多くの聖石を保護してきてが、それも難しくなってきた。王宮から我々に協力的な大臣の顔が減り、オクトとやらの仲間が増えてきた。私自身、主だった街では懸賞金がかけられている」

 シャリポは小さくため息をついた。

「転生者スギシロ・ゲン」

 初めてこの男から名前を呼ばれた。

「歴史の書、読みこなせるというなら早くしろ。もし貴様らが真なる転生者だというのなら、使命はその先にあるはずだ」