三英雄時代の大まかな翻訳が終わると。残りの細かいところはハルマに任せる。彼の歴史知識はこちらの世界の歴史にも応用出来そうだった。そしてメインチームはさらに先の時代へと進んでいく。
 この本によれば初代勇者ラスターが魔王を倒した年を勇者歴元年としている。そしてこの本の最後の章は、現在の魔王が現れたという8年前、勇者暦1045年。三英雄時代は758~792年。半分以上を読み進めたとはいえ、先はまだまだ長い。

「姫様、ただいま帰還いたしました」

 図書館に意外な訪問者が現れたのは残り20日を切った頃だ。フェントが俺たちのために、参考図書を運んでくる最中であった。

「シャリポ……!」

 あの日オレたちのこの都につれてきた男の声が、ホールに響いた。

「貴様ら、姫様に小間使いをさせているのか!?」

 本の山を抱えているフェントを見るやいなや、シャリポの手のひらにあの赤く発熱する光が灯った。

「うわあっ!? まて! まて!!」

 慌てて、オレたちはギョンボーレの戦士から距離を取ろうとする。

「控えよ!」

 フェントの凛とした声に、反射的にシャリポはひざまずいた。

「ここは神聖なる智の殿堂。いかな理由があろうと狼藉は許さぬ!」
「は、ははっ!」

 ギョンボーレ族きっての戦士も、同族の姫にはかなわないらしい。

「これは小間使いなどではありません。我が父の命令であり、真なる転生者を育むための大切な戦いです」

 フェントは毅然とした声色から一点し、柔らかな口調となった。

「失礼いたしました」

 シャリポは立ち上がるとこちらを見てきた。

「よう……久しぶり」
「ほう、少しはまともな発音になったか」
「おかげさまで。本の解読もだいぶ進んだ」
「ならば……」

 シャリポは少し考えたあとに、尋ねてきた。

「お前の前にある食べ物、なんて名前だ?」
「馬鹿にするなよ。パクランチョだ」

 テーブルにはフェントが差し入れした軽食が乗っている。

「なぜ、その名で呼ばれている?」
「ええと、魔王サードルを倒した黒き英雄イドワ。その盟友であるパクランチョ将軍が陣中食として発明したという伝承からだ」

 パン(ハグハ)に肉を挟んだ料理パクランチョ。俺達の世界でサンドイッチと呼ばれていたものは、この世界でもありふれた軽食だった。
 サンドイッチがイギリス貴族の名前から取られているのと同じように、パクランチョも軍人の名前が元となっている。このシンプルな食べ物の名前の由来が似ていることに、オレは変な感動を覚えていた。

「なるほど。言葉も知識もそれなりになったな」