* * *
大広間に通される。その最奥には玉座らしいものがあり一人の男が座っていた。
『わが娘、フェントを助けてくれたそうだな。礼を言う』
一瞬、何が起きたかわからなかった。あまりに自然に頭の中に言葉が流れてきて、日本語で話しかけられたように感じた。
『驚いているところを見ると……そうか。やはり〈自動翻訳〉を持っていないと見える』
まるで二重音声だ。穏やかな語り口は、確かに目の前にいる人物の口から発せられているこの世界の言葉だったが、その日本語訳が脳内に直接響いていた。
「これが……〈自動翻訳〉スキル?」
『さよう』
女神がド忘れしない限り、転生者に付与される能力。この世界の人間は、オクトたちの言葉をこうやって受け取っていたのか!?
『改めて名乗らせていただく。ギョンボーレ……君たちが言うところのエルフ族の王、オベロンだ』
聞きたい事はたくさんある。なぜこの王は、転生者のスキルを持っているのか? オベロンという名前は、俺達の世界の伝説と関係があるのか? けど、何よりもまず……
「オレたちはガズト山のふもとの村から来ました。今、その村は聖石を失って困っています」
ギョンボーレの王が口を開くと、穏やかの声が頭に響く。
『知っている。次代の聖石の原石は、我々が回収した』
「1つだけで構いません。それを村に置かせて下さい」
『シャリポはその申し出を断ったのではないかな?』
「はい。ですが……」
『なぜ聖石をあの村に置かなくてはならない? 再び略奪されるためにか? 君たちのような転生者に?』
「違います!!」
思わず声が大きくなる。違う。そうじゃない! そうはさせない!!
「二度と略奪は起こしません。オレたちが守ります! あの村には今、聖石がひとかけらしかない。このままだと、あの村は滅びます」
『滅ぶのではない。滅ぼしたのだ。君たちが』
「…………」
『魔族の力が強くなる時、異界より転生者が呼ばれ、人々を守る。それがこの世界の歴史だ。かつての転生者たちは、聖石に敬意を払っていた。聖石の加護を受けることはあれども、聖石を奪いも壊しもしなかった……』
「この世界の、歴史……?」
初めて聞く話だった。過去にも魔王と転生者の戦いがあったのか? けど、聖石を奪いも壊しもしない、というのは何だ? だって魔王の戦いには……
「転生者の間では、魔王を倒すには聖石を精製して作る武器が必須と言われています。もしかして、それが違うと……?」
オレと同じことを考えていたのか、アツシがオベロン王に問う。
『いかにも。聖石を武器にするなどと転生者たちが考えたのは、此度の戦いが初めてだ。だから我々は、転生者の手が届かない所で聖石を管理し成長を見守ることにした』
「待って下さい! 聖石を武器にするのは、今回が初めてと? 昔は違ったのですか!?」
今度はリョウが尋ねる。なんだかおかしい。オレがあの時オクトから聴いた話は何だったのか? 何故奴らは、詐欺同然の方法で村から聖石を持ち去ったのか? 過去の転生者たちは聖石を使わずに倒した。それはどうやったのか? その方法を、オクトたちは、この世代の多くの転生者たちは、誰も知らなかったのか?
「そうだ……誰も知らないんだ」
オレの頭の中に、何かが降りてきた。初めてこの世界の辞書を作ろうとしたときの閃き、それに近い感覚だった。
「ゲン?」
「知るはずがない……。〈自動翻訳〉がある。言葉を学ぶ必要がないんだ……」
「どうしたんですか、ゲンさん?」
「すべて……そうすべて、オレたちの知っている言葉に変換されて頭の中に響く。あいつらは言葉を学ぶ必要なんてなかった……!」
オベロン王は何も言わずオレを見ている。その視線を感じていたけど、頭の中に現れた思考を止めることはできなかった。
「オレたちは、この世界の人達が主食にしているあの粉が、小麦粉ではなくフフッタだと知った。ペタフの実を乾燥させて挽いた粉だ。麦を挽いたわけじゃない。そしてペタフ畑で働く人々の話を聞いた」
「あ、ああ、そうだな……」
リョウはぽかんとした顔でオレの言葉に相槌を打つ。もっとわかりやすく説明しようか、いやオレ自信の考えがまとまっていない。考えろ! オレの思考は今どこへ向かっているんだ!?
「けど……多分あいつらの頭には『小麦粉』という名前が響くんだ。用途も味もあまり違いはない。だから小麦粉と認識していても問題ない。この世界で生きていくのには十分な知識だ」
「ど、どうしたんですか、ゲンさん? もうちょっと、詳しく……」
悪いアツシ。もう少し……もう少しだけ待ってくれ!
「そういう事はあちこちにあるハズだ。あの干し肉の動物は鹿じゃない、ターグルだ! あの獣は熊じゃない、ゴラブだ! オークではなくサスルポ、そして……」
オレは王の方を見る。
「あなた達はエルフではなく、ギョンボーレだ……!」
王は静かにオレを見つめている。その瞳の中に何かを言いたげな色が見えた。けど、まずはオレの考えがまとまるのを待ってほしい……。
「言葉を学ぶ必要がなければ……当然、歴史や文化を学ぶ機会も少なくなる。そんな奴らの目の前に、聖石があったらどうなる? 頭の中に響くんだ、これは強力な自然エネルギーを宿す鉱石ですって……。オレたちにしてみれば、目の前に原子炉があるようなもんじゃないか! なら……作るだろ。核兵器を!!」
そうだ! そういうことなんだ!! オレの頭の中だけの閃き。実態とズレている所もあるかもしれない。けど、オクトのような「まともな」転生者たちの考え方と、そう外れてないと思う。
聖石がもつ歴史や、人々への恩恵、そして信仰心。そういうものへの理解なしに、純粋なエネルギー源として聖石を見たら、戦いに使えないかと考えるのはごくごく自然な発想だ。
『なるほど』
黙っていたオベロン王の声が、また頭に響いた。
『……わが娘フェントには、もしこの世界の言葉を話す転生者がいたら連れてくるようにと伝えていたが、間違いではなかった』
オベロン王は、ゆっくりと玉座から立ち上がる。そして、傍に控えていた家臣に合図する。すると、その家臣は両手に抱える直方体を王に手渡した。
『これは、代々の王が書き連ねてきたこの世界の歴史書だ』
そう言いながら王は、直方体をオレの両手に乗せる。歴史書……? ああ、確かにそれは本だった。表紙の横幅とほぼ同じくらいという異様な分厚さだが、紙を束にしその一辺を綴る構造は間違いなく本だ。何ページあるんだコレ?無数の紙の重さがオレの両手に沈み込む。
『半年だ。半年でそれを読みこなしてみせよ』
「え……?」
オレは表紙を開く。覚悟はしていたけど、全く読めない。見たこともない文字だった。
『もしそれができたならば、我々ギョンボーレは、君たちを真なる転生者とみなし、あらゆる助力を惜しまない』
「真なる、転生者?」
『聖石の加護を受け、魔族と対決する救世主だ。もちろん、我々が管理している聖石の原石も託そう」
ということは……聖石を、あの村に戻すこともできる?
「ゲンさん!!」
「やったよゲン!!」
リョウとアツシの喜びの声。けど……これはそんなに気軽に喜んでいいものじゃない……! 再び本に目を落とす。喜びを拒絶するような、無表情の文字達。
大広間に通される。その最奥には玉座らしいものがあり一人の男が座っていた。
『わが娘、フェントを助けてくれたそうだな。礼を言う』
一瞬、何が起きたかわからなかった。あまりに自然に頭の中に言葉が流れてきて、日本語で話しかけられたように感じた。
『驚いているところを見ると……そうか。やはり〈自動翻訳〉を持っていないと見える』
まるで二重音声だ。穏やかな語り口は、確かに目の前にいる人物の口から発せられているこの世界の言葉だったが、その日本語訳が脳内に直接響いていた。
「これが……〈自動翻訳〉スキル?」
『さよう』
女神がド忘れしない限り、転生者に付与される能力。この世界の人間は、オクトたちの言葉をこうやって受け取っていたのか!?
『改めて名乗らせていただく。ギョンボーレ……君たちが言うところのエルフ族の王、オベロンだ』
聞きたい事はたくさんある。なぜこの王は、転生者のスキルを持っているのか? オベロンという名前は、俺達の世界の伝説と関係があるのか? けど、何よりもまず……
「オレたちはガズト山のふもとの村から来ました。今、その村は聖石を失って困っています」
ギョンボーレの王が口を開くと、穏やかの声が頭に響く。
『知っている。次代の聖石の原石は、我々が回収した』
「1つだけで構いません。それを村に置かせて下さい」
『シャリポはその申し出を断ったのではないかな?』
「はい。ですが……」
『なぜ聖石をあの村に置かなくてはならない? 再び略奪されるためにか? 君たちのような転生者に?』
「違います!!」
思わず声が大きくなる。違う。そうじゃない! そうはさせない!!
「二度と略奪は起こしません。オレたちが守ります! あの村には今、聖石がひとかけらしかない。このままだと、あの村は滅びます」
『滅ぶのではない。滅ぼしたのだ。君たちが』
「…………」
『魔族の力が強くなる時、異界より転生者が呼ばれ、人々を守る。それがこの世界の歴史だ。かつての転生者たちは、聖石に敬意を払っていた。聖石の加護を受けることはあれども、聖石を奪いも壊しもしなかった……』
「この世界の、歴史……?」
初めて聞く話だった。過去にも魔王と転生者の戦いがあったのか? けど、聖石を奪いも壊しもしない、というのは何だ? だって魔王の戦いには……
「転生者の間では、魔王を倒すには聖石を精製して作る武器が必須と言われています。もしかして、それが違うと……?」
オレと同じことを考えていたのか、アツシがオベロン王に問う。
『いかにも。聖石を武器にするなどと転生者たちが考えたのは、此度の戦いが初めてだ。だから我々は、転生者の手が届かない所で聖石を管理し成長を見守ることにした』
「待って下さい! 聖石を武器にするのは、今回が初めてと? 昔は違ったのですか!?」
今度はリョウが尋ねる。なんだかおかしい。オレがあの時オクトから聴いた話は何だったのか? 何故奴らは、詐欺同然の方法で村から聖石を持ち去ったのか? 過去の転生者たちは聖石を使わずに倒した。それはどうやったのか? その方法を、オクトたちは、この世代の多くの転生者たちは、誰も知らなかったのか?
「そうだ……誰も知らないんだ」
オレの頭の中に、何かが降りてきた。初めてこの世界の辞書を作ろうとしたときの閃き、それに近い感覚だった。
「ゲン?」
「知るはずがない……。〈自動翻訳〉がある。言葉を学ぶ必要がないんだ……」
「どうしたんですか、ゲンさん?」
「すべて……そうすべて、オレたちの知っている言葉に変換されて頭の中に響く。あいつらは言葉を学ぶ必要なんてなかった……!」
オベロン王は何も言わずオレを見ている。その視線を感じていたけど、頭の中に現れた思考を止めることはできなかった。
「オレたちは、この世界の人達が主食にしているあの粉が、小麦粉ではなくフフッタだと知った。ペタフの実を乾燥させて挽いた粉だ。麦を挽いたわけじゃない。そしてペタフ畑で働く人々の話を聞いた」
「あ、ああ、そうだな……」
リョウはぽかんとした顔でオレの言葉に相槌を打つ。もっとわかりやすく説明しようか、いやオレ自信の考えがまとまっていない。考えろ! オレの思考は今どこへ向かっているんだ!?
「けど……多分あいつらの頭には『小麦粉』という名前が響くんだ。用途も味もあまり違いはない。だから小麦粉と認識していても問題ない。この世界で生きていくのには十分な知識だ」
「ど、どうしたんですか、ゲンさん? もうちょっと、詳しく……」
悪いアツシ。もう少し……もう少しだけ待ってくれ!
「そういう事はあちこちにあるハズだ。あの干し肉の動物は鹿じゃない、ターグルだ! あの獣は熊じゃない、ゴラブだ! オークではなくサスルポ、そして……」
オレは王の方を見る。
「あなた達はエルフではなく、ギョンボーレだ……!」
王は静かにオレを見つめている。その瞳の中に何かを言いたげな色が見えた。けど、まずはオレの考えがまとまるのを待ってほしい……。
「言葉を学ぶ必要がなければ……当然、歴史や文化を学ぶ機会も少なくなる。そんな奴らの目の前に、聖石があったらどうなる? 頭の中に響くんだ、これは強力な自然エネルギーを宿す鉱石ですって……。オレたちにしてみれば、目の前に原子炉があるようなもんじゃないか! なら……作るだろ。核兵器を!!」
そうだ! そういうことなんだ!! オレの頭の中だけの閃き。実態とズレている所もあるかもしれない。けど、オクトのような「まともな」転生者たちの考え方と、そう外れてないと思う。
聖石がもつ歴史や、人々への恩恵、そして信仰心。そういうものへの理解なしに、純粋なエネルギー源として聖石を見たら、戦いに使えないかと考えるのはごくごく自然な発想だ。
『なるほど』
黙っていたオベロン王の声が、また頭に響いた。
『……わが娘フェントには、もしこの世界の言葉を話す転生者がいたら連れてくるようにと伝えていたが、間違いではなかった』
オベロン王は、ゆっくりと玉座から立ち上がる。そして、傍に控えていた家臣に合図する。すると、その家臣は両手に抱える直方体を王に手渡した。
『これは、代々の王が書き連ねてきたこの世界の歴史書だ』
そう言いながら王は、直方体をオレの両手に乗せる。歴史書……? ああ、確かにそれは本だった。表紙の横幅とほぼ同じくらいという異様な分厚さだが、紙を束にしその一辺を綴る構造は間違いなく本だ。何ページあるんだコレ?無数の紙の重さがオレの両手に沈み込む。
『半年だ。半年でそれを読みこなしてみせよ』
「え……?」
オレは表紙を開く。覚悟はしていたけど、全く読めない。見たこともない文字だった。
『もしそれができたならば、我々ギョンボーレは、君たちを真なる転生者とみなし、あらゆる助力を惜しまない』
「真なる、転生者?」
『聖石の加護を受け、魔族と対決する救世主だ。もちろん、我々が管理している聖石の原石も託そう」
ということは……聖石を、あの村に戻すこともできる?
「ゲンさん!!」
「やったよゲン!!」
リョウとアツシの喜びの声。けど……これはそんなに気軽に喜んでいいものじゃない……! 再び本に目を落とす。喜びを拒絶するような、無表情の文字達。