* * *
「なんだこりゃ……」
洞窟の外には中よりも激しい戦闘の爪痕が残されていた。木々が倒され、地面がえぐれ、その中央にサスルポが3体倒れている。オレたちが倒したのは巣の留守番役だったらしい。アキラ兄さんが負傷していて、アツシが治療を行っている。そして、見知らぬ影が一人……。
「おまえたち わが いちぞく たすけた れいを いう」
つややかな銀髪の間から突き出た三角形の耳。この人物もギョンボーレだった。彼(彼女?)はイーズルに近づくと、彼の抱きかかえる同族の子供に手をかざした。ポワッと緑色の光が手の平から発生し、それが子供を包み込むように広がる。
「ン…… エト シャリポ?」
子供はゆっくりと目を開け、傍らに立つ同族の大人に話しかけた。大人の方は、ひざまずく様に頭を垂れる。子供の方が身分は上らしい。
「エグリタ ラト パスタンタル?」
「タラ ティヌ ライ バナ ナスン」
二人の会話は聞いた事のない単語ばかりだった。村の人達の話す言葉とも違う。この種族が話す言葉か? いや……全く違うわけではない。オレはそう直感する。何かが似ている。全く違う言葉ではなく、近い言語。英語と日本語の関係ではなく、英語とフランス語の関係。そんな雰囲気を言葉の響きから感じ取った。
「せいせき さがしてるのか?」
ダメ元で尋ねてみる。大人の方の言葉の中に聖石とよく似た響きの単語があった。やはり聖石がらみなのかもしれない。
「ほう つたないが にんげんの ことば はなすか ダンマルダーには めずらしい」
ギョンボーレの大人が答えた。『ダンマルダー』だけはわからなかったけど、他は理解できた。村人たちと同じ言葉だ。
「ダンマルダーは にんげんのことば はなしできない そのかわり まりょくで ことばを りかいさせる」
〈自動翻訳〉スキルのことを言っているのか? となると『ダンマルダー』は転生者を指す言葉だな。以前、『マルダー』が「魔王」を指す言葉だと村長から聞いたことがある。もしかしたら、その前につく『ダン』は対抗するとか戦うとか、そんな意味か? 魔王に対抗する者……転じて「転生者」といったところか? この3ヶ月でついた癖で、オレの脳の片隅では常に知らない言葉を分析しようとしていた。
「おれたち そのちから ない だから じりき ことばを まなぶ」
「なんだと!?」
ギョンボーレは目を大きく見開いた。
「かわった やつらだ」
「それで しつもんの こたえは?」
「なに?」
「せいせき さがしているのか?」
オレは繰り返した。
「さがしている すでに われわれ このあたり せいせきを ふたつ みつけた」
「えっ!?」
思ってもない言葉だった。失われた聖石は2つ。すでにこいつらは見つけていたのか!?
「どこにある!? むら せいせき うしなった こまっている」
オレは、キンダーとイーズル、そしてセンディを見ながら言う。
「しっている だから われわれ せいせきのたね さがす」
「それを ゆずって……」
「だめだ」
言い切る前にギョンボーレは拒絶した。
「もはや にんげんに せいせき まかせておけない」
「なんだと?」
「ダンマルダー せいせき うばって こわす せかいじゅうで おきている ただしい かんり ひつよう」
「まってくれ!!」
キンダーが一歩前に出た。
「おれたちの むら せいせき ない こまっている はやく せいせきどうに おさめないと」
「きのどくだが ほろび うけいれろ」
信じられない言葉が飛び出た。
「われわれ せいせき そだてる やがて とち もとにもどる むらの さいけん そのあと」
「そのまえに おおぜい しぬ!」
「うらむなら ダンマルダー うらめ!!」
その言葉を聞いた瞬間、反射的にオレは剣を抜き、ギョンボーレの鼻先に突きつけた。
「せいせき よこせ」
ギョンボーレは鼻を鳴らして笑う。
「しょうたい あらわした しょせん ダンマルダー」
オレが剣を抜いたのを見て、リョウとマコトも武器を構えた。
「おまえたち そこの サスルポ たおしたの だれか わすれたか?」
サスルポ? 巣に戻ってきた3体の死骸。まさかコイツ一人で倒したというのか? 思わず死骸が倒れている方を見る。3体ともなにか強い炎で焼かれたように、黒く焦げついていた。シランじゃない。彼女はまだこんな強力な火炎魔法は……うっ!?
「あっ熱い!?」
オレは思わず剣を手放した。見ると鉄製の剣が赤く発熱している。
「キャっ!?」
「アチッ!!」
リョウの弓は燃え上がり、マコトの剣も真っ赤になっていた。
「わがなは シャリポ "しゃくえんのシャリポ” いちぞくいちの かえんつかい」
ギョンボーレが右手を掲げると、今度はそこに赤く光る熱源を発生させていた。炎などではない。まるで太陽を持っているようだ。
「くっ……」
オレは思わず後ずさる。あまりにも熱い。熱源から2メートル離れていても、松明を顔に近づけられるような熱が襲いかかってくる。
「もういちど いう いちぞくの なかま たすけた その れいは いう」
シャリポと名乗った尖り耳の亜人は一歩前へ進む。その熱に圧され、オレは一歩あとずさる。
「だが 聖石 めあての 転生者は ころす」
更に一歩、ヤツは前に出て、オレは後ろへ下がる。後ろ……オレの背中には何があったっけ? 木か? 岩か? 洞窟の入口か? このまま背後の逃げ場を失えば、その時点でオレは焼き殺される!
「あつい おもい いっしゅんだけ すぐに らくになる」
シャリポは熱源を前に掲げた。顔がひりつく。たぶん火傷している。頭から垂れる汗が鼻筋を伝うときに痛みが走った。ここで死ぬ? ようやく言葉がわかってきて、ようやく村の人たちに受け入れられ、ようやく聖石の落とし前をつけられるのに? この世界に転生した時に思い描いたような大冒険を始める前に……死ぬ?
「さらば」
ジャブ…と足元で音がした。いつの間にか沢に足を踏み入れている。もう後がない。死ぬ? 馬鹿な……!
「ふざけんじゃねえ!!」
俺は身体をかがめて、シャリポの脚に狙いを定めた。スキル発動。低い体勢のままヤツに向かって突っ込む。
「ゲン!?」
誰かが叫んだ。俺の身体は、シャリポの脚に激突する。バランスが崩れる。2撃目! もっと速く!俺の顔が焼かれるより先に、俺の両腕がシャリポの脚を絡めとる。3劇目の攻撃対象は地面。俺の身体はシャリポの脚を封じたまま宙に浮き上がる。
「なっ!?」
そのまま沢の底が深い場所に突っ込むように2人の身体が落下した。次の瞬間。シュゴオオオッと凄まじい音とともに視界が真っ白になる。
「霧!?」
「いや湯気よコレ! 相手の魔法を沢の水で消火したんだ!」
沢は一瞬で蒸発し、サウナのような灼熱の蒸気が周囲を包んでいた。あの光、どんだけ熱いんだ!?
「わたしの まほうを こんなかたちで ふうじるか!」
声がする方を振り向く。シャリポが立っている。
「だが つぎは そうはいかん」
その手の平に再び赤い光が発生する。その時
「やめてくれ!」
キンダー飛び込んできた。
「こいつは おれたちの たいせつな きゃくじん!」
客人……? ずっと俺を嫌い続けてきた門番からの、思いがけない言葉。
「おまえたちは だまされている!」
「ちがう!」
キンダーの声色は懇願するようだった。オレをかばうように両手を広げている。
「シャリポ……」
もうひとり近づいてきた。巣の中で助けた、あのギョンボーレの子供だ。
「シャリポ サント ジャー ミャジト」
「ガル……ダンマルダー ジュン シド! オーベン ジャース テヌトラ」
「タラ ティヌ ドスタ……ミャジト グート カンダル ファ」
「…………」
シャリポの右手から光が消える。そして腕を組んで何かを考え始める。
「……よし ころすまえに おまえたちを ためす ついてこい」
「なんだこりゃ……」
洞窟の外には中よりも激しい戦闘の爪痕が残されていた。木々が倒され、地面がえぐれ、その中央にサスルポが3体倒れている。オレたちが倒したのは巣の留守番役だったらしい。アキラ兄さんが負傷していて、アツシが治療を行っている。そして、見知らぬ影が一人……。
「おまえたち わが いちぞく たすけた れいを いう」
つややかな銀髪の間から突き出た三角形の耳。この人物もギョンボーレだった。彼(彼女?)はイーズルに近づくと、彼の抱きかかえる同族の子供に手をかざした。ポワッと緑色の光が手の平から発生し、それが子供を包み込むように広がる。
「ン…… エト シャリポ?」
子供はゆっくりと目を開け、傍らに立つ同族の大人に話しかけた。大人の方は、ひざまずく様に頭を垂れる。子供の方が身分は上らしい。
「エグリタ ラト パスタンタル?」
「タラ ティヌ ライ バナ ナスン」
二人の会話は聞いた事のない単語ばかりだった。村の人達の話す言葉とも違う。この種族が話す言葉か? いや……全く違うわけではない。オレはそう直感する。何かが似ている。全く違う言葉ではなく、近い言語。英語と日本語の関係ではなく、英語とフランス語の関係。そんな雰囲気を言葉の響きから感じ取った。
「せいせき さがしてるのか?」
ダメ元で尋ねてみる。大人の方の言葉の中に聖石とよく似た響きの単語があった。やはり聖石がらみなのかもしれない。
「ほう つたないが にんげんの ことば はなすか ダンマルダーには めずらしい」
ギョンボーレの大人が答えた。『ダンマルダー』だけはわからなかったけど、他は理解できた。村人たちと同じ言葉だ。
「ダンマルダーは にんげんのことば はなしできない そのかわり まりょくで ことばを りかいさせる」
〈自動翻訳〉スキルのことを言っているのか? となると『ダンマルダー』は転生者を指す言葉だな。以前、『マルダー』が「魔王」を指す言葉だと村長から聞いたことがある。もしかしたら、その前につく『ダン』は対抗するとか戦うとか、そんな意味か? 魔王に対抗する者……転じて「転生者」といったところか? この3ヶ月でついた癖で、オレの脳の片隅では常に知らない言葉を分析しようとしていた。
「おれたち そのちから ない だから じりき ことばを まなぶ」
「なんだと!?」
ギョンボーレは目を大きく見開いた。
「かわった やつらだ」
「それで しつもんの こたえは?」
「なに?」
「せいせき さがしているのか?」
オレは繰り返した。
「さがしている すでに われわれ このあたり せいせきを ふたつ みつけた」
「えっ!?」
思ってもない言葉だった。失われた聖石は2つ。すでにこいつらは見つけていたのか!?
「どこにある!? むら せいせき うしなった こまっている」
オレは、キンダーとイーズル、そしてセンディを見ながら言う。
「しっている だから われわれ せいせきのたね さがす」
「それを ゆずって……」
「だめだ」
言い切る前にギョンボーレは拒絶した。
「もはや にんげんに せいせき まかせておけない」
「なんだと?」
「ダンマルダー せいせき うばって こわす せかいじゅうで おきている ただしい かんり ひつよう」
「まってくれ!!」
キンダーが一歩前に出た。
「おれたちの むら せいせき ない こまっている はやく せいせきどうに おさめないと」
「きのどくだが ほろび うけいれろ」
信じられない言葉が飛び出た。
「われわれ せいせき そだてる やがて とち もとにもどる むらの さいけん そのあと」
「そのまえに おおぜい しぬ!」
「うらむなら ダンマルダー うらめ!!」
その言葉を聞いた瞬間、反射的にオレは剣を抜き、ギョンボーレの鼻先に突きつけた。
「せいせき よこせ」
ギョンボーレは鼻を鳴らして笑う。
「しょうたい あらわした しょせん ダンマルダー」
オレが剣を抜いたのを見て、リョウとマコトも武器を構えた。
「おまえたち そこの サスルポ たおしたの だれか わすれたか?」
サスルポ? 巣に戻ってきた3体の死骸。まさかコイツ一人で倒したというのか? 思わず死骸が倒れている方を見る。3体ともなにか強い炎で焼かれたように、黒く焦げついていた。シランじゃない。彼女はまだこんな強力な火炎魔法は……うっ!?
「あっ熱い!?」
オレは思わず剣を手放した。見ると鉄製の剣が赤く発熱している。
「キャっ!?」
「アチッ!!」
リョウの弓は燃え上がり、マコトの剣も真っ赤になっていた。
「わがなは シャリポ "しゃくえんのシャリポ” いちぞくいちの かえんつかい」
ギョンボーレが右手を掲げると、今度はそこに赤く光る熱源を発生させていた。炎などではない。まるで太陽を持っているようだ。
「くっ……」
オレは思わず後ずさる。あまりにも熱い。熱源から2メートル離れていても、松明を顔に近づけられるような熱が襲いかかってくる。
「もういちど いう いちぞくの なかま たすけた その れいは いう」
シャリポと名乗った尖り耳の亜人は一歩前へ進む。その熱に圧され、オレは一歩あとずさる。
「だが 聖石 めあての 転生者は ころす」
更に一歩、ヤツは前に出て、オレは後ろへ下がる。後ろ……オレの背中には何があったっけ? 木か? 岩か? 洞窟の入口か? このまま背後の逃げ場を失えば、その時点でオレは焼き殺される!
「あつい おもい いっしゅんだけ すぐに らくになる」
シャリポは熱源を前に掲げた。顔がひりつく。たぶん火傷している。頭から垂れる汗が鼻筋を伝うときに痛みが走った。ここで死ぬ? ようやく言葉がわかってきて、ようやく村の人たちに受け入れられ、ようやく聖石の落とし前をつけられるのに? この世界に転生した時に思い描いたような大冒険を始める前に……死ぬ?
「さらば」
ジャブ…と足元で音がした。いつの間にか沢に足を踏み入れている。もう後がない。死ぬ? 馬鹿な……!
「ふざけんじゃねえ!!」
俺は身体をかがめて、シャリポの脚に狙いを定めた。スキル発動。低い体勢のままヤツに向かって突っ込む。
「ゲン!?」
誰かが叫んだ。俺の身体は、シャリポの脚に激突する。バランスが崩れる。2撃目! もっと速く!俺の顔が焼かれるより先に、俺の両腕がシャリポの脚を絡めとる。3劇目の攻撃対象は地面。俺の身体はシャリポの脚を封じたまま宙に浮き上がる。
「なっ!?」
そのまま沢の底が深い場所に突っ込むように2人の身体が落下した。次の瞬間。シュゴオオオッと凄まじい音とともに視界が真っ白になる。
「霧!?」
「いや湯気よコレ! 相手の魔法を沢の水で消火したんだ!」
沢は一瞬で蒸発し、サウナのような灼熱の蒸気が周囲を包んでいた。あの光、どんだけ熱いんだ!?
「わたしの まほうを こんなかたちで ふうじるか!」
声がする方を振り向く。シャリポが立っている。
「だが つぎは そうはいかん」
その手の平に再び赤い光が発生する。その時
「やめてくれ!」
キンダー飛び込んできた。
「こいつは おれたちの たいせつな きゃくじん!」
客人……? ずっと俺を嫌い続けてきた門番からの、思いがけない言葉。
「おまえたちは だまされている!」
「ちがう!」
キンダーの声色は懇願するようだった。オレをかばうように両手を広げている。
「シャリポ……」
もうひとり近づいてきた。巣の中で助けた、あのギョンボーレの子供だ。
「シャリポ サント ジャー ミャジト」
「ガル……ダンマルダー ジュン シド! オーベン ジャース テヌトラ」
「タラ ティヌ ドスタ……ミャジト グート カンダル ファ」
「…………」
シャリポの右手から光が消える。そして腕を組んで何かを考え始める。
「……よし ころすまえに おまえたちを ためす ついてこい」