* * *
洞窟の中は案外広い空間だった。ゴツゴツとした岩が、奥から流れてくる湧き水で滑りやすくなっている。
「あしもと きをつけろ」
松明を手にしたイーズルが先頭に立って進む。もしサスルポがいたら、この灯りに気づかないはずがない。けどサスルポは人間よりも夜目がきくという。灯り無しで忍び込むほうが遥かにリスクがでかい。
入り口から少し進んだところで洞窟は大きく曲がり、外の光が届かなくなった。暗闇の中、イーズルの松明と、彼が残した足跡の発光のみが、道筋を教えてくれる。上に向かって進んでいた穴が途中で下り坂に変わる。湧き水の出どころはここだ。湧き出た水はすぐに、外に向かって流れる一筋と、奥の方へ流れる一筋に分岐している。
「うっ!?」
奥から、強烈な臭いが漂ってきた。うまく説明が出来ない、汗臭さと肉の腐った臭いが混じったような悪臭。
「うっぷ……何よコレ……?」
リョウが吐き気をもよおしたらしく両手で顔を塞いだ。
「まちがいない やつの すみかだ」
イーズルとキンダーは剣を抜く。狭い洞窟内では不利になるので、二人とも槍は入り口に置いてきていた。
ブオオオオォォォッッ!!
穴の奥からなにかのうなり声が聞こえてきた。凄まじい轟音が、洞窟の壁に反響しながら耳の奥を襲う。いる。この奥に、サスルポがいる!
「どうする?」
イーズルがリョウに確認を取る。が……
「きまってる!!」
リョウが答えるよりも先に。そう言い残してキンダーが穴の奥へ向かって走り出した。
「キンダー、おい!!」
リョウは慌てて後を追う。オレ達もその後に続いた。
ブオオオォォォォォン!!
再び、唸り声。今度はその声の正体がはっきりと分かった。下り坂となっていた洞窟は数メートル先でまた大きく曲がり、その先には更に広い空間に繋がっていた。その空間にそれはいた。
「こいつって……」
「ははっ、ゲームで見たことあるぜ。オークって奴じゃんか!」
マコトの言う通り、サスルポのその姿はファンタジーでおなじみの悪役、オークの姿そのものだ。オレの頭の中にも転生前の世界で親しんでいたTVゲームの画面が再現された。よくこの洞窟の中に入ることが出来たなと思うほど巨大な影が松明に照らされる。3メートルくらいの身長にでっぷりと太った身体、頭は豚によく似ていて、手には丸太を削って作ったような原始的なハンマーを持っている。
ブォッ! ブオォォン!!
サスルポは悪臭と唸り声を撒き散らしながら、ハンマーを振り上げて威嚇してきた。
「うっぷ……」
すさまじい臭気。さっきから漂い始めた臭いが凝縮されたものをダイレクトに浴びる。胃液が逆流しそうになるのを必死で食い止める。強烈すぎる……真夏のアメフト部の部室にブロック肉1キロを1週間放置すれば、こんな感じになるだろうか?
強烈な悪臭に顔を塞いだその隙をついて、サスルポが攻撃を仕掛けてきた。とっさに身体を横に動かして、ハンマーによる一撃をよける。
「うっわっ!!」
水で濡れた岩盤に足を滑らせて、よろめく。そこにヤツの2撃目がくる。やべぇっ!!
「イェラアアア!!」
サスルポがハンマーを振り下ろすよりも早かった。この世界独自の掛け声を上げながら、キンダーが丸太のような腕を斬りつけた。
ブヒィィィイイイイ!!
サスルポはひるみ、2~3歩後ずさる。その間にオレは体勢を立て直す。
「リョウ!! 外から応援を呼んできてくれ!!」
「け、けど……!」
「どのみちこの広さと暗さじゃ、アンタの弓は使えねえ!!」
「確かに……わかった!」
リョウはホールから出ていく。第一撃を仕損じたサスルポは、オレたち侵入者の様子を伺っている。こちらも剣を抜いて戦闘態勢に入る。つかの間、睨み合う。
「あ! うえ 見ろ!!」
何かに気づいたイーズルが、松明を頭上に突き出し、天井を照らす。
「なっ…!?」
人影だ! それも子供くらいの大きさの影がふたつ、天井に渡された荒縄に縛られ吊り下げられていた。
「センディ!!」
キンダーが叫ぶ。間違いない。オレの位置からも確認できた。その影の一つはセンディだ。
「ぶじ なのか?」
オレはイーズルに問いかける。
「ああ サスルポ たべない えもの つりさげて とっておく」
保存食というわけか。ハンマーを使ったり、荒縄で獲物を囚えたり、それなりに知能のあるモンスターらしい。この巨体で知恵もあるとなると、確かに熊よりも恐ろしいな。
「サスルポ よわい ところ あるか?」
「あたまの いちばん うえ やわらかい けん させば しぬ」
脳天を攻撃しろ? いや無理だろ。身長3メートル近い巨体、その一番上を狙えって?
「ぜんいんで こうげきして やつ ころばせる そうすれば あたま ねらえる」
確かに……けど、剣や弓矢でチクチクやって転ばさられるのか? その前にオレたちがバテてぶっ倒れないか?
「それしか手がないなら、やるしかねぇだろ!!」
マコトがスキル〈敵意制御〉を発動させる。この巨漢のモンスターの目つきが変わったように感じた。マコトが奴の攻撃する対象を固定させたのだろう。ちょうどヤツの前に岩が一つ突き出ていた。うまい! あの岩に敵意を集中させれば、オレたちはハンマーを恐れることなく攻撃に集中できる! ……はずだったのだが
ブフォォォオオオッッ!!
「え?」
サスルポが岩にハンマーを叩きつけると、聞いたこともないような激しい衝突音とともにその岩は粉砕された。
「ウソだろオイ……」
マコトが敵意を仕向けた岩が消失し、同時にスキルも効力を失った。奴の攻撃を封じるためには、マコトはそこら中の岩にスキルをかけ続けなければいけないということか……。
「……ゲン、連続スキル使用ってどんな感じ?」
マコトはオレに聞く。そんな事やってるのは里のメンバーでも、オレとリョウくらいだ。
「めっちゃくちゃキツイ」
「マジで?」
「3回目くらいから吐き気がしてくる。オレはもう慣れたから、10回はやれるけど……」
「3回かよ、すぐじゃねえか」
その間にこの化け物を転ばせる。いや無理だろ。 クソ、そこにセンディがいるのに……。オレは天井に吊り下げられた少年を見上げる。
「……いや」
そこで気付いた。センディを吊っているあの縄まで跳べないか? あの位置からなら奴の頭を狙える。
「マコト、どこかに釘付けにできればいい。例えばあっちの岩壁に敵意を向けさせる事とかできるか?」
「何か掴んだのか!?」
「ああ。 たぶんやれる」
「壁全体だな。やったことないけど……やってやるぜ」
ここの岩盤は固そうだ。岩盤全体なら奴が5~6発殴りつけたくらいでは崩落はしないと思う。独立した岩に敵意を向けて砕かれるよりは時間を稼げるはずだ。
「よし、まかせた!」
「おう!」
マコトは再度スキルを発動させる。
「ぐっ!? これは……」
対象物が大きいことで、何か抵抗があるのか? マコトの声が少しキツそうだった。 オレも一度の攻撃回数を増やすと体にかかる負担が大きくなる。アマネも今朝、俺たち全員に〈足跡顕化〉をかけた後、息が上がっていた。同じことがマコトにも起きたのだろう。
ブオオオオオオッッ!!
サスルポはハンマーを振り回して壁にぶつけ始めた。ゴンッゴンッという音と主に洞窟全体が震える。よし、あれならヤツもオレに気を回す余裕はないはずだ。
「悪いゲン!これいつまでも持ちそうにないわ。早めに頼む!」
「わかった!!」
オレもスキルを発動させる。地面を攻撃した。狙うのは2撃目の標的である手前の岩。それもまた蹴り上げる。3撃目は更に高い位置の岩。そして4撃目……
「うわっ!?」
続けて蹴ろうとした岩が水で濡れて滑る。体勢が崩れる。駄目だ!! 集中力を切らすな!!
毎晩スキルを使用しているうちに、発動中は時間の進みが遅く感じるようになっていた。その緩やかな時間の流れの中で、あちこちに意識を回せる。集中さえし続けていれば、臨機応変に連撃対象を切り替えることが出来る。
5撃目の攻撃対象を別の岩に変更。そして6撃目。まだいける。7撃目。センディの縄まであと少し。
「8撃目ぇ!!」
オレは、左手で縄をしっかりと掴む。しかし安心してられない。ここからが本番だ!
「う……」
急に縄が揺さぶられたことで、気を失っていたセンディが頭を上げた。
「気がついたか?」
「え? あれ? ゲン? どうして?」
「せつめい あと アイツ たおす!」
オレは剣を握る右手に力を込める。眼下でサスルポが壁を叩き続けている。そのたびに、ビリビリ振動がロープに伝わってくる。落ち着け、今がチャンスだ!!
「スキル発動!!」
〈n回連続攻撃〉 ただし今度は1回攻撃のみ。スキル発動時はオレ自身の集中力が倍増し、標的を捉えやすくなる。その副作用的なターゲッティング能力を利用する。サスルポの頭頂に向かって剣を突き出したまま飛び込む。
ブハアアアアアアア!!!
オレの全体重をかけた一撃は、サスルポの頭を貫いた。
洞窟の中は案外広い空間だった。ゴツゴツとした岩が、奥から流れてくる湧き水で滑りやすくなっている。
「あしもと きをつけろ」
松明を手にしたイーズルが先頭に立って進む。もしサスルポがいたら、この灯りに気づかないはずがない。けどサスルポは人間よりも夜目がきくという。灯り無しで忍び込むほうが遥かにリスクがでかい。
入り口から少し進んだところで洞窟は大きく曲がり、外の光が届かなくなった。暗闇の中、イーズルの松明と、彼が残した足跡の発光のみが、道筋を教えてくれる。上に向かって進んでいた穴が途中で下り坂に変わる。湧き水の出どころはここだ。湧き出た水はすぐに、外に向かって流れる一筋と、奥の方へ流れる一筋に分岐している。
「うっ!?」
奥から、強烈な臭いが漂ってきた。うまく説明が出来ない、汗臭さと肉の腐った臭いが混じったような悪臭。
「うっぷ……何よコレ……?」
リョウが吐き気をもよおしたらしく両手で顔を塞いだ。
「まちがいない やつの すみかだ」
イーズルとキンダーは剣を抜く。狭い洞窟内では不利になるので、二人とも槍は入り口に置いてきていた。
ブオオオオォォォッッ!!
穴の奥からなにかのうなり声が聞こえてきた。凄まじい轟音が、洞窟の壁に反響しながら耳の奥を襲う。いる。この奥に、サスルポがいる!
「どうする?」
イーズルがリョウに確認を取る。が……
「きまってる!!」
リョウが答えるよりも先に。そう言い残してキンダーが穴の奥へ向かって走り出した。
「キンダー、おい!!」
リョウは慌てて後を追う。オレ達もその後に続いた。
ブオオオォォォォォン!!
再び、唸り声。今度はその声の正体がはっきりと分かった。下り坂となっていた洞窟は数メートル先でまた大きく曲がり、その先には更に広い空間に繋がっていた。その空間にそれはいた。
「こいつって……」
「ははっ、ゲームで見たことあるぜ。オークって奴じゃんか!」
マコトの言う通り、サスルポのその姿はファンタジーでおなじみの悪役、オークの姿そのものだ。オレの頭の中にも転生前の世界で親しんでいたTVゲームの画面が再現された。よくこの洞窟の中に入ることが出来たなと思うほど巨大な影が松明に照らされる。3メートルくらいの身長にでっぷりと太った身体、頭は豚によく似ていて、手には丸太を削って作ったような原始的なハンマーを持っている。
ブォッ! ブオォォン!!
サスルポは悪臭と唸り声を撒き散らしながら、ハンマーを振り上げて威嚇してきた。
「うっぷ……」
すさまじい臭気。さっきから漂い始めた臭いが凝縮されたものをダイレクトに浴びる。胃液が逆流しそうになるのを必死で食い止める。強烈すぎる……真夏のアメフト部の部室にブロック肉1キロを1週間放置すれば、こんな感じになるだろうか?
強烈な悪臭に顔を塞いだその隙をついて、サスルポが攻撃を仕掛けてきた。とっさに身体を横に動かして、ハンマーによる一撃をよける。
「うっわっ!!」
水で濡れた岩盤に足を滑らせて、よろめく。そこにヤツの2撃目がくる。やべぇっ!!
「イェラアアア!!」
サスルポがハンマーを振り下ろすよりも早かった。この世界独自の掛け声を上げながら、キンダーが丸太のような腕を斬りつけた。
ブヒィィィイイイイ!!
サスルポはひるみ、2~3歩後ずさる。その間にオレは体勢を立て直す。
「リョウ!! 外から応援を呼んできてくれ!!」
「け、けど……!」
「どのみちこの広さと暗さじゃ、アンタの弓は使えねえ!!」
「確かに……わかった!」
リョウはホールから出ていく。第一撃を仕損じたサスルポは、オレたち侵入者の様子を伺っている。こちらも剣を抜いて戦闘態勢に入る。つかの間、睨み合う。
「あ! うえ 見ろ!!」
何かに気づいたイーズルが、松明を頭上に突き出し、天井を照らす。
「なっ…!?」
人影だ! それも子供くらいの大きさの影がふたつ、天井に渡された荒縄に縛られ吊り下げられていた。
「センディ!!」
キンダーが叫ぶ。間違いない。オレの位置からも確認できた。その影の一つはセンディだ。
「ぶじ なのか?」
オレはイーズルに問いかける。
「ああ サスルポ たべない えもの つりさげて とっておく」
保存食というわけか。ハンマーを使ったり、荒縄で獲物を囚えたり、それなりに知能のあるモンスターらしい。この巨体で知恵もあるとなると、確かに熊よりも恐ろしいな。
「サスルポ よわい ところ あるか?」
「あたまの いちばん うえ やわらかい けん させば しぬ」
脳天を攻撃しろ? いや無理だろ。身長3メートル近い巨体、その一番上を狙えって?
「ぜんいんで こうげきして やつ ころばせる そうすれば あたま ねらえる」
確かに……けど、剣や弓矢でチクチクやって転ばさられるのか? その前にオレたちがバテてぶっ倒れないか?
「それしか手がないなら、やるしかねぇだろ!!」
マコトがスキル〈敵意制御〉を発動させる。この巨漢のモンスターの目つきが変わったように感じた。マコトが奴の攻撃する対象を固定させたのだろう。ちょうどヤツの前に岩が一つ突き出ていた。うまい! あの岩に敵意を集中させれば、オレたちはハンマーを恐れることなく攻撃に集中できる! ……はずだったのだが
ブフォォォオオオッッ!!
「え?」
サスルポが岩にハンマーを叩きつけると、聞いたこともないような激しい衝突音とともにその岩は粉砕された。
「ウソだろオイ……」
マコトが敵意を仕向けた岩が消失し、同時にスキルも効力を失った。奴の攻撃を封じるためには、マコトはそこら中の岩にスキルをかけ続けなければいけないということか……。
「……ゲン、連続スキル使用ってどんな感じ?」
マコトはオレに聞く。そんな事やってるのは里のメンバーでも、オレとリョウくらいだ。
「めっちゃくちゃキツイ」
「マジで?」
「3回目くらいから吐き気がしてくる。オレはもう慣れたから、10回はやれるけど……」
「3回かよ、すぐじゃねえか」
その間にこの化け物を転ばせる。いや無理だろ。 クソ、そこにセンディがいるのに……。オレは天井に吊り下げられた少年を見上げる。
「……いや」
そこで気付いた。センディを吊っているあの縄まで跳べないか? あの位置からなら奴の頭を狙える。
「マコト、どこかに釘付けにできればいい。例えばあっちの岩壁に敵意を向けさせる事とかできるか?」
「何か掴んだのか!?」
「ああ。 たぶんやれる」
「壁全体だな。やったことないけど……やってやるぜ」
ここの岩盤は固そうだ。岩盤全体なら奴が5~6発殴りつけたくらいでは崩落はしないと思う。独立した岩に敵意を向けて砕かれるよりは時間を稼げるはずだ。
「よし、まかせた!」
「おう!」
マコトは再度スキルを発動させる。
「ぐっ!? これは……」
対象物が大きいことで、何か抵抗があるのか? マコトの声が少しキツそうだった。 オレも一度の攻撃回数を増やすと体にかかる負担が大きくなる。アマネも今朝、俺たち全員に〈足跡顕化〉をかけた後、息が上がっていた。同じことがマコトにも起きたのだろう。
ブオオオオオオッッ!!
サスルポはハンマーを振り回して壁にぶつけ始めた。ゴンッゴンッという音と主に洞窟全体が震える。よし、あれならヤツもオレに気を回す余裕はないはずだ。
「悪いゲン!これいつまでも持ちそうにないわ。早めに頼む!」
「わかった!!」
オレもスキルを発動させる。地面を攻撃した。狙うのは2撃目の標的である手前の岩。それもまた蹴り上げる。3撃目は更に高い位置の岩。そして4撃目……
「うわっ!?」
続けて蹴ろうとした岩が水で濡れて滑る。体勢が崩れる。駄目だ!! 集中力を切らすな!!
毎晩スキルを使用しているうちに、発動中は時間の進みが遅く感じるようになっていた。その緩やかな時間の流れの中で、あちこちに意識を回せる。集中さえし続けていれば、臨機応変に連撃対象を切り替えることが出来る。
5撃目の攻撃対象を別の岩に変更。そして6撃目。まだいける。7撃目。センディの縄まであと少し。
「8撃目ぇ!!」
オレは、左手で縄をしっかりと掴む。しかし安心してられない。ここからが本番だ!
「う……」
急に縄が揺さぶられたことで、気を失っていたセンディが頭を上げた。
「気がついたか?」
「え? あれ? ゲン? どうして?」
「せつめい あと アイツ たおす!」
オレは剣を握る右手に力を込める。眼下でサスルポが壁を叩き続けている。そのたびに、ビリビリ振動がロープに伝わってくる。落ち着け、今がチャンスだ!!
「スキル発動!!」
〈n回連続攻撃〉 ただし今度は1回攻撃のみ。スキル発動時はオレ自身の集中力が倍増し、標的を捉えやすくなる。その副作用的なターゲッティング能力を利用する。サスルポの頭頂に向かって剣を突き出したまま飛び込む。
ブハアアアアアアア!!!
オレの全体重をかけた一撃は、サスルポの頭を貫いた。