*  *  *

「単刀直入に言うね。キミは死にました。ご愁傷様です」

 転生の直前の記憶。
 気がつくとオレは真っ白な空間に立ち尽くしていた。目の前には美人がひとり。彼女から過去形で死を宣告された。

「は? 死んだ? オレが??」
「そ。 前方不注意のSUVにぶつかってドカーン! そのままグシャァッ!!」

 彼女は自分の右手と左手をぶつけると、左手を弾き飛ばし、手を開いてパタパタと降った。ジェスチャーから想像するに、嫌~な死に方をしたようだ。

「……ああ、そういう事か」

 おぼろげながら覚えている。学校帰りの、国道の交差点。ランドセルの男の子が中央分離帯に残されていた。男の子は全く変わらない信号にやきもきし、反対の信号が赤になったのと同時に、こちらに駆け寄ってきた。
 最悪のタイミングだった。右側から前方不注意のクルマが一台、色が変わったばかりの信号を無視して突っこんでくる。

『危ない!』

 今思うと、よくそんな事をしたと思う。オレ史上最高の英雄的行動。そしてどうやら最後だったらしい英雄的行動。とっさに身体が横断歩道に向かって動き出し、男の子を突き飛ばした。

 その後のどうなったか記憶は無く……気がつくとその空間にいた。

「記憶がないのは当たり前。キミ、即死だったから」
「そっすか……。じゃあ、あの子は? あの男の子どうなりました!?」
「この部屋に来たのはキミだけ。君が突き飛ばして、多少ケガしたみたいだけど無事だよ」
「よかった……」

 ほっと、ひと安心。オレ自身が死んでるのに、安心も何もないけど。

「えーっと、そしたらここは何処なんです? 死んだ人が来る場所?……エンマ様的な??」
「そういうことになるかなー。君たちの世界のエンマ様とやらは、私と似ても似つかないけど」

 確かに。どんなキャラデザだったか詳しくは覚えてないけど、エンマ大王といえば髭面で真っ赤な顔の、おっかないおっさんのはずだ。

 目の前にいる人……というか女神様? のルックスは、エンマ様とは真逆だ。白くほんのり透けている薄いドレスに包まれた身体は、めちゃくちゃキレイな曲線を形づくり、おっぱいがめっちゃでっかい。
 顔はもう美人そのもの。目が大きくキリッとしていて、鼻は高く、唇は薄紅色で程よくぽってりと厚い。そして、おっぱいがめっちゃでっかい。
 足元まで伸びる長い髪の毛は、プラチナブロンド……というのだろうか。透き通るような薄い金色で、キラキラと輝いている。そして何より、おっぱいがめっちゃでっかい。

「ここに来る男は皆そうだな。私の()()ばっか見る……」

 女神様はオレの顔を見て言う。やべ、気づかれた。オレは慌てながらもできるだけ自然体で顔を逸らす。アナタが気づいた時に、たまたまそっちの方向に目線が言ってただけで、決してガン見してたわけじゃないですよ……という演技。

「バレバレだって…… まぁそんなことより」

 女神様は両手でオレの顔を掴むと、ぐいと正面に向け直した。

「キミをこれからどうするか、なんだ」

 どうすると言われても……。

「えーっと死んじゃったんスよね? 天国とか地獄とか、そういうとこに行くんじゃ?」
「へぇ、ずいぶん冷静だね? 事故死の人はなかなか受け入れられなくて、泣いたり暴れたりするもんだけど」
「うーん。あの状況だとやっぱそうかーって感じですし。それに未練的なモノもあんまないし……」

 この世に生を受けて17年。正直、人生が充実してると思ったことはない。不幸な生い立ちとは思わないけど、幸せだったかと言うとそうでもない。
 平均的な成績。平均的な顔と身長。友人が多いわけでも、かけがえのない彼女がいるわけでもない。来年受験だけど、特に行きたい学校も将来就きたい仕事もない。そもそもこの17年、人生を楽しむと言えるほど何かに没頭した記憶がない。それがオレにとっては当たり前だったし、このまま張り合いのないぼんやりした一生を過ごすつもりだった。

 死ぬと意識が消滅するのなら、それは御免だ。けど精神的にはピンピンしてる。なら、これはこれでアリだ。
 偉いおっさんに「ゲーム脳だ!」とか言われそうだけど、リセットボタン押して別のゲームを始めると思えば、大してショックはない。あ、いや、でも地獄へ行くのは嫌かな……。

「実はさ、いつもならこのまま冥界へ送る手続きに入るんだけど、今定員オーバー気味でさぁ……」
「は? 定員とかあるんスか??」
「キミたちの住む世界だけでも、歴史が始まってから一千億人以上が死んでるのよ? 冥界は常に拡張工事をしてる横浜駅状態よ?」

 スケールがデカいんだか小さいんだからわからない例えはやめて欲しい。

「んで、只でさえ空きスペース確保が大変なのに、隣の管轄で、最終戦争(ハルマゲドン)があってさー。死者を全員受け入れる体制が整ってないのよ。ごめんねー」

 女神は大して申し訳なさそうに思ってないことが丸わかりな口調で謝る。

「だから今は特例として、別の世界への転生を推奨しているんだよね」
「別の世界へ……転生?」

 どこかで聞いたような話だ。

「うん。もちろん赤ちゃんからのやり直しも出来るんだけど……死の間際に勇敢な行動をとった人間には、優先的に紹介してる世界があるんだ」
「勇敢な行動?」
「男の子、助けたでしょ? そういう人には、死ぬ直前の肉体と精神のまま行って欲しい世界があるの」

 女神様はそう言って右手を頭上に掲げる。するとそこに映像が浮かび上がった。

「これはその世界のサンプル映像。見ての通り、キミたちが言うところのファンタジー世界ってやつ? そういう世界がウチの管轄にあってさ」

 ゲームやアニメで散々見てきた中世ヨーロッパ風の世界が広がっていた。そしてそこで暴れる魔物、それを率いる魔王。さらに、魔王と戦う勇者たち……。それを見てオレは身体を流れる血液がざわつくのを感じた。

「キミには、この勇者の役割をお願いしたいんだよね」
「やるっ! やります!!」

 二つ返事。当たり前だ! マジでリセットボタンじゃん! 別のゲーム始まったじゃん!! 前の世界よりもよっぽど充実した日々を送れそうだ。

「ありがとー!じゃあ、コレ引いてよ」

 女神様は一体何処から取り出したのか、目の前に福引き器を置いた。年末の商店街で見る、六角形で取っ手のついたアレだ。

「なんすかコレ??」
「キミに与える特殊スキル。さぁさぁ回して!」
「はぁ……?」

 オレは言われるがままに取っ手を持ってガラガラと回した。何回転かさせると六角形の横に空いた穴からポンと、虹色に輝く玉が飛び出る。

「おおー!おめでとうございまーっす!!」

 女神様はカランカランと、ハンドベルを鳴らした。

「SSRランクスキル〈n回連続攻撃〉が出ましたー!!」
「SSRって……」

 ずいぶん俗っぽいランク付けだな。

「すごいんですか、コレ?」
「はっきり言ってチート級!」

 女神様は首を縦に振りながら言う。

「常人が1回攻撃するのと同じ速さで、複数回攻撃できるんだ!」
「複数回っていうと、2回とか3回とか?」

 確かにすごいけど、チートってほどでもなさそうな……?

「はぁ……困るよぉ? そんなテレビゲームみたいなちまちましたスケールで考えられると…… 理屈の上では65535回攻撃可能!」
「ろくまっ……ッ!?」

 なるほどそりゃチート級だ……。

「もちろん、しっかりと研鑽を積んでスキルを完全にモノにしないと、その次元には辿り着けないけどねー。でも君が言った2~3回程度ならすぐに出来るはずだよ」
「やった……そんなスキル持ってたら、怖いもん無しじゃんか!」
「よかったねー」
「それじゃあ女神様! さっそくオレをその世界へ飛ばして下さい!!」

 自分にそんな力が備わったと言うなら、さっそく試したい。すぐに剣と魔法の世界で壮大な冒険を繰り広げたい!!

「んーー、なんか他にやることがあった気がするけど……まぁいっか。そのスキル持ってればなんとかなるっしょ」

 女神様はオレの方に手の平を向ける。手の平から光が溢れ、それがオレの身体に伝わってきた。

「んじゃ、いってらっしゃーい」

 光が強くなり、視界が真っ白になる。あまりの眩しさに思わず目をつぶる。

 そして

「ラータ トゥキトマ ヤ?」

 スキルを発揮するとか、壮大な大冒険とか、それ問題だ! 人の言葉がわからねえ!!
 オレの異世界ライフ思った以上に厳しい状況からスタートした。