*  *  *

 はぐれ者の里に戻ってきた。

「何か書くものってある?」

 リョウもアツシも黙って首を振る。

「何にもないのか!?」
「逆に、あると思う?」

 まぁ、それもそうか。この世界の人間とはコミュニケーションを取れないし、里のはぐれ者同士で、何かを書いて記録するような必要があるとも思えない。

「あの、コレとかどうですか?」

 そう言ってアツシが差し出してきたのは、木の板切れと、炭化した薪だった。まあ仕方ない。薪を板にこすりつければ文字を書けないこともない。オレは超原始的な筆記具を受け取った。

 今、村で覚えてきた単語は7つ。昨日ここで推測したものが3つ。それらを思い返しながら板を炭化した薪でこする。太くブサイクな文字だけど読めないことはない。この世界の文字なんか知ったこっちゃないから、全てカタカナ表記だ。

「よーし! 完成!!」

 オレは、板切れを二人に見せた。

―――――――
ラノ:これ
トク:石
アザー:かご
ペペット:木の実
ジャス:水
ワヤァ:木
ウケル:草/面白い
テデット:村
ヤ:疑問符(文の最後に付ける)
―――――――

「これは辞典だ!」
「辞典?」
「そう、異世界語-日本語辞典。……異日辞典と言ったところか」

 リョウとアツシは板をまじまじと見つめる。

「ううーん……」
「努力は認めるけど……」

 二人共、浮かない顔をしている。そんなの作ってどうするんだ、と言いたげだ。

「リョウ、アンタのスキルは何だっけ?」
「え、それは……ああ!」

 リョウは大声を上げた。ワンテンポ遅れて、アツシも何かに気づいたように顔を上げる。

「そうだ〈叡智投影〉だ。日本語の『本』なら投影できるんだろ? ならこの『辞典』も投影可能なんじゃないか?」
「言われてみれば確かに……やったことないけど」
「やってみましょう! ぼ、僕、誰か探してきます!!」

 アツシは小屋を飛び出すと、すぐに別の男の手を引いてやってきた。

「な、なんなんだよアツシ!!」
「この人は宇田川マコト。異世界語はからっきしの僕たちの同類です」
「同類って、ずいぶんな言い方だなオイ。ここにいるヤツ全員そうだろ!」
「よし。リョウ、やってみてくれ」
「お、おう」
「な……何だよお前ら?」

 マコトと呼ばれた男は突然の展開に戸惑っている。その男の前にリョウが立つ。板切れを左手に持ち、右手を男の目の前にかざす。

「リョウ? 一体何を……ちょ、お前、やめろって」
「スキル発動!〈叡智投影〉!!」

 板切れとリョウの右手が青白く輝き、その輝きが男の眉間に吸い込まれていく。

「うわあああっっ!!!」

 発光は一瞬で終わった。

「出来たのか?」
「……多分」
「よし、実験だ」
「何なんだよお前ら本当に!?」

 マコトという男の声は、苛立ち初めている。

「ねえマコト。この世界の言葉で『村』ってなんていう?」
「急になんなんだよ? そりゃテデットだろ!? ……え?」

 自分の口から出た言葉にマコトは戸惑う。

「今、オレなんて……?」
「よし『草』は?」
「ウ、ウケル……。ちなみに『面白い』もウケルだ……ウケるよな」

 マコトは乾いた笑いを浮かべながら答える。

「よっし!」
「成功ですね!」
「これを、この里のメンバー総出でやるんだ。全員で集めた情報をまとめて、さらに辞書の内容を更新する。その内容を全員に投影する。これを繰り返せば……」
「私たち全員が、異世界語を学ぶことが出来る!!」
「そうだ、辞書はオレが作る。〈n回連続攻撃〉を筆記に転用すれば、追加分は一晩で書けるはずだ。もちろん、スキルの連続使用は疲労が蓄積すると思う。でも……」
「僕の〈治癒力増幅〉で疲労は回復できる!!」

 オレは力強くうなずく。3人のスキルがしっかりと噛み合い、相乗効果を発揮する。勝ちパターンの確立だ!!

 当然、新しい言葉をものにするなんて簡単にできることじゃない。オールも舵もないボートで太平洋を横断するようなもんだ。それでも、オレの胸の内には希望の炎は燃え上がっていた。