「…………」
気がつくと、オレは木の幹や根っこに囲まれた不思議な空間にいた。そこに干し草が積まれていて、オレはその上に敷かれたシーツに寝かされている。
「うぐっ……」
上半身を持ち上げると身体中にズキズキと痛みが走る。
「オレ、どうなった……?」
最後の記憶は……あの村の入口だ。門番に殴られて気を失って……それからどうした? オレは痛みを堪えながら這う。その空間は六畳程度の広さ。ひとつだけ小さな出入り口がある。そこから顔を出した。
「ここは……村?」
あの村ではない。人の手で建てられたような家は無い。視界に入るのは枝葉を大きく広げた巨木のみ。だけど、直感的にそこは村だと思った。
縦横無尽に伸びる巨木は、ねじり合わさったり螺旋を描いたりして様々な形を作っている。今オレが這い出てきたような、中に空間を持っていそうな木が数カ所。これは家だ。そしてそれらを繋ぐように、階段や道の役割を担う根と枝が伸びている。天然のツリーハウス……いや、これはどう見ても自然が形作ったものじゃない。
「気がついたの?」
誰かの声。日本語だ!! 俺はとっさに首を横に向ける。鈍痛。
「うぐぐ……」
「もう少し安静にしてなさい。アツシの治癒は効果が出るまで時間がかかるから」
痛みを堪えて眼をゆっくり開ける。女性。黒い長髪にスラリとした体格。その顔は……間違いない、日本人だ。
「アンタは? ここはどこだ?」
「まずは部屋に戻って」
女性はオレの体を引っ張るようにして幹と根の空間に連れ戻した。
「こんなところに寝かせてゴメン。ここはベッドなんて無いけど、根っこの上に寝るよりかはマシだから」
そう言われながら再び干し草に寝かされ、薄い毛布をかけられた。
「私はリョウ。この世界じゃあんまり意味ないみたいんだけど、一応フルネームは前沢リョウ。よろしくね」
「ゲン……杉白ゲンだ」
リョウはオレよりも年上。二十代半ばくらいに見えた。真っ直ぐな眉と、切れ長の目。全体的に整った顔立ちで、元の世界ならスーツを着てキャリアウーマンをやってるのが似合いそうな人だった。
「で、ここは『はぐれ者の里』といったところかな?」
「はぐれ者?」
「あんな所で行き倒れてたってことは……君も持ってないんでしょ? 〈自動翻訳〉」
「あ、ああ。という事はアンタも?」
「ええ。テキトー女神のせいで、第二の人生でハードモードを強いられてる転生者の一人」
リョウは、根っこの一部が大きく盛り上がり、椅子のようになっている所に腰を下ろした。
「私だけじゃない。翻訳スキルを持たないばかりに、他の転生者からは脱落し、現地人からは相手にされない。そんなのが7人、ここに流れ着いている。ここははぐれ者の里ね」
そんな場所があったのか……。
「オレはどうやってここに?」
「アキラ兄さんとハルマが……里の仲間の二人が運んできたの」
「運んできたって……あの村からか?」
「うん。あの村がここからは一番近いから。山の中で採れたキジやイノシシの肉、山菜なんかを、あの村で小麦と交換してるの。言葉無しで出来る、原始的な交易ね」
リョウは小屋の隅に置かれた麻袋を指差した。あの中に小麦が入ってるようだ。
「で、なんでゲンは、あの村の前でボロボロになってたの」
「実は……」
俺は、この世界に転生してからの一部始終をリョウに話した。
「オクト……あいつか……」
リョウは片手で額を押さえながらため息を付いた。
「知ってるのか!?」
「有名人よ。こずるいやり口で各地で聖石をかすめ取ってる、ろくでもないヤツ。そのくせ派閥づくりは有能で、世界各地に仲間を作ってる。王宮の内部にもパイプがあるみたい」
「そういえば、法律に詳しい転生者と知り合いみたいなこと言ってたな」
村長から聖石を奪ったときのことを思い出す。
「あの村に向かう最中に、突然嵐になったからもしかしてって思ったけど……やっぱ聖石が奪われたのね」
「せめて、ひとかけらだけでもと思って、村に返しに行ったんだ。で、門番に痛めつけられて……」
「彼らにしてみれば、村の聖石をだまし取った憎むべき敵だものね。こちらの言い分を説明しようにも、こっちが知ってる言葉は"ウケル"くらいだし」
「ウケル?」
「ああ、それも知らない? ここの言葉で"面白い"って意味よ。要するに"ウケる"ってこと。偶然の一致みたいだけど、これだけは私達の世界と同じなのよね」
『ハハハッ! ウケル!!』
一番最初にあの村の門番たちと押し問答したときのことを思い出す。一瞬だけ日本語を話してると思った。アレはそういう事だったのか!
「あっ 気がついたんですか?」
木の根の空間にもうひとり入ってきた。小柄な少年。オレよりもだいぶ年下、オクトよりも更に幼い印象だ。
「この子が、庵川アツシ。ウチの回復担当で、君の傷に治癒のスキルをかけたの」
「アツシです。完全回復まではもう少しかかると思うので、安静にしてくださいね」
アツシと呼ばれた少年はそう言って、オレに軽く頭を下げた。
* * *
「うん、だいぶ調子良くなった」
日が暮れる頃になって、オレはベッドから起き上がり身体の各部を動かした。身体中の打撲や傷、腫れはすっかり引き、痛みや違和感は完全に消えている。
「本当ですか、よかった!」
「アツシの〈治癒力増幅〉のスキルは人の自然治癒力を強化する。回復魔法のような即効性は無いし、重傷は直せないけど適用範囲が広いの。軽い風邪や肉体疲労の回復、滋養強壮の効果もある」
「この里の人には、人間エナドリとか人間温泉とか言われてます」
アツシは苦笑いをしながら頭をかく。なるほど、言われてみると身体が軽くなった気がする。
「もったいないよねぇ、せっかくのSRスキルなのに。言葉が話せないばっかりにこんな所でくすぶってるんだからさ」
「いやぁ、どうでしょうね。前に入ってたパーティーじゃ、戦闘で使えないヒーラーなんていらねえって、追い出されちゃいましたし」
「使い方をわかってないそのパーティーの奴らが悪いのよ」
「そういうリョウさんだってSSRスキル持ちじゃないですか」
オレの〈n回連続攻撃〉をあの女神はチート級のSSRスキルだと言っていた。同じランクのスキル、一体どんなものなのか?
「SSRスキル持ってるんだ?」
「まあね。確かに使えればとんでもない力を発揮する可能性があるよ。使えればね……」
「というと……?」
「フフフッ 聞いて驚きなさい?」
リョウは、言葉に少し溜めを作った。
「〈叡智投影〉よ!」
「えいち……とーえい?」
言葉から効果がイメージできないスキルだな。なんだそれ?
「あの女神曰く、本の内容を人に理解させるスキルらしいの。例えば、魔術書とか武芸書とかの内容を仲間に投影すれば、それを読まなくても奥義を会得させることが出来るって」
なんだそれ!? 確かに、使い勝手が良さそうなスキルだ。
「ただし前提条件として、私が理解可能な本でないといけない。一度、街のゴミ捨て場に落ちてた古本で試したんだけど、読めない文字じゃどうしようもなかった。どう? 笑えるでしょ?」
「まったく、あの女神もそんなスキルを与えておいて、なんで〈自動翻訳〉を忘れるんでしょうね……」
宝の持ち腐れということか。気の毒すぎる……。
「正直、私もR級、いやN級でいいから、使えるスキルが欲しかったよ。〈魔術素養〉とか〈防御特化〉とか。そうすりゃ、どこかのパーティーに紛れ込めたかもしれないのにね」
「いやぁ、ダメでしょう。この里にだって、そういうスキル持ちがいるけど、みんな結局言葉がわからないって理由で追い出されてきたんですから……」
そう言いながら、リョウとアツシの二人は自嘲気味に笑っていた。
効果は広いが時間がかかる回復スキルと、言葉がわからなければ使えないスキルか。それに比べたらオレのは、まだ扱いやすいスキルということか。
〈n回連続攻撃〉……無我夢中だったから記憶がおぼろげだけど、あの時6回連続までいけたハズだ。それも、狙いはオクトじゃなかった。奴の持つ聖石を標的にした「攻撃」。しかも5撃目はダガーではなく、素手で掴むという行為。さらには、最後の一撃は地面を蹴っただけだ。この2つは攻撃ですら無い。
女神は熟練次第で攻撃回数を増やせると言ってたけど、それ以上に幅が広い使い方が出来るのかも……。
「まてよ?」
そこまで思いを巡らせた所で、頭の中で何かが繋がる。
「どうしたの、ゲン?」
オレが出した声に気づき、リョウとアツシは話を止めてこっちを見てきた。
「いや、ちょっと……」
もう少しだけ考える。うん……うん……ひょっとしたらやれるかも。
「なあリョウ、あんたさっき、この世界で分かる言葉は『ウケル』くらいだって言ってたよな?」
「言ったけど……それが?」
「それをどこで知った?」
「どこでって、この世界の人が笑う時に必ずそう言ってたからよ。引っかかるでしょ、日本語の『ウケる』とほぼ同じ使い方なんだから」
「だよな、そうだよな!」
うん、そうだ。リョウはこの世界の人間の言葉を聞き取って意味を推測したんだ。思い返せばオクト達も、直接この世界の言葉を理解してるわけではないのに、この世界に助数詞がない事に気づいていた。
「他には、他に知ってる言葉は?」
「いや、だから無いって」
「本当か? 本当にそうか!?」
「な、何よ急に……?」
突然問い詰められたリョウはたじろいでいる。他に何か、何か気づいたことがあれば……。
「……ヤ」
アツシがぽつりとつぶやく。
「『ヤ』ですよ! この世界の人、何かを尋ねる時に語尾に『ヤ』ってつけません?」
「ああ……言われてみれば」
「それだ!!」
疑問文の最後にヤを付ける。超重要情報だ!
「じゃあ『これ』とか『あれ』って何ていうかわからないか?」
「ねえゲン。本当にどうしたの?」
「何となくでいいんだ。『これ』とか『あれ』にあたりそうな言葉に思い当たりないか」
オレは高揚していた。こんな気分初めてだ。オレの大冒険がようやく始まるかもしれない!
「『これ』とか『あれ』ねぇ…… アツシわかる?」
「うーん、どうかな……?」
二人は腕組みをしながら、記憶を絞り出している。
「物々交換の時に『ラノ』とか『ラータ』とか言われる事があるけど、アレかなぁ……?」
「ああ……僕も、指を差してラノなんちゃらみたいな事言われた覚えあります」
「多分それだ! リョウ、アツシ、明日オレをまたあの村に連れて行ってくれ」
「明日ぁ? 物々交換やったばかっかで、持っていくものなんかないよ?」
「手ぶらでいい。……いや、なんかあった方がいいな。果物とか」
「それなら、ヤマモモみたいな甘酸っぱい木の実が、この辺の山に沢山なってますよ」
「よし、それを採りながら村へ行こう。二人共、道案内頼む!」
オレは両手を合わせて二人に頭を下げる。
「……そこまで言うなら仕方ないね。アツシもいい?」
「いいですよ。どうせやらなきゃいけない事があるような生活でもないですし」
気がつくと、オレは木の幹や根っこに囲まれた不思議な空間にいた。そこに干し草が積まれていて、オレはその上に敷かれたシーツに寝かされている。
「うぐっ……」
上半身を持ち上げると身体中にズキズキと痛みが走る。
「オレ、どうなった……?」
最後の記憶は……あの村の入口だ。門番に殴られて気を失って……それからどうした? オレは痛みを堪えながら這う。その空間は六畳程度の広さ。ひとつだけ小さな出入り口がある。そこから顔を出した。
「ここは……村?」
あの村ではない。人の手で建てられたような家は無い。視界に入るのは枝葉を大きく広げた巨木のみ。だけど、直感的にそこは村だと思った。
縦横無尽に伸びる巨木は、ねじり合わさったり螺旋を描いたりして様々な形を作っている。今オレが這い出てきたような、中に空間を持っていそうな木が数カ所。これは家だ。そしてそれらを繋ぐように、階段や道の役割を担う根と枝が伸びている。天然のツリーハウス……いや、これはどう見ても自然が形作ったものじゃない。
「気がついたの?」
誰かの声。日本語だ!! 俺はとっさに首を横に向ける。鈍痛。
「うぐぐ……」
「もう少し安静にしてなさい。アツシの治癒は効果が出るまで時間がかかるから」
痛みを堪えて眼をゆっくり開ける。女性。黒い長髪にスラリとした体格。その顔は……間違いない、日本人だ。
「アンタは? ここはどこだ?」
「まずは部屋に戻って」
女性はオレの体を引っ張るようにして幹と根の空間に連れ戻した。
「こんなところに寝かせてゴメン。ここはベッドなんて無いけど、根っこの上に寝るよりかはマシだから」
そう言われながら再び干し草に寝かされ、薄い毛布をかけられた。
「私はリョウ。この世界じゃあんまり意味ないみたいんだけど、一応フルネームは前沢リョウ。よろしくね」
「ゲン……杉白ゲンだ」
リョウはオレよりも年上。二十代半ばくらいに見えた。真っ直ぐな眉と、切れ長の目。全体的に整った顔立ちで、元の世界ならスーツを着てキャリアウーマンをやってるのが似合いそうな人だった。
「で、ここは『はぐれ者の里』といったところかな?」
「はぐれ者?」
「あんな所で行き倒れてたってことは……君も持ってないんでしょ? 〈自動翻訳〉」
「あ、ああ。という事はアンタも?」
「ええ。テキトー女神のせいで、第二の人生でハードモードを強いられてる転生者の一人」
リョウは、根っこの一部が大きく盛り上がり、椅子のようになっている所に腰を下ろした。
「私だけじゃない。翻訳スキルを持たないばかりに、他の転生者からは脱落し、現地人からは相手にされない。そんなのが7人、ここに流れ着いている。ここははぐれ者の里ね」
そんな場所があったのか……。
「オレはどうやってここに?」
「アキラ兄さんとハルマが……里の仲間の二人が運んできたの」
「運んできたって……あの村からか?」
「うん。あの村がここからは一番近いから。山の中で採れたキジやイノシシの肉、山菜なんかを、あの村で小麦と交換してるの。言葉無しで出来る、原始的な交易ね」
リョウは小屋の隅に置かれた麻袋を指差した。あの中に小麦が入ってるようだ。
「で、なんでゲンは、あの村の前でボロボロになってたの」
「実は……」
俺は、この世界に転生してからの一部始終をリョウに話した。
「オクト……あいつか……」
リョウは片手で額を押さえながらため息を付いた。
「知ってるのか!?」
「有名人よ。こずるいやり口で各地で聖石をかすめ取ってる、ろくでもないヤツ。そのくせ派閥づくりは有能で、世界各地に仲間を作ってる。王宮の内部にもパイプがあるみたい」
「そういえば、法律に詳しい転生者と知り合いみたいなこと言ってたな」
村長から聖石を奪ったときのことを思い出す。
「あの村に向かう最中に、突然嵐になったからもしかしてって思ったけど……やっぱ聖石が奪われたのね」
「せめて、ひとかけらだけでもと思って、村に返しに行ったんだ。で、門番に痛めつけられて……」
「彼らにしてみれば、村の聖石をだまし取った憎むべき敵だものね。こちらの言い分を説明しようにも、こっちが知ってる言葉は"ウケル"くらいだし」
「ウケル?」
「ああ、それも知らない? ここの言葉で"面白い"って意味よ。要するに"ウケる"ってこと。偶然の一致みたいだけど、これだけは私達の世界と同じなのよね」
『ハハハッ! ウケル!!』
一番最初にあの村の門番たちと押し問答したときのことを思い出す。一瞬だけ日本語を話してると思った。アレはそういう事だったのか!
「あっ 気がついたんですか?」
木の根の空間にもうひとり入ってきた。小柄な少年。オレよりもだいぶ年下、オクトよりも更に幼い印象だ。
「この子が、庵川アツシ。ウチの回復担当で、君の傷に治癒のスキルをかけたの」
「アツシです。完全回復まではもう少しかかると思うので、安静にしてくださいね」
アツシと呼ばれた少年はそう言って、オレに軽く頭を下げた。
* * *
「うん、だいぶ調子良くなった」
日が暮れる頃になって、オレはベッドから起き上がり身体の各部を動かした。身体中の打撲や傷、腫れはすっかり引き、痛みや違和感は完全に消えている。
「本当ですか、よかった!」
「アツシの〈治癒力増幅〉のスキルは人の自然治癒力を強化する。回復魔法のような即効性は無いし、重傷は直せないけど適用範囲が広いの。軽い風邪や肉体疲労の回復、滋養強壮の効果もある」
「この里の人には、人間エナドリとか人間温泉とか言われてます」
アツシは苦笑いをしながら頭をかく。なるほど、言われてみると身体が軽くなった気がする。
「もったいないよねぇ、せっかくのSRスキルなのに。言葉が話せないばっかりにこんな所でくすぶってるんだからさ」
「いやぁ、どうでしょうね。前に入ってたパーティーじゃ、戦闘で使えないヒーラーなんていらねえって、追い出されちゃいましたし」
「使い方をわかってないそのパーティーの奴らが悪いのよ」
「そういうリョウさんだってSSRスキル持ちじゃないですか」
オレの〈n回連続攻撃〉をあの女神はチート級のSSRスキルだと言っていた。同じランクのスキル、一体どんなものなのか?
「SSRスキル持ってるんだ?」
「まあね。確かに使えればとんでもない力を発揮する可能性があるよ。使えればね……」
「というと……?」
「フフフッ 聞いて驚きなさい?」
リョウは、言葉に少し溜めを作った。
「〈叡智投影〉よ!」
「えいち……とーえい?」
言葉から効果がイメージできないスキルだな。なんだそれ?
「あの女神曰く、本の内容を人に理解させるスキルらしいの。例えば、魔術書とか武芸書とかの内容を仲間に投影すれば、それを読まなくても奥義を会得させることが出来るって」
なんだそれ!? 確かに、使い勝手が良さそうなスキルだ。
「ただし前提条件として、私が理解可能な本でないといけない。一度、街のゴミ捨て場に落ちてた古本で試したんだけど、読めない文字じゃどうしようもなかった。どう? 笑えるでしょ?」
「まったく、あの女神もそんなスキルを与えておいて、なんで〈自動翻訳〉を忘れるんでしょうね……」
宝の持ち腐れということか。気の毒すぎる……。
「正直、私もR級、いやN級でいいから、使えるスキルが欲しかったよ。〈魔術素養〉とか〈防御特化〉とか。そうすりゃ、どこかのパーティーに紛れ込めたかもしれないのにね」
「いやぁ、ダメでしょう。この里にだって、そういうスキル持ちがいるけど、みんな結局言葉がわからないって理由で追い出されてきたんですから……」
そう言いながら、リョウとアツシの二人は自嘲気味に笑っていた。
効果は広いが時間がかかる回復スキルと、言葉がわからなければ使えないスキルか。それに比べたらオレのは、まだ扱いやすいスキルということか。
〈n回連続攻撃〉……無我夢中だったから記憶がおぼろげだけど、あの時6回連続までいけたハズだ。それも、狙いはオクトじゃなかった。奴の持つ聖石を標的にした「攻撃」。しかも5撃目はダガーではなく、素手で掴むという行為。さらには、最後の一撃は地面を蹴っただけだ。この2つは攻撃ですら無い。
女神は熟練次第で攻撃回数を増やせると言ってたけど、それ以上に幅が広い使い方が出来るのかも……。
「まてよ?」
そこまで思いを巡らせた所で、頭の中で何かが繋がる。
「どうしたの、ゲン?」
オレが出した声に気づき、リョウとアツシは話を止めてこっちを見てきた。
「いや、ちょっと……」
もう少しだけ考える。うん……うん……ひょっとしたらやれるかも。
「なあリョウ、あんたさっき、この世界で分かる言葉は『ウケル』くらいだって言ってたよな?」
「言ったけど……それが?」
「それをどこで知った?」
「どこでって、この世界の人が笑う時に必ずそう言ってたからよ。引っかかるでしょ、日本語の『ウケる』とほぼ同じ使い方なんだから」
「だよな、そうだよな!」
うん、そうだ。リョウはこの世界の人間の言葉を聞き取って意味を推測したんだ。思い返せばオクト達も、直接この世界の言葉を理解してるわけではないのに、この世界に助数詞がない事に気づいていた。
「他には、他に知ってる言葉は?」
「いや、だから無いって」
「本当か? 本当にそうか!?」
「な、何よ急に……?」
突然問い詰められたリョウはたじろいでいる。他に何か、何か気づいたことがあれば……。
「……ヤ」
アツシがぽつりとつぶやく。
「『ヤ』ですよ! この世界の人、何かを尋ねる時に語尾に『ヤ』ってつけません?」
「ああ……言われてみれば」
「それだ!!」
疑問文の最後にヤを付ける。超重要情報だ!
「じゃあ『これ』とか『あれ』って何ていうかわからないか?」
「ねえゲン。本当にどうしたの?」
「何となくでいいんだ。『これ』とか『あれ』にあたりそうな言葉に思い当たりないか」
オレは高揚していた。こんな気分初めてだ。オレの大冒険がようやく始まるかもしれない!
「『これ』とか『あれ』ねぇ…… アツシわかる?」
「うーん、どうかな……?」
二人は腕組みをしながら、記憶を絞り出している。
「物々交換の時に『ラノ』とか『ラータ』とか言われる事があるけど、アレかなぁ……?」
「ああ……僕も、指を差してラノなんちゃらみたいな事言われた覚えあります」
「多分それだ! リョウ、アツシ、明日オレをまたあの村に連れて行ってくれ」
「明日ぁ? 物々交換やったばかっかで、持っていくものなんかないよ?」
「手ぶらでいい。……いや、なんかあった方がいいな。果物とか」
「それなら、ヤマモモみたいな甘酸っぱい木の実が、この辺の山に沢山なってますよ」
「よし、それを採りながら村へ行こう。二人共、道案内頼む!」
オレは両手を合わせて二人に頭を下げる。
「……そこまで言うなら仕方ないね。アツシもいい?」
「いいですよ。どうせやらなきゃいけない事があるような生活でもないですし」