* * *
「……」
川沿いの街道。オクトたちの後ろを歩く。この川の河口に大きな港街があるらしい。そしてそこから船に乗って王宮へ向かう。
オクトの腰の袋には今、ケルベロスの頭に代わって、村長からせしめた聖石3つが入っている。
「この調子でやっていけば年内に100は集まるな」
「ああ。それを全部精製して、武器にする。それを信用できる転生者仲間に回して勇者軍を組織して……」
「アタシらが、この世界を救うってワケね!!」
目論見が上手くいって、3人は上機嫌だ。
「…………」
最終的にはほとんど強奪だった。アグリが村長を押しのけて祭壇に上り、残り二つの聖石を取り上げる。それを取り返そうとする村長は、ジュリアの呪文で金縛りにかかり、その場に崩れ落ちた。
『王宮に訴えてもいいですよ? 今の法院長は法律に厳しい人だ。なにせ、日本の司法試験に合格した転生者ですから。契約書がある僕たちの言い分と、アナタの感情だけの言い分、どっちが正しいか判断してくれます』
オクトは冷たい笑顔で言い捨てて、村を後にした。
「………………」
ゴロゴロと雷が鳴る。見上げると、空はどす黒い雲に覆われていた。そこから何かが降ってきて地面に激突する。氷の塊。バラバラバラと、けたたましい音を立てて、握りこぶしほどの大きさの雹が平原全体に降り注ぎ始めた。
「うわっ! ジュリア!!」
「うっ うん!!」
ジュリアが魔法の防壁を上に向かって張った。
「あっぶねえ……」
「マナの暴走が始まったみたいだな」
「まー仕方ないよね。聖石なくなっちゃったんだもん」
「え、どういうことだ?」
3人が一斉に僕の方を向く。
「どうって…… 見ての通りさ。ほら」
オクトは袋の中から聖石をひとつ取り出す。 村の祭壇に安置されていたときの暖かな光とはまるで違う。赤い血のような禍々しい色で発光している。
「聖石があるべき所から移されて、土地全体のマナのバランスが崩れ始めたんだ。雹、日照り、山火事……そういう災害がこれからしばらくこの土地で続く」
「ダメだろそれ!?」
「魔王討伐のためさ」
「いつまでもこのままってワケじゃないよ? マナのバランスが落ち着けば、新しい聖石が発生するから」
「まぁ、その聖石がこの大きさになるまでの数十年は、凶作続きだろうけどな」
アグリもジュリアも、何でもないことのように言った。
「……返すべきだろ」
「は?」
3人はキョトンとした表情で、オレを見てくる。なんだその顔は。オレはそんな変なこと言ってないぞ!?
「せめてそのひとつだけでも、あの祭壇に戻そう! でなきゃあの村は……」
「そのひとつで作れるはずだった武器が無いばかりに魔王討伐に失敗したら? 俺たちはそういう戦いをしている」
そういう戦いだって? 言葉の違いを利用して、詐欺まがいのやり方で村を騙すのが、勇者の戦いか?
「渡せ、オレが祭壇に戻してくる」
「だめだって」
「渡せ!」
オレはオクトに飛びかかった。
「なにしやがる!!」
が、横からアグリの体当たりをくらい、数メートルふっとばされる。魔法障壁の傘からはじき出されたオレの体の上に、容赦なく雹が降り注ぐ。
「ぐあああっ!!」
オレは氷の塊から身を守るために、背中を丸めてうずくまる。
「ゲン!! この世界の言葉が理解できないなら、わかるだろう? 」
オクトは、亀のようなオレを見下ろす。
「言葉を使えないやつが悪い。”1頭”と”頭1つ”の区別もつかない、原始的な言語のこの世界の連中が悪いんだ! 僕はそんな連中に変わって、この世界を魔王から救う。恨まれる覚えはないよ」
「ふざけるな! そんな言い分、通用するか!?」
「するさ。僕たち転生者は」
なんだ、こいつは。同じ世界からこの世界に飛ばされた者同士という親近感は溶けて消える。目の前には不気味な異物が3つ立っている。
「キミも選べ。僕たちについていくか、言葉を知らない世界で野垂れ死ぬか。ふたつにひとつだ」
「俺たちにもお前のSSRスキルは必要だ。割り切ってオレたちについてきてくれ」
「そうだよ! みんなで楽しくやろーよ」
死んでも……。そうだ……
「死んでも嫌だね!!」
オレは渾身の力を込めてスキルを発動させる。〈n回連続攻撃〉 何回まで続けられるか? ダガーをオクトの懐に目掛けて衝く。3人とも、オレの動きにまだ反応していない。いまのうちだ。何度も衝く。2連撃、3連撃、4連撃……
「なっ!?」
オクトが反撃に出ようとするその前に聖石が砕けた。5連撃目はダガーではなく左手を出す。砕けた聖石のかけらを掴む。6連撃目はキック。オクトに対してではない。地面に向かって渾身の蹴りを入れる。反動で、オレは高く跳躍し、街道沿いの河へ落下する。
この6連撃は考えてやったわけじゃない。無我夢中だった。身体が勝手に動いた。落ちた河は上流からの水が増え、いつの間にか激流と化している。そして頭上からは容赦なく振り削ぐ氷の塊。奴らも追ってこれない。
オレは聖石のかけらを握りしめたまま、対岸に流れ着くことを願った。
「……」
川沿いの街道。オクトたちの後ろを歩く。この川の河口に大きな港街があるらしい。そしてそこから船に乗って王宮へ向かう。
オクトの腰の袋には今、ケルベロスの頭に代わって、村長からせしめた聖石3つが入っている。
「この調子でやっていけば年内に100は集まるな」
「ああ。それを全部精製して、武器にする。それを信用できる転生者仲間に回して勇者軍を組織して……」
「アタシらが、この世界を救うってワケね!!」
目論見が上手くいって、3人は上機嫌だ。
「…………」
最終的にはほとんど強奪だった。アグリが村長を押しのけて祭壇に上り、残り二つの聖石を取り上げる。それを取り返そうとする村長は、ジュリアの呪文で金縛りにかかり、その場に崩れ落ちた。
『王宮に訴えてもいいですよ? 今の法院長は法律に厳しい人だ。なにせ、日本の司法試験に合格した転生者ですから。契約書がある僕たちの言い分と、アナタの感情だけの言い分、どっちが正しいか判断してくれます』
オクトは冷たい笑顔で言い捨てて、村を後にした。
「………………」
ゴロゴロと雷が鳴る。見上げると、空はどす黒い雲に覆われていた。そこから何かが降ってきて地面に激突する。氷の塊。バラバラバラと、けたたましい音を立てて、握りこぶしほどの大きさの雹が平原全体に降り注ぎ始めた。
「うわっ! ジュリア!!」
「うっ うん!!」
ジュリアが魔法の防壁を上に向かって張った。
「あっぶねえ……」
「マナの暴走が始まったみたいだな」
「まー仕方ないよね。聖石なくなっちゃったんだもん」
「え、どういうことだ?」
3人が一斉に僕の方を向く。
「どうって…… 見ての通りさ。ほら」
オクトは袋の中から聖石をひとつ取り出す。 村の祭壇に安置されていたときの暖かな光とはまるで違う。赤い血のような禍々しい色で発光している。
「聖石があるべき所から移されて、土地全体のマナのバランスが崩れ始めたんだ。雹、日照り、山火事……そういう災害がこれからしばらくこの土地で続く」
「ダメだろそれ!?」
「魔王討伐のためさ」
「いつまでもこのままってワケじゃないよ? マナのバランスが落ち着けば、新しい聖石が発生するから」
「まぁ、その聖石がこの大きさになるまでの数十年は、凶作続きだろうけどな」
アグリもジュリアも、何でもないことのように言った。
「……返すべきだろ」
「は?」
3人はキョトンとした表情で、オレを見てくる。なんだその顔は。オレはそんな変なこと言ってないぞ!?
「せめてそのひとつだけでも、あの祭壇に戻そう! でなきゃあの村は……」
「そのひとつで作れるはずだった武器が無いばかりに魔王討伐に失敗したら? 俺たちはそういう戦いをしている」
そういう戦いだって? 言葉の違いを利用して、詐欺まがいのやり方で村を騙すのが、勇者の戦いか?
「渡せ、オレが祭壇に戻してくる」
「だめだって」
「渡せ!」
オレはオクトに飛びかかった。
「なにしやがる!!」
が、横からアグリの体当たりをくらい、数メートルふっとばされる。魔法障壁の傘からはじき出されたオレの体の上に、容赦なく雹が降り注ぐ。
「ぐあああっ!!」
オレは氷の塊から身を守るために、背中を丸めてうずくまる。
「ゲン!! この世界の言葉が理解できないなら、わかるだろう? 」
オクトは、亀のようなオレを見下ろす。
「言葉を使えないやつが悪い。”1頭”と”頭1つ”の区別もつかない、原始的な言語のこの世界の連中が悪いんだ! 僕はそんな連中に変わって、この世界を魔王から救う。恨まれる覚えはないよ」
「ふざけるな! そんな言い分、通用するか!?」
「するさ。僕たち転生者は」
なんだ、こいつは。同じ世界からこの世界に飛ばされた者同士という親近感は溶けて消える。目の前には不気味な異物が3つ立っている。
「キミも選べ。僕たちについていくか、言葉を知らない世界で野垂れ死ぬか。ふたつにひとつだ」
「俺たちにもお前のSSRスキルは必要だ。割り切ってオレたちについてきてくれ」
「そうだよ! みんなで楽しくやろーよ」
死んでも……。そうだ……
「死んでも嫌だね!!」
オレは渾身の力を込めてスキルを発動させる。〈n回連続攻撃〉 何回まで続けられるか? ダガーをオクトの懐に目掛けて衝く。3人とも、オレの動きにまだ反応していない。いまのうちだ。何度も衝く。2連撃、3連撃、4連撃……
「なっ!?」
オクトが反撃に出ようとするその前に聖石が砕けた。5連撃目はダガーではなく左手を出す。砕けた聖石のかけらを掴む。6連撃目はキック。オクトに対してではない。地面に向かって渾身の蹴りを入れる。反動で、オレは高く跳躍し、街道沿いの河へ落下する。
この6連撃は考えてやったわけじゃない。無我夢中だった。身体が勝手に動いた。落ちた河は上流からの水が増え、いつの間にか激流と化している。そして頭上からは容赦なく振り削ぐ氷の塊。奴らも追ってこれない。
オレは聖石のかけらを握りしめたまま、対岸に流れ着くことを願った。