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隣り町の高校に進学した僕は、「普通の学校生活」を送ろうとした。
普通にが学校に通い、普通に授業を受け、普通に部活をし、普通に帰宅する。別に、目立つ必要は無い。友達百人なんて必要ない。彼女だっていらない。何もかも普通でいい。それがいい。
その望みは淡く砕け散った。
その高校には、僕の中学時代の同級生も、数名進学していたのだ。そして、そのほとんどが僕のことを恨んでいた。
彼らは、僕による被害者を少しでも減らすために、「正義心」を暴走させて、僕の地位を失墜させることに努めた。
僕と関わると不幸になる。
僕と関わると呪われる。
僕を攻撃すると殺される。
入学一か月で、僕の小学校、中学校時代の悪名は、学校中に知れ渡った。おかげで、僕と普通に接してくれる人間はほとんどいなくなった。一学期の頃はまだマシだった。好奇心で話しかけてくれる人間がいたからだ。
休み時間や放課後になると、必ず誰かがやってきて、「ねえ、中学校時代の噂って本当なの?」「ねえ、本当に呪われるの?」「ねえ、呪ってみせてよ」って聞いてきた。「面白いやつ見つけちゃった!」って感じの顔をしていたことを覚えている。
当然、僕は否定した。そんなの嘘だ。噂だ。って。
面白みに欠ける僕の答えに、みんな納得いかないような顔をしてその場を去っていった。
相変わらず、中学時代の同級生は僕の噂を広めていた。彼らの、僕を陥れようとする言い方は、何処か嘘くさくて、信憑性に欠けた。おかげで、思ったよりも僕が迫害されることは無かった。
僕は一人だった。
一人で学校に行き、授業を受け、一人で弁当を食べ、一人で帰宅する。
一人、一人、一人、一人、独り、独り、独り、独り…。
いつも独りだった。
案外、過ごしやすかった。人の顔色を伺う必要も無いし、好きなことを好きなタイミングでできる。時々、教室でじゃれ合っている者を見ると、寂しい気持ちになり、僕もその中に入っていきたくもなったが、よくよく考えれば、大して親しくもない人間とじゃれ合っても気持ち悪いだけだと思った。
二学期が始まるころ、ようやく孤独に慣れた僕に、友達ができた。
それが、西条加奈子だった。
彼女はとにかく優しくて、「困っている人間を放っておけない」タイプのやつだった。
教室の隅で黙々と弁当を食べている僕が、彼女には「困っている人間」に見えたのだろう。「ねえ、なにしてるの?」って、鈴を鳴らすような声で話しかけてきたのだ。。
西条加奈子は、絵に描いたような聖女だった。
僕が授業中居眠りをしていると、その後、授業ノートを見せてくれた。僕が一人で弁当を食べていると、「一緒に食べよう!」って言って、向かい側に座った。勉強でわからないことがあれば、先生顔負けで、わかりやすく教えてくれた。帰り道の方向が一緒だったので、一緒に肩を並べて帰った。寄り道をして、アイスクリームやらたこ焼きやらを買って食べた事もあった。
自分の体質を理解していたものの、その頃の僕は「来る者は拒まず」だった。だから、彼女の親切心はありがたく受け取った。おかげで、「友人」という存在を渇望していた僕の心は満たされた。
一度だけ聞いたことがある。「どうして、僕に構ってくれるんだ?」と。
西条加奈子は、ふふっと笑って、「君が寂しそうにしてたから」と言った。
僕は鼻で笑って返した。「お前も僕の噂は知っているだろう?」と。
彼女は頬を膨らませて返した。「うん! 知ってる!」
知っているのか…、じゃあ、なんで?
そう聞こうとする前に、彼女は言った。
「酷いよね! なんであんな酷いことを言えるんだろうね!」
面食らったのを覚えている。
西条加奈子は、天使のように微笑んで、僕に言ってくれた。
「だいじょうぶだよ! リッカ君は優しい子だからね! 人を呪い殺したりなんてしないし! 君と一緒にいて、不幸になんかならないよ! 絶対!」
彼女は帰り道、路地に差し込む夕日を背に、そう宣言した。
「だって、私が幸せだから! 君と一緒にいることは、人を幸せにするんだよ!」と。
すごく嬉しかったのを覚えている。涙が出そうになったくらいに。「ああ、そうか…、僕は別に、人を不幸にするわけじゃないんだ」っていう幻覚に囚われた。
今思えば、彼女は「正義」に溢れ、「優しく」もあり、そして、「鈍感」だった。
融通が利かない。って言うのだろうか? 彼女の選ぶ選択は、常に「イエス」か「ノー」だったのだ。
人を虐めてはいけません。
人を悲しませてはいけません。
ズルをしてはいけません。
そんな小学校の道徳で習うようなことを、彼女はその魂を用いて体現していた。
周りは、彼女に「彼と関わったら、呪われるよ」って忠告をする。彼女は顔を真っ赤にして怒った。「そんなこと言ったらダメでしょうが!」って。
彼女は正しいことをした。そうだよな、人の悪口を言ったらダメだよな。
だけど、僕の場合は特別だ。僕には実例があった。「人を不幸にする」という実例が。確証は無いが、僕と関われば、本当に何かがあるのだ。
僕のことを忠告した者たちに対し、涙ながらに反論した彼女の行動は、道端に煙草を捨てた者に対し、大声で「煙草を捨ててはいけません」というようなものだった。つまり、融通が利かないのだ。身の振り方を知らなかったのだ。
僕と同じように、西条加奈子は、孤立していった。みんな、憐れむような目で彼女を見て、「ああ、あの子はもうダメだ」って言いたげだった。
だけど、彼女は笑っていた。「自分は正しいことをしたんだ!」と胸を張った。
「だいじょうぶだよ! リッカ君! 私は君の味方だから! 君と一緒にいると、幸せになれるって! 私が証明してあげるから!」
その言葉を聞いた時、また、目頭が熱くなったのを覚えている。
僕と関わった者は、必ず不幸になる…、はず。なのに、彼女の幸せそうな顔を見ると、なっぜか信じて見たくなった。それが、嘘や勘違いの類であるということを。
そして、三学期に入った頃、彼女の体調が悪化した。
僕と話しているとき、弁当を食べているとき、一緒に歩いている時、彼女はいつも咳き込んでいた。ゲホッ! ゲホッ! って、気管の内側をやすりで研いでいるかのような、痛々しい病的な咳だった。
僕が「大丈夫?」と聞くと、彼女は青白い顔で笑って、「大丈夫!」と言った。その時はまだ、春が近づいて、寒暖差が大きい季節だから、風邪を引いたのだろうと思い込んでいた。
四月に入り、新学期が始まった時、僕と西条加奈子は一緒のクラスになった。
あの時は本当に嬉しかった。人前にも関わらず、お互いに手を合わせて、「やったね!」「やったな!」って言い合い、兎みたいに跳びまわった。周りの冷たい視線が痛かった。でも、嬉しかった。
その瞬間、西条加奈子は血を吐いて倒れた。
彼女はすぐに病院院に搬送され、そのまま入院となった。
僕はすぐに、花と菓子折りを用意して、彼女が入院している病院にお見舞いに向かった。体調が安定しないらしく、面会をすることはできなかったが、代わりに彼女の両親に出会った。二人ともおっとりとして、いい人だった。僕のことは彼女から聞かされているらしく、「頑張ってね」と、逆に励まされた。
そして半年後、彼女の両親が、血を吐いて倒れた。
最初は感染症を疑われたらしいが、検査しても原因がわからなかったという。
クラスのみんなが、バケモノを見るような目で僕を見ていた。
僕も、「やっぱり僕って、バケモノじゃないか?」って思うようになった。
ああ、そっか、そうなるかあ…。やっぱり、そうだよなあ。
それから二年間、西条加奈子が学校に姿を見せることは無かった。彼女は実証できなかった。「僕といると幸せになれる」ということを。結局、血を吐いて、病院のベッドに横たわり、身体中に変なチューブを繋がれ、無益な時間を過ごすことになったのだ。
あれから、四年が経った。
人の憎悪を増幅させるには、十分な時間だと思った。
隣り町の高校に進学した僕は、「普通の学校生活」を送ろうとした。
普通にが学校に通い、普通に授業を受け、普通に部活をし、普通に帰宅する。別に、目立つ必要は無い。友達百人なんて必要ない。彼女だっていらない。何もかも普通でいい。それがいい。
その望みは淡く砕け散った。
その高校には、僕の中学時代の同級生も、数名進学していたのだ。そして、そのほとんどが僕のことを恨んでいた。
彼らは、僕による被害者を少しでも減らすために、「正義心」を暴走させて、僕の地位を失墜させることに努めた。
僕と関わると不幸になる。
僕と関わると呪われる。
僕を攻撃すると殺される。
入学一か月で、僕の小学校、中学校時代の悪名は、学校中に知れ渡った。おかげで、僕と普通に接してくれる人間はほとんどいなくなった。一学期の頃はまだマシだった。好奇心で話しかけてくれる人間がいたからだ。
休み時間や放課後になると、必ず誰かがやってきて、「ねえ、中学校時代の噂って本当なの?」「ねえ、本当に呪われるの?」「ねえ、呪ってみせてよ」って聞いてきた。「面白いやつ見つけちゃった!」って感じの顔をしていたことを覚えている。
当然、僕は否定した。そんなの嘘だ。噂だ。って。
面白みに欠ける僕の答えに、みんな納得いかないような顔をしてその場を去っていった。
相変わらず、中学時代の同級生は僕の噂を広めていた。彼らの、僕を陥れようとする言い方は、何処か嘘くさくて、信憑性に欠けた。おかげで、思ったよりも僕が迫害されることは無かった。
僕は一人だった。
一人で学校に行き、授業を受け、一人で弁当を食べ、一人で帰宅する。
一人、一人、一人、一人、独り、独り、独り、独り…。
いつも独りだった。
案外、過ごしやすかった。人の顔色を伺う必要も無いし、好きなことを好きなタイミングでできる。時々、教室でじゃれ合っている者を見ると、寂しい気持ちになり、僕もその中に入っていきたくもなったが、よくよく考えれば、大して親しくもない人間とじゃれ合っても気持ち悪いだけだと思った。
二学期が始まるころ、ようやく孤独に慣れた僕に、友達ができた。
それが、西条加奈子だった。
彼女はとにかく優しくて、「困っている人間を放っておけない」タイプのやつだった。
教室の隅で黙々と弁当を食べている僕が、彼女には「困っている人間」に見えたのだろう。「ねえ、なにしてるの?」って、鈴を鳴らすような声で話しかけてきたのだ。。
西条加奈子は、絵に描いたような聖女だった。
僕が授業中居眠りをしていると、その後、授業ノートを見せてくれた。僕が一人で弁当を食べていると、「一緒に食べよう!」って言って、向かい側に座った。勉強でわからないことがあれば、先生顔負けで、わかりやすく教えてくれた。帰り道の方向が一緒だったので、一緒に肩を並べて帰った。寄り道をして、アイスクリームやらたこ焼きやらを買って食べた事もあった。
自分の体質を理解していたものの、その頃の僕は「来る者は拒まず」だった。だから、彼女の親切心はありがたく受け取った。おかげで、「友人」という存在を渇望していた僕の心は満たされた。
一度だけ聞いたことがある。「どうして、僕に構ってくれるんだ?」と。
西条加奈子は、ふふっと笑って、「君が寂しそうにしてたから」と言った。
僕は鼻で笑って返した。「お前も僕の噂は知っているだろう?」と。
彼女は頬を膨らませて返した。「うん! 知ってる!」
知っているのか…、じゃあ、なんで?
そう聞こうとする前に、彼女は言った。
「酷いよね! なんであんな酷いことを言えるんだろうね!」
面食らったのを覚えている。
西条加奈子は、天使のように微笑んで、僕に言ってくれた。
「だいじょうぶだよ! リッカ君は優しい子だからね! 人を呪い殺したりなんてしないし! 君と一緒にいて、不幸になんかならないよ! 絶対!」
彼女は帰り道、路地に差し込む夕日を背に、そう宣言した。
「だって、私が幸せだから! 君と一緒にいることは、人を幸せにするんだよ!」と。
すごく嬉しかったのを覚えている。涙が出そうになったくらいに。「ああ、そうか…、僕は別に、人を不幸にするわけじゃないんだ」っていう幻覚に囚われた。
今思えば、彼女は「正義」に溢れ、「優しく」もあり、そして、「鈍感」だった。
融通が利かない。って言うのだろうか? 彼女の選ぶ選択は、常に「イエス」か「ノー」だったのだ。
人を虐めてはいけません。
人を悲しませてはいけません。
ズルをしてはいけません。
そんな小学校の道徳で習うようなことを、彼女はその魂を用いて体現していた。
周りは、彼女に「彼と関わったら、呪われるよ」って忠告をする。彼女は顔を真っ赤にして怒った。「そんなこと言ったらダメでしょうが!」って。
彼女は正しいことをした。そうだよな、人の悪口を言ったらダメだよな。
だけど、僕の場合は特別だ。僕には実例があった。「人を不幸にする」という実例が。確証は無いが、僕と関われば、本当に何かがあるのだ。
僕のことを忠告した者たちに対し、涙ながらに反論した彼女の行動は、道端に煙草を捨てた者に対し、大声で「煙草を捨ててはいけません」というようなものだった。つまり、融通が利かないのだ。身の振り方を知らなかったのだ。
僕と同じように、西条加奈子は、孤立していった。みんな、憐れむような目で彼女を見て、「ああ、あの子はもうダメだ」って言いたげだった。
だけど、彼女は笑っていた。「自分は正しいことをしたんだ!」と胸を張った。
「だいじょうぶだよ! リッカ君! 私は君の味方だから! 君と一緒にいると、幸せになれるって! 私が証明してあげるから!」
その言葉を聞いた時、また、目頭が熱くなったのを覚えている。
僕と関わった者は、必ず不幸になる…、はず。なのに、彼女の幸せそうな顔を見ると、なっぜか信じて見たくなった。それが、嘘や勘違いの類であるということを。
そして、三学期に入った頃、彼女の体調が悪化した。
僕と話しているとき、弁当を食べているとき、一緒に歩いている時、彼女はいつも咳き込んでいた。ゲホッ! ゲホッ! って、気管の内側をやすりで研いでいるかのような、痛々しい病的な咳だった。
僕が「大丈夫?」と聞くと、彼女は青白い顔で笑って、「大丈夫!」と言った。その時はまだ、春が近づいて、寒暖差が大きい季節だから、風邪を引いたのだろうと思い込んでいた。
四月に入り、新学期が始まった時、僕と西条加奈子は一緒のクラスになった。
あの時は本当に嬉しかった。人前にも関わらず、お互いに手を合わせて、「やったね!」「やったな!」って言い合い、兎みたいに跳びまわった。周りの冷たい視線が痛かった。でも、嬉しかった。
その瞬間、西条加奈子は血を吐いて倒れた。
彼女はすぐに病院院に搬送され、そのまま入院となった。
僕はすぐに、花と菓子折りを用意して、彼女が入院している病院にお見舞いに向かった。体調が安定しないらしく、面会をすることはできなかったが、代わりに彼女の両親に出会った。二人ともおっとりとして、いい人だった。僕のことは彼女から聞かされているらしく、「頑張ってね」と、逆に励まされた。
そして半年後、彼女の両親が、血を吐いて倒れた。
最初は感染症を疑われたらしいが、検査しても原因がわからなかったという。
クラスのみんなが、バケモノを見るような目で僕を見ていた。
僕も、「やっぱり僕って、バケモノじゃないか?」って思うようになった。
ああ、そっか、そうなるかあ…。やっぱり、そうだよなあ。
それから二年間、西条加奈子が学校に姿を見せることは無かった。彼女は実証できなかった。「僕といると幸せになれる」ということを。結局、血を吐いて、病院のベッドに横たわり、身体中に変なチューブを繋がれ、無益な時間を過ごすことになったのだ。
あれから、四年が経った。
人の憎悪を増幅させるには、十分な時間だと思った。