放課後になり、私は梶君と一緒に図書室へと向かった。
 荷物を置いた梶君は、書棚の間へ行くと、何冊かの本を取り出し、机に戻ってくる。分厚いハードカバーの本を見て、私は、
「それ、何の本?」
 と問いかけた。
「『ヨーロッパ史』と『北欧神話の神々』。小説のネタ探し」
「へえ~。そういえば、梶君って、どんな小説を書いているの?」
 梶君の向かい側に腰を下ろしながら尋ねると、
「今はファンタジー。でも、青春物も書くよ」
 梶君は簡単なことのようにさらりと答えた。
「ジャンル問わず? すごいね」
「でも、恋愛物だけは書いたことがない。だから、蒼井さんの小説は新鮮だった」
「そ、そう?」
 話題が自分の小説の方へ向き、私は恥ずかしくなって目を逸らした。なるべく、そこには触れないで欲しい。
 話題を変えようと、
「梶君の小説、読ませてよ」
 と、頼むと、彼は「え」と嫌そうな顔をした。
「何、その顔。だって私の小説、勝手に読んだじゃない」
 頬を膨らませて見せると、梶君は首を振り、
「未完成のものは嫌だよ。俺、初稿の後、めちゃくちゃ書き直すから」
 と、なんだかプロっぽい発言をした。
「じゃあ、完成したら見せてくれる?」
 それならいいだろうと詰め寄ると、
「……うーん、考えとく」
 梶君はしぶしぶといった体で頷いた。
「でも、まだ先になるよ」
「待ってる」
「気が長いな」
「おばあちゃんになるまではかからないでしょ」
「それはそうだ」
 私の言い様に、梶君が面白そうに笑う。
(わ、こんな楽しそうな顔もするんだ)
 私が梶君の顔をじっと見つめていることに気が付いたのか、梶君は笑顔を引っ込めると、視線を逸らし、本をめくり始めた。
 彼が集中し始めたので、私はカバンの中から文庫本を取り出すと栞を外した。
 しばらくの間、お互いに静かに本を読んでいたけれど、私は三十分程で文庫本を読み終えてしまい、机に本を置くと「あ~、面白かった」と声に出した。
 私の声を聞いた梶君がこちらを向いて、
「蒼井さんはどんな本を読んでるの?」
 と興味を持ったように問いかけてきた。
 私は文庫本を取り上げると、
「今は霧島悠(きりしまゆう)って人の本にハマってるよ。高校生の学園生活を描いた青春物なんだけど、すごく面白いの」
 カバーを外して梶君に見せた。すると、梶君は息を飲んだような顔をして、
「へ、へえ……そうなんだ」
 とメガネを押し上げた。その頬が、心なしか赤い。
「もしかして、梶君も霧島悠が好き?」
 同士かと思って尋ねたら、梶君は歯切れの悪い口調で「まあ、ほどほどに……」と答えた。
(ほどほどって、何?)
 変な受け答えに首を傾げる。
「良かったら、貸そうか?」
「いや、それは、持ってるから……」
「そうなんだ」
「やっぱり同士だ」と思い、嬉しくなる。
「梶君は霧島悠の作品の中で、どれが一番好き? 私はね、『青色の歌』っていう、合唱部の話が一番好きで、部活動の中の人間関係が複雑なのが面白くて……」
 好きな本の話を弾んだ声で始めたら、梶君が、
「あ、あのさ! 部活中は本を読んでいたらいいなんて言ったけど、蒼井さんも、ここで小説書けば?」
 と、私の言葉を遮るように言った。
「俺、別に見ないから。今日も、授業中に書いてたんだろ? 授業中に隠れて書くより、ここで集中して書いた方が効率もいいと思う」
 もっともなことを言われて、私は考え込んだ。
「……絶対に見ない?」
 私は、前科持ちの梶君をじろりと見つめた。
「見ない」
「分かった」
 きっぱりと約束をしてくれた彼の言葉を信じると、私はカバンからノートを取り出した。
「見ないでよ」
 もう一度念を押し、書きかけの小説に視線を落とす。文章は、ヒロインの鼓動が早くなったところで止まっている。
 私はシャープペンシルを手に取ると、胸の中で温めていたその先の展開を、さらさらと綴り始めた。