次の日、ピピピピ、という懐かしい音で目が覚めた。それは生理的に受け付けない、大嫌いな音だった。僕は反射的に体を動かして、目覚まし時計のアラームを止める。そのまま寝返りを打って、ベッドから這い出た。
寝ぼけたまま、ボサボサの頭をぐしゃぐしゃとかく。ふわぁっと欠伸をしてから、目を開けた。その瞬間、全ての眠気が吹き飛んだ。
そこは間違いなく、僕が数年前まで住んでいた実家の自室だった。慌てて、部屋から飛び出す。廊下も、階段も、他の部屋も、全てが実家と同じ作りだった。
「何が起きてるんだ」
寝ている間に、何者かが僕を実家に連れて来たのか。一瞬そう思ったが、誰がそんな真似をするのか、どんな理由でそんな行動を起こすのか、見当もつかなかった。
混乱する思考のままリビングに向かうと、ピンポーンという間延びした電子音が鳴った。
インターホンを見ると、そこには制服を着た来夏が立っている。
あまりの懐かしさに体が震えている。玄関のドアを開けると、彼女はもじもじしながら僕を見た。
「なんか恥ずかしいな。二十歳にもなって制服着るなんてさ」
だが、来夏の姿はどこからどうで見ても高校時代の安達来夏だった。
「これ、どういうことなの?」
「え? だから言ったでしょ。過去に戻ってきたんだよ。私達は、あの頃に戻ってきたんだ」
来夏はお日様のように笑いながら、僕を見ている。
「さっ、朝ご飯にしよっか」
彼女は僕の家へと上がり込んで、リビングへと向かう。そんな彼女の姿を見ていると、本当に過去に戻ったような気持ちになる。
混乱する頭を無理やり抑え付けて、彼女を追う。彼女はいつも通りにキッチンに立ち、僕の朝食を用意していた。
「ねえ、この景色すっごい懐かしいよ!」
来夏は、オープンキッチンに立って叫んでいる。彼女の右手には生卵が二つ握られていた。
「これは一体、どういうことなの?」
オウムのように同じことを繰り返してしまう。
「だからー。優太くんの願いを叶えたんだってばー」
来夏は微笑みながら、生卵をフライパンの上に落とした。ジュッという音が鳴って「熱っ!」と来夏が叫んだ。
「僕達は、タイムスリップしたってことなの?」
「まあ、そうなるんじゃないかな?」
冗談半分で聞いたつもりだったが、来夏は大真面目な顔で頷く。
テレビ付けて、と来夏に言われ、テレビの電源を入れた。
朝の情報番組が流れ出し、明るい表情をしたニュースキャスターが原稿を読み上げる。
「さて、開催が一ヶ月後に迫っているリオデジャネイロオリンピックですが、ここでメダルが期待されている競技について――――」
キャスターは確かに「リオデジャネイロオリンピック」と言った。リオ五輪が開催されたのは今からちょうど四年前。2016年のことだ。
「来夏、これ、どういうこと?」
「どういうことも何も、過去に戻ったんだって」
これは何かのドッキリだろうか。そう思い、慌ててスマホを開いて見たが、カレンダーは2016年を表示していた。最近起きた事件について検索してみたが、何一つヒットしなかった。
こんな手の込んだドッキリが出来るだろうか。いや、出来るわけがない。
「これ、信じていいんだよな?」
「もちろん。だって、優太くんは何があっても私を信じてくれるって言ったじゃん」
確かに、僕はそう言った。
「ここは、四年前なんだよ。私達は、ここから人生をやり直すんだ」
朝食を作り終えた来夏は、卵焼きをテーブルに置く。
「本当はね、もっと早くこうしたかったんだ。でも、タイムスリップなんてしたら、尚更優太くんに疑われちゃうかなって」
「いや、ここまで来たらもうお手上げだよ」
人間の出来る限界を超えている。
「ははっ。確かにそうだよね」
「なんでこうなったのかは、やっぱり教えてくれないの?」
ご飯をよそっていた彼女は「もちろんだよ。内緒」とおどけていた。
「そっか。なら仕方ないね」
驚くほどあっさりと、僕はこの状況を受け入れていた。それもそうだろう。天の声なんていう存在がいて、死んだ人間が生き返って、その後にタイムスリップだ。非日常に慣れてしまった。タイムスリップしたくらいじゃ、もう驚けないのかもしれない。
「あら、意外にも驚きが少ないんだね」
「いや、混乱はしてるよ。でも、混乱してる方が馬鹿馬鹿しいと思えてくるようなことが最近多くてね」
「あははっ! 確かに、優太くんからしたら分けわかんないことばっかりだよね。でも、嬉しい混乱でしょ?」
「最初は驚いたけど、概ね嬉しいよ」
「なら良かった」
この超常の力にも、何かしらのトリックがあるのだろう。そのトリックが、来夏の正体に繋がるのだろう。
むしろ、タイムスリップなんていう大技を繰り出されたせいで、目の前の来夏は本当に本物なんじゃないかと思えてきた。だって、こんなことが出来るのなら、死んだ人間が生き返ることだってあり得そうじゃないか。そんな希望が、芽生えて来てしまった。
だが、そう思えば思うほど、この世を去りたくないと思ってしまう。あの頭痛が、本当に忌々しかった。一分でもいい。一秒でもいい、この世界に長くいたいと、心の底から思った。
寝ぼけたまま、ボサボサの頭をぐしゃぐしゃとかく。ふわぁっと欠伸をしてから、目を開けた。その瞬間、全ての眠気が吹き飛んだ。
そこは間違いなく、僕が数年前まで住んでいた実家の自室だった。慌てて、部屋から飛び出す。廊下も、階段も、他の部屋も、全てが実家と同じ作りだった。
「何が起きてるんだ」
寝ている間に、何者かが僕を実家に連れて来たのか。一瞬そう思ったが、誰がそんな真似をするのか、どんな理由でそんな行動を起こすのか、見当もつかなかった。
混乱する思考のままリビングに向かうと、ピンポーンという間延びした電子音が鳴った。
インターホンを見ると、そこには制服を着た来夏が立っている。
あまりの懐かしさに体が震えている。玄関のドアを開けると、彼女はもじもじしながら僕を見た。
「なんか恥ずかしいな。二十歳にもなって制服着るなんてさ」
だが、来夏の姿はどこからどうで見ても高校時代の安達来夏だった。
「これ、どういうことなの?」
「え? だから言ったでしょ。過去に戻ってきたんだよ。私達は、あの頃に戻ってきたんだ」
来夏はお日様のように笑いながら、僕を見ている。
「さっ、朝ご飯にしよっか」
彼女は僕の家へと上がり込んで、リビングへと向かう。そんな彼女の姿を見ていると、本当に過去に戻ったような気持ちになる。
混乱する頭を無理やり抑え付けて、彼女を追う。彼女はいつも通りにキッチンに立ち、僕の朝食を用意していた。
「ねえ、この景色すっごい懐かしいよ!」
来夏は、オープンキッチンに立って叫んでいる。彼女の右手には生卵が二つ握られていた。
「これは一体、どういうことなの?」
オウムのように同じことを繰り返してしまう。
「だからー。優太くんの願いを叶えたんだってばー」
来夏は微笑みながら、生卵をフライパンの上に落とした。ジュッという音が鳴って「熱っ!」と来夏が叫んだ。
「僕達は、タイムスリップしたってことなの?」
「まあ、そうなるんじゃないかな?」
冗談半分で聞いたつもりだったが、来夏は大真面目な顔で頷く。
テレビ付けて、と来夏に言われ、テレビの電源を入れた。
朝の情報番組が流れ出し、明るい表情をしたニュースキャスターが原稿を読み上げる。
「さて、開催が一ヶ月後に迫っているリオデジャネイロオリンピックですが、ここでメダルが期待されている競技について――――」
キャスターは確かに「リオデジャネイロオリンピック」と言った。リオ五輪が開催されたのは今からちょうど四年前。2016年のことだ。
「来夏、これ、どういうこと?」
「どういうことも何も、過去に戻ったんだって」
これは何かのドッキリだろうか。そう思い、慌ててスマホを開いて見たが、カレンダーは2016年を表示していた。最近起きた事件について検索してみたが、何一つヒットしなかった。
こんな手の込んだドッキリが出来るだろうか。いや、出来るわけがない。
「これ、信じていいんだよな?」
「もちろん。だって、優太くんは何があっても私を信じてくれるって言ったじゃん」
確かに、僕はそう言った。
「ここは、四年前なんだよ。私達は、ここから人生をやり直すんだ」
朝食を作り終えた来夏は、卵焼きをテーブルに置く。
「本当はね、もっと早くこうしたかったんだ。でも、タイムスリップなんてしたら、尚更優太くんに疑われちゃうかなって」
「いや、ここまで来たらもうお手上げだよ」
人間の出来る限界を超えている。
「ははっ。確かにそうだよね」
「なんでこうなったのかは、やっぱり教えてくれないの?」
ご飯をよそっていた彼女は「もちろんだよ。内緒」とおどけていた。
「そっか。なら仕方ないね」
驚くほどあっさりと、僕はこの状況を受け入れていた。それもそうだろう。天の声なんていう存在がいて、死んだ人間が生き返って、その後にタイムスリップだ。非日常に慣れてしまった。タイムスリップしたくらいじゃ、もう驚けないのかもしれない。
「あら、意外にも驚きが少ないんだね」
「いや、混乱はしてるよ。でも、混乱してる方が馬鹿馬鹿しいと思えてくるようなことが最近多くてね」
「あははっ! 確かに、優太くんからしたら分けわかんないことばっかりだよね。でも、嬉しい混乱でしょ?」
「最初は驚いたけど、概ね嬉しいよ」
「なら良かった」
この超常の力にも、何かしらのトリックがあるのだろう。そのトリックが、来夏の正体に繋がるのだろう。
むしろ、タイムスリップなんていう大技を繰り出されたせいで、目の前の来夏は本当に本物なんじゃないかと思えてきた。だって、こんなことが出来るのなら、死んだ人間が生き返ることだってあり得そうじゃないか。そんな希望が、芽生えて来てしまった。
だが、そう思えば思うほど、この世を去りたくないと思ってしまう。あの頭痛が、本当に忌々しかった。一分でもいい。一秒でもいい、この世界に長くいたいと、心の底から思った。