その日の夜、琴美と電話で図書室でのことを話した。

「桜川愁?」
「そう。知ってる?」
 尋ねると、あぁ、と思い出したように琴美が言った。

「うん、知ってるよ。学年トップの秀才でしょ」
「やっぱり頭いいんだ」
 疑っているわけじゃないけど、本人以外から聞くと途端に信憑性が増す。

「桜川くんに勉強教えてもらったんだ?」
「うん。あんまり簡単に問題解いたから、びっくりしちゃったよ。しかも教え方も上手で、わかりやすかった」
 呆れたように言うと、琴美は感嘆の声を上げる。

「さすが学年トップだねー。私と勉強するよりわかりやすかったでしょ?」
「まぁ、正直」
「ほんとに正直でよろしい」
 私が少し考えて答えると、そう言って琴美は笑った。

「でも珍しいね、雪穂って男子苦手だと思ってた」
「苦手だよ。教えてもらってる間、すごく緊張した」
 我ながらよくやったと改めて思う。せっかく教えてくれているのだからとしっかり話は聞いていたけれど、身体はずっと硬直していた。

「あはは、でもまぁ、慣れるのは悪くないと思うよ」
「緊張で身が持たないよ。桜川くんはわかりやすいけど、教えてもらうなら琴美がいい」
「そりゃどうも。まぁそれですぐ乗り換えられても私も寂しいし」
「明日からもお願いします」
「了解です。でもさ、桜川くん、どうして急に教えてくれようと思ったんだろうね」
 そういえば、と首を傾げる。結局、今日は図書館を追い出されたから、ばたばたと帰り支度をしたせいで聞きそびれてしまった。

「何でだろうね」
 私も琴美に合わせてそう言うと、琴美が電話の向こうで何やら考え込むようにうなる声が聞こえる。

「ひょっとして……桜川くん、雪穂のことが好きだったりして」
 琴美の言葉に、一瞬頭の中が真っ白になった。

「へっ……そ、そんなわけないよ! 話したことないって、桜川くんが言ってたし」
 私にはあまりにも縁遠い話題で、思い切り否定する。

「話したことはなくても、桜川くんは雪穂のこと知ってたのかもしれないじゃない? 話せるチャンスをずっと狙ってて、勉強を教えるっていうのがいい口実になったのかも」
 聞いていると、何だか恥ずかしくなって顔が熱くなってくる。

「でも……何で私なんか」
「えー、雪穂はいい子だもん。全然おかしくないと思うけどな」
「からかうのやめてよ」
 顔の熱さが止まらない。顔が溶けだしてきそうだった。

「だとしたら、私が勉強教えるの悪いよね。雪穂の成績のためにも、やっぱり桜川くんにずっと教えてもらった方がいいんじゃない?」
「だから、やめてって」
 わざと言っているのがわかる口調で、楽しそうに笑っている琴美の顔が容易に想像できる。私が必死に抵抗すると、琴美はおかしそうに笑い声を上げた。