それからは、あっというまだった。
夏休み中に私はこの人工脳の機能を停止することを決め、井田先生にそのことを伝えた後、お母さんには学校への連絡をお願いした。また入院することになった、いつ頃になるかはわからない。それぐらいの連絡でいいかと思ったけど、私の人工脳のことはもうクラスのみんなにも知られているところだ。もう隠す意味もなさそうだから、クラスで何か聞かれたら説明しておいてと琴美に頼むことにした。
向こうの世界に戻る前日、琴美に会ってそのことを伝えた。
夏真っ盛り。世間はお盆。太陽が肌の大敵になるくらいに強烈な日差しを向けていて、あの日見た神々しい太陽とはまるで別人みたいだ。太陽も人と同じく、いろんな顔を持っていると改めて感じさせられた。
公園のベンチに座っていると、蝉のけたたましい鳴き声が鼓膜に刺さる。エアコンの効いたどっちかの家でよかったんじゃないかと琴美にぼやかれたけど、たぶん、私が無意識に求めていたんだ。残された時間、しばらく出会えない太陽の下で、私が幸せだと感じているこの世界のことを、できるだけ多く感じていたいって。厳しくてうんざりするけど、会えないと思うと何だか寂しい。中学生の時、すぐ怒るから嫌いだった先生がいたな。でもそういう先生に限ってなぜかよく思い出してしまうんだ。そういうのにちょっと似てると思った。
「みんな、お見舞いに来たがるかもね」
琴美は私のお願いに快く承諾してくれた。でも、クラス替え以来姿を見せなかった前回と比べて、今回はたった数ヶ月だけど一緒に過ごして、阿久津さんとのやりとりを見せてしまった後だ。事情を知っているクラスの友達はそう希望するかもしれないと琴美が言った。
「いいよ、どうせ寝てるだけだし、つまんないよ」
「もしどうしてもって言われたら、ちゃんと見られても恥ずかしくないようにしといてあげるよ」
それは助かる。寝ている自分の姿を見たことはないけれど、何となく恥ずかしいから、せめて格好だけはちゃんとしておきたい。
「ねぇ、琴美」
「何?」
「私、ずいぶんわがままになっちゃったよ」
「いいんだよ、それで」
あの日、昇る朝日にずっと魅入っていた私と愁くんに、そろそろ行こうかと琴美が声をかけてきたのは、始発が動き出す少し前のことだった。その場を離れるきっかけをなかなかつかめずにいたから、琴美が来てくれて助かった。私はこれから帰ると連絡を入れて、そそくさと支度を始めた。
帰りの電車内では、あまり言葉を交わすことはしなかった。眠たかったのもあるけど、朝日の余韻に浸っていたのもあるし、伝えるべき言葉を伝えて安心したというのもあったと思う。
結局電車の中では景色、すごかったね、なんてぼんやりとした感想を確かめ合うような一言二言の会話で終わった。それ以上に言葉を交わすことで、愁くんと話した言葉を、つないだ手の温もりを、その余韻をほんの水の一滴程度ですら薄めてしまいたくなかったからだ。
愁くんへも、琴美へも、最後の最後まで私はわがままを貫き通すようになってしまった。
でもそんな私を、琴美はあっさりと笑い飛ばした。
「だいたい、雪穂は昔からそうだよね。誰に何の気を使ってるのか知らないけど、自分の言いたいこととかやりたいこと全部飲みこんで、我慢してばっかり。私が雪穂の顔色見て、あぁ、ほんとはこうしてほしいんだなとか、こう言いたいんだなとか察して言葉にしてあげないと、本音ひとつこぼさないんだから。まったく、世話が焼けるよ」
「ごめん……」
「ほら、そうやってすぐ謝るのもそうだよ。謝んなくていいの、わがままなんて、人間赤ちゃんの時から好き勝手泣いて、駄々こねて、散々周りに迷惑かけながら育ってきてるんだから。そこから周りの人とわがままぶつけあって、妥協点見つけて進んでいくんだよ。わがまま言わなくなるのなんて、もっとずっと大人になってからでいいじゃん。周りとの距離の取り方、もっと上手になってからでいいじゃん。今は思うままのこと、言っていいんだよ」
琴美は私の肩をつかんで揺さぶりながら、まくしたてるように言った。
「うん、そうだね。ありがとう。次からはもっとちゃんと言うよ。琴美がずっと、私の背中を押してくれてたんだもんね。それを無駄にしないようにしなきゃ」
何度も何度も、私は本当に世話を焼かせてきた。私はちゃんとそれに応えていかなきゃいけない。
「そうだよ、ほんとだよ。次からは……次からは、って言うんだったらさ、ちゃんと帰ってきてよ、ちゃんと目を覚ましてよ。それでいっぱい、わがまま言ってよ。目を覚まさなかったり、また気を使ったりしたら、怒るから……ほんとに、怒るからね」
蝉のつんざくような騒々しさに混じるように、琴美の涙ぐんだ声が響く。
私はうん、と小さくうなずいて、琴美の肩をぎゅっと引き寄せた。
夏休み中に私はこの人工脳の機能を停止することを決め、井田先生にそのことを伝えた後、お母さんには学校への連絡をお願いした。また入院することになった、いつ頃になるかはわからない。それぐらいの連絡でいいかと思ったけど、私の人工脳のことはもうクラスのみんなにも知られているところだ。もう隠す意味もなさそうだから、クラスで何か聞かれたら説明しておいてと琴美に頼むことにした。
向こうの世界に戻る前日、琴美に会ってそのことを伝えた。
夏真っ盛り。世間はお盆。太陽が肌の大敵になるくらいに強烈な日差しを向けていて、あの日見た神々しい太陽とはまるで別人みたいだ。太陽も人と同じく、いろんな顔を持っていると改めて感じさせられた。
公園のベンチに座っていると、蝉のけたたましい鳴き声が鼓膜に刺さる。エアコンの効いたどっちかの家でよかったんじゃないかと琴美にぼやかれたけど、たぶん、私が無意識に求めていたんだ。残された時間、しばらく出会えない太陽の下で、私が幸せだと感じているこの世界のことを、できるだけ多く感じていたいって。厳しくてうんざりするけど、会えないと思うと何だか寂しい。中学生の時、すぐ怒るから嫌いだった先生がいたな。でもそういう先生に限ってなぜかよく思い出してしまうんだ。そういうのにちょっと似てると思った。
「みんな、お見舞いに来たがるかもね」
琴美は私のお願いに快く承諾してくれた。でも、クラス替え以来姿を見せなかった前回と比べて、今回はたった数ヶ月だけど一緒に過ごして、阿久津さんとのやりとりを見せてしまった後だ。事情を知っているクラスの友達はそう希望するかもしれないと琴美が言った。
「いいよ、どうせ寝てるだけだし、つまんないよ」
「もしどうしてもって言われたら、ちゃんと見られても恥ずかしくないようにしといてあげるよ」
それは助かる。寝ている自分の姿を見たことはないけれど、何となく恥ずかしいから、せめて格好だけはちゃんとしておきたい。
「ねぇ、琴美」
「何?」
「私、ずいぶんわがままになっちゃったよ」
「いいんだよ、それで」
あの日、昇る朝日にずっと魅入っていた私と愁くんに、そろそろ行こうかと琴美が声をかけてきたのは、始発が動き出す少し前のことだった。その場を離れるきっかけをなかなかつかめずにいたから、琴美が来てくれて助かった。私はこれから帰ると連絡を入れて、そそくさと支度を始めた。
帰りの電車内では、あまり言葉を交わすことはしなかった。眠たかったのもあるけど、朝日の余韻に浸っていたのもあるし、伝えるべき言葉を伝えて安心したというのもあったと思う。
結局電車の中では景色、すごかったね、なんてぼんやりとした感想を確かめ合うような一言二言の会話で終わった。それ以上に言葉を交わすことで、愁くんと話した言葉を、つないだ手の温もりを、その余韻をほんの水の一滴程度ですら薄めてしまいたくなかったからだ。
愁くんへも、琴美へも、最後の最後まで私はわがままを貫き通すようになってしまった。
でもそんな私を、琴美はあっさりと笑い飛ばした。
「だいたい、雪穂は昔からそうだよね。誰に何の気を使ってるのか知らないけど、自分の言いたいこととかやりたいこと全部飲みこんで、我慢してばっかり。私が雪穂の顔色見て、あぁ、ほんとはこうしてほしいんだなとか、こう言いたいんだなとか察して言葉にしてあげないと、本音ひとつこぼさないんだから。まったく、世話が焼けるよ」
「ごめん……」
「ほら、そうやってすぐ謝るのもそうだよ。謝んなくていいの、わがままなんて、人間赤ちゃんの時から好き勝手泣いて、駄々こねて、散々周りに迷惑かけながら育ってきてるんだから。そこから周りの人とわがままぶつけあって、妥協点見つけて進んでいくんだよ。わがまま言わなくなるのなんて、もっとずっと大人になってからでいいじゃん。周りとの距離の取り方、もっと上手になってからでいいじゃん。今は思うままのこと、言っていいんだよ」
琴美は私の肩をつかんで揺さぶりながら、まくしたてるように言った。
「うん、そうだね。ありがとう。次からはもっとちゃんと言うよ。琴美がずっと、私の背中を押してくれてたんだもんね。それを無駄にしないようにしなきゃ」
何度も何度も、私は本当に世話を焼かせてきた。私はちゃんとそれに応えていかなきゃいけない。
「そうだよ、ほんとだよ。次からは……次からは、って言うんだったらさ、ちゃんと帰ってきてよ、ちゃんと目を覚ましてよ。それでいっぱい、わがまま言ってよ。目を覚まさなかったり、また気を使ったりしたら、怒るから……ほんとに、怒るからね」
蝉のつんざくような騒々しさに混じるように、琴美の涙ぐんだ声が響く。
私はうん、と小さくうなずいて、琴美の肩をぎゅっと引き寄せた。


