夏休みに入る直前のある日、久しぶりにあの夢を見た。

 深い闇で埋め尽くされた、あの場所にいる夢。

 夢の中で私は、闇に飲み込まれないように必死に抵抗していた。どこにあるのか、ちゃんとあるのかもわからない手足や身体全体を懸命に動かそうと試みて、早くこの悪夢から抜け出そうとして。

 どれくらいもがいていたのか、唐突に私の意識は元の世界で覚醒した。視界いっぱいに広がる、見慣れた天井とそこを照らす部屋のライト。激しい運動をした直後みたいに呼吸が乱れていて、全力で酸素を送り出す心臓が胸を上下させている。

 顔を横に向けると、見慣れた家具やお気に入りの小物が並んでいるのが見えて、間違いなくここは私の部屋だと確認しほっと息をついた。念のためにと手のひらを自分の目の前まで持ってきて、自分の意思で指先の開閉を試みる。大丈夫、ちゃんと自分の身体はある。

 不思議なもので、夢の中では夢だと認識できているのに、目が覚めると寝ぼけているのか何かが狂っているのか、夢と現実が混在して、自分の認識に自信が持てなくなる。あの闇の中が本当は現実なんじゃないかと、そんな風に思ってしまう。

 深呼吸をして、息を整える。身体中から汗が滲み出ていた。面倒だけど、このままでいるのは気持ちが悪いから着替えるために身体を起こす。

 しばらく、あの悪夢から遠ざかっていたはずなのにどうしてだろう。このまま忘れてしまえると、かすかに期待していたのに。

 服を脱いで身体の汗を拭きながら、私は嫌な予感がしていた。

 ひょっとしたら、と思い当たることがある。

 球技大会の日、ボールが頭部を直撃して意識を失ったあの日。ずっと忘れていたけど、うっすらと思い出してきた。意識を失っていた数時間の間、私は夢なんかじゃなく、本当にあの深い闇の中にいた気がする。

 短い時間で覚醒することができたから、今の今まで忘れたままでいられたのかもしれない。でも植え付けられた記憶が、たとえ忘れていても悪夢をまた私に見せてしまった。

 もう嫌だな、こんな怖い夢なんて見たくない。

 どうしたら見なくても済むのか。考えたけどわからないまま、私は眠りにつけず朝を迎えた。