「それで、今日愁とはどんな話をしたの?」
帰り道、琴美がふいに聞いてきた。あくまで急に思い出したような体を取り繕っているようだけど、早く聞きたかったという雰囲気が顔に出ていてバレバレだ。
私は隠すことなく、愁くんに見つけてもらってからの流れを琴美に話した。琴美は今日の騒ぎで私を守ってくれたわけだし、間違いなく一番心配してくれていたのだから、知る権利はある。
「へぇ、そんな感じだったんだ」
あまり驚いた様子ではないけれど、琴美が感嘆の声を上げる。
「でも、ほんとよかったよ、愁が見つけてくれて。私が愁に話をした時、血相変えて出て行ったから。私も後でちゃんとお礼言わなきゃかな」
私を見つけた時の、愁くんのほっとした顔。教室を飛び出す愁くんの様子が私にも想像できた。本当に必死で、私を心配してくれたのだと改めて嬉しく思う。
「あのね、琴美……私、その」
だから私は、ちゃんとこの気持ちを自覚できたんだ。
これも、ちゃんと琴美には報告しておきたくて。
「私、愁くんのこと……好きに、なったかもしれない」
この言葉を声にするのは初めてで、とてつもなく恥ずかしいものだと知った。何でも相談できる琴美相手であっても、言葉が喉の奥でつかえそうになって、顔全体が風邪を引いた時のように熱くなって、汗が吹き出しそうだ。
すると、琴美は数秒だけど目を見開いたまま動かなくなった。何事かと私も足を止めて琴美の様子を窺う。琴美が次の瞬きをするまでに、私は三回は瞬きをしたと思う。
はっと琴美が我に返ると、嬉々とした表情で歓声を上げた。
「ほんとに? おめでとう、雪穂!」
飛び跳ねる琴美が勢いそのままに抱きついてくる。耐えきれず、私は思わずよろけてしまった。
「おめでとうなの?」
「だって、まさか雪穂からそんな風に言ってくれるとは思わなかったからさ」
「私も……ちょっと自分で驚いてる。こんな気持ち、初めてだったから」
そう言うと、琴美はうんうんと温かい視線を向けながら細かくうなずく。
それからしばらく、私と琴美は互いに何も言葉を発することなく歩き続けた。私にとっては最大級に勇気のいる告白だっただけに、この後どんな会話をしたらいいのかわからない。琴美も何やら、時折余韻に浸っているような表情を見せる。
歩きながらちらちらと琴美の様子を窺っていると、私の視線を察したのか、琴美がくすりと笑みを浮かべながら口を開く。
「あのさ、雪穂。ひとつ、覚えておいてほしいことがあるんだけど」
「何?」
私は琴美の顔を覗きこむように聞き返す。琴美は私の目をまっすぐに見返しながら、穏やかな口調で続けた。
「雪穂は私のことを大事に思ってくれてるし、いつも気を使ってくれてると思う。それはわかってる。でもね、これからさ、もし愁と私を天秤にかけるような場面があったら……愁の方を選びなよ」
「えっ……どういうこと?」
琴美の言葉の真意がわからず、私はまた聞き返した。すると琴美は小さく苦笑いを浮かべて、そんな大層なことじゃないけど、というように手を振る。
「前にも言ったけどさ、雪穂にはその気持ち大事にしてほしいんだ。せっかく芽生えた、初めての気持ちじゃん。私のことを気にしたせいでブレーキかかったりしてほしくない。雪穂の素直な気持ちのまま、ちょっとぐらいわがままでもいいから、まっすぐに走ってほしいんだよ。安心して、雪穂がどんな選択をしたって、私は雪穂の親友だよ。ちゃんと、わかってるから」
「琴美……」
私が琴美と愁くんを天秤にかける。正直、その状況にあまりピンと来ていなかったけど。ただ、そう言って私の肩に置いた琴美の手は、いつもと何も変わらず温かい。だから琴美はきっと本当にそう思っているのだと、私にそうしてほしいのだということは理解できる。いつかそういう時が来た時のために、覚えておこうと思う。
「うん、わかった。ありがと」
私がうなずくと、満足そうに琴美は笑った。
「それはそうと、もうすぐ夏休みだね。愁とどっか遊びに行って来たら?」
「えっ、二人で?」
唐突にそんな話に切り替えられて、私は声が上ずってしまった。
「いいんじゃない? 今日のお礼に、とか言えば口実は十分でしょ」
「いや、そんな急に言われても……琴美も一緒に行こうよ」
琴美の言うとおり、何かしらのお礼はしようかと思っていたけれど、それを口実に遊びに行くということは、私から誘うということだ。連絡を取るようになったとはいえ、そこまでのことをする勇気はまだない。
「雪穂、今言ったばかりでしょ。私のことは気にせずに、愁と行ってきなよ」
「この場合違うよね、絶対さっきのそういう意味じゃないよね?」
琴美の表情がちょっとにやついている。これは間違いなく私の反応を見て楽しんでいるだけだと確信した。
「わかったわかった、じゃあ三人で遊びに行こうか。私から愁に言っておくよ。雪穂、どこか行きたいところある?」
私の必死の抵抗が功を奏したのか、琴美は早々に諦めてそう言った。私はほっと胸をなでおろして、質問の答えを考える。
「私は……しばらくどこも行けなかったし、行きたいところっていえばありすぎて逆に決められなくなっちゃうな。だから琴美や愁くんの行きたいところあったらそこでいいよ」
休日に遊びに行くことは事故の前でもしょっちゅうあったけど、近場がほとんどだった。電車やバスを使うような遠出だったら、たぶん去年の夏休み以来になるかもしれない。動物園とか、遊園地とか、海とか。どこへ行っても久しぶりだし、どこへだって行きたい。
「じゃあ、考えてまた連絡するよ。春休み遊べなかった分、今年の夏休みはいっぱい遊ぼうね」
琴美がスマホのスケジュール画面を眺めながら、弾んだ声で言った。私も楽しみだ。愁くんも一緒だと思うと楽しみな反面、胸がドキドキして緊張したけれど。
その日の夜遅く、早くも琴美から水族館に行こうとメッセージが届いた。誰が望んだのかわからなかったけど、楽しみで、密かに胸が弾んだ。
帰り道、琴美がふいに聞いてきた。あくまで急に思い出したような体を取り繕っているようだけど、早く聞きたかったという雰囲気が顔に出ていてバレバレだ。
私は隠すことなく、愁くんに見つけてもらってからの流れを琴美に話した。琴美は今日の騒ぎで私を守ってくれたわけだし、間違いなく一番心配してくれていたのだから、知る権利はある。
「へぇ、そんな感じだったんだ」
あまり驚いた様子ではないけれど、琴美が感嘆の声を上げる。
「でも、ほんとよかったよ、愁が見つけてくれて。私が愁に話をした時、血相変えて出て行ったから。私も後でちゃんとお礼言わなきゃかな」
私を見つけた時の、愁くんのほっとした顔。教室を飛び出す愁くんの様子が私にも想像できた。本当に必死で、私を心配してくれたのだと改めて嬉しく思う。
「あのね、琴美……私、その」
だから私は、ちゃんとこの気持ちを自覚できたんだ。
これも、ちゃんと琴美には報告しておきたくて。
「私、愁くんのこと……好きに、なったかもしれない」
この言葉を声にするのは初めてで、とてつもなく恥ずかしいものだと知った。何でも相談できる琴美相手であっても、言葉が喉の奥でつかえそうになって、顔全体が風邪を引いた時のように熱くなって、汗が吹き出しそうだ。
すると、琴美は数秒だけど目を見開いたまま動かなくなった。何事かと私も足を止めて琴美の様子を窺う。琴美が次の瞬きをするまでに、私は三回は瞬きをしたと思う。
はっと琴美が我に返ると、嬉々とした表情で歓声を上げた。
「ほんとに? おめでとう、雪穂!」
飛び跳ねる琴美が勢いそのままに抱きついてくる。耐えきれず、私は思わずよろけてしまった。
「おめでとうなの?」
「だって、まさか雪穂からそんな風に言ってくれるとは思わなかったからさ」
「私も……ちょっと自分で驚いてる。こんな気持ち、初めてだったから」
そう言うと、琴美はうんうんと温かい視線を向けながら細かくうなずく。
それからしばらく、私と琴美は互いに何も言葉を発することなく歩き続けた。私にとっては最大級に勇気のいる告白だっただけに、この後どんな会話をしたらいいのかわからない。琴美も何やら、時折余韻に浸っているような表情を見せる。
歩きながらちらちらと琴美の様子を窺っていると、私の視線を察したのか、琴美がくすりと笑みを浮かべながら口を開く。
「あのさ、雪穂。ひとつ、覚えておいてほしいことがあるんだけど」
「何?」
私は琴美の顔を覗きこむように聞き返す。琴美は私の目をまっすぐに見返しながら、穏やかな口調で続けた。
「雪穂は私のことを大事に思ってくれてるし、いつも気を使ってくれてると思う。それはわかってる。でもね、これからさ、もし愁と私を天秤にかけるような場面があったら……愁の方を選びなよ」
「えっ……どういうこと?」
琴美の言葉の真意がわからず、私はまた聞き返した。すると琴美は小さく苦笑いを浮かべて、そんな大層なことじゃないけど、というように手を振る。
「前にも言ったけどさ、雪穂にはその気持ち大事にしてほしいんだ。せっかく芽生えた、初めての気持ちじゃん。私のことを気にしたせいでブレーキかかったりしてほしくない。雪穂の素直な気持ちのまま、ちょっとぐらいわがままでもいいから、まっすぐに走ってほしいんだよ。安心して、雪穂がどんな選択をしたって、私は雪穂の親友だよ。ちゃんと、わかってるから」
「琴美……」
私が琴美と愁くんを天秤にかける。正直、その状況にあまりピンと来ていなかったけど。ただ、そう言って私の肩に置いた琴美の手は、いつもと何も変わらず温かい。だから琴美はきっと本当にそう思っているのだと、私にそうしてほしいのだということは理解できる。いつかそういう時が来た時のために、覚えておこうと思う。
「うん、わかった。ありがと」
私がうなずくと、満足そうに琴美は笑った。
「それはそうと、もうすぐ夏休みだね。愁とどっか遊びに行って来たら?」
「えっ、二人で?」
唐突にそんな話に切り替えられて、私は声が上ずってしまった。
「いいんじゃない? 今日のお礼に、とか言えば口実は十分でしょ」
「いや、そんな急に言われても……琴美も一緒に行こうよ」
琴美の言うとおり、何かしらのお礼はしようかと思っていたけれど、それを口実に遊びに行くということは、私から誘うということだ。連絡を取るようになったとはいえ、そこまでのことをする勇気はまだない。
「雪穂、今言ったばかりでしょ。私のことは気にせずに、愁と行ってきなよ」
「この場合違うよね、絶対さっきのそういう意味じゃないよね?」
琴美の表情がちょっとにやついている。これは間違いなく私の反応を見て楽しんでいるだけだと確信した。
「わかったわかった、じゃあ三人で遊びに行こうか。私から愁に言っておくよ。雪穂、どこか行きたいところある?」
私の必死の抵抗が功を奏したのか、琴美は早々に諦めてそう言った。私はほっと胸をなでおろして、質問の答えを考える。
「私は……しばらくどこも行けなかったし、行きたいところっていえばありすぎて逆に決められなくなっちゃうな。だから琴美や愁くんの行きたいところあったらそこでいいよ」
休日に遊びに行くことは事故の前でもしょっちゅうあったけど、近場がほとんどだった。電車やバスを使うような遠出だったら、たぶん去年の夏休み以来になるかもしれない。動物園とか、遊園地とか、海とか。どこへ行っても久しぶりだし、どこへだって行きたい。
「じゃあ、考えてまた連絡するよ。春休み遊べなかった分、今年の夏休みはいっぱい遊ぼうね」
琴美がスマホのスケジュール画面を眺めながら、弾んだ声で言った。私も楽しみだ。愁くんも一緒だと思うと楽しみな反面、胸がドキドキして緊張したけれど。
その日の夜遅く、早くも琴美から水族館に行こうとメッセージが届いた。誰が望んだのかわからなかったけど、楽しみで、密かに胸が弾んだ。