お店の前で愁くんと別れ、琴美と二人で駅前の商店街を歩く。夕方のこの時間、駅前の広場の方へ近づくにつれ、駅から向かってくる人や買い物をしている人で混んでいた。

 片道一車線の車道を挟んで、いくつもの商店や飲食店が軒を連ねている。私が小さい頃だったり、私が生まれるよりも前からずっとここにある店もあれば、数年前にオープンした新しくておしゃれなお店もある。歩きなれた商店街だけど、いつもここを通るとわくわくする気がして好きだった。

「楽しかったね、今日は。愁って、思った以上にいい人みたいで安心したよ」
 愁くん本人がここにいないとはいえ、すでに呼び捨ての琴美に内心驚く。

「うん、私もいい人だと思う」
「雪穂、がんばったじゃん。ちゃんと下の名前で呼んだし、連絡先も交換したし」
 がんばった、と言われると照れくさい。今まで自分からそうした経験などなかったから、まだ胸がドキドキしていて熱かった。汗ばんだ手のひらで、スマホをぎゅっと握る。

「ちゃんと毎日連絡取るんだよ?」
「えっ、毎日?」
 学校でも会うかもしれないのに、そんなに何を送ればいいんだろう、と私が焦っていると、琴美が声を上げて笑った。

「うそうそ、冗談だよ。いつでも連絡が取れるっていうのが大事だから、そんなに重く考えなくてもいいよ」
「もう……びっくりしたよ」
 私がほっとして胸をなでおろすと、琴美がそっと背中をさすった。

「まぁ、またテストもやってくることだし、わからなかったら素直に教えてもらったらいいよ。私のことは気にしないで……っていうか、私が教えるより絶対雪穂のためになるし」
 それは確かなのだけど、本当は誰に教えてもらうでもなく、自分ひとりで勉強を進められるのが一番いい。せっかく交換した連絡先も、できれば違う用件のために使いたいな。

「愁とは、これからも仲良くやれそう?」
「うん、仲良くはやれると思う。恋ができるかは……わかんないけど」
 その言葉を口に出すのは正直まだ恥ずかしい。恋そのものがよくわからないから、想像もつかない。でも勉強以外のことをたくさん話したのは今日が初めてだったけど、愁くんの印象は変わらなかった。話している間ずっと笑顔を浮かべていて、話せば話すほど安心できた。

「そっちの方はなるようになるよ。恋はするものじゃない、落ちるものって言うし」
「何それ」
 琴美が楽しそうに話すから、私も思わず笑ってしまった。

「ねぇ、雪穂。明日休みだし、今日は久しぶりにうちに泊まり来ない?」
「うん、行く」
 私は即決でうなずいた。今日楽しかったのは、もう少しこの気分に浸っていたいのは、琴美だけじゃなくて実は私もだ。

「やった、決まりね! じゃあさ、駅前のスーパーでお菓子とか買っていこ」
 琴美が手を叩きながら喜ぶ。

 スーパーは駅前の広場を挟んで東西逆側のとおりにある。私と琴美は駅前に向かう足を速めた。

「……あ」
 広場に差しかかったところで、ふと、視界に映ったものが気になって足を止める。

「雪穂? どうかした?」
 先を歩いていた琴美が、私に気づいて振り返った。

「ううん、別に……」
 桜の木を囲むように設置された円形のベンチ。そのベンチにあのおばあさんが座っていた。

 そういえば最近、テスト勉強が忙しかったこともあってなかなかあの場所に足を向けることがなかった。

 ひょっとして、私が来るのを待っていたらどうしよう、と少し心配になる。会話なんてほとんどないし、約束をするわけでもない。ただ飴をもらうだけの、何の形も持っていないような関係だけど。

 遠目に見るおばあさんは、今日もいつものように何をするでもなく、ただじっとどこか宙を眺めているような様子で、人が行き交うその景色の中に不自然な輪郭を浮き上がらせているように映った。気にはなったけれど琴美が怪訝な顔をしているのに気づいて、私は再び歩き出す。

 また今度行ってみよう、と小さな決心をしていた。