すると、取り巻いていた人の壁がさっと引き、華麗な衣装に身を包んだ見目麗しい青年が姿を現した。

「ヒューム大臣、いったい何が起きたのだ?」

「これはウェイン殿下、恐縮でございます。クラクス様に対し、この女が無礼を働いたようでして」

 殿下?

 ということは、この御方も王子様?

 あんな子供と違って、わたくしにふさわしい年頃じゃないの。

 わたくしの婚約者は本当はこっちなんじゃないの?

 エレナは衛兵におさえつけられながらも、若者に精一杯の微笑みを向けた。

「この者は?」と、若者が屈んでエレナの顔をのぞきこみながら大臣にたずねた。

「伯爵家の者と名乗っておりますが、定かではございません」

 エレナは王子に名乗った。

「シュクルテル伯爵家のエレナと申します。本日初めて参内いたしました。以後、お見知り置きを」

 若者も彼女を見つめ返す。

「このような美しい姫が悪者とは思えないが……」

 まあ、王子様。

 美しく可憐な聖女だなんて。

 言い過ぎですわ。

 エレナは頬を赤らめた。

「……衣装は古くさいようだが」

 王子の言葉に失笑が花咲く。

 ああ、もう!

 それは言わなくてもいいでしょうに。

 人々の脚の間をひょこひょことすり抜けながら幼いクラクス王子が歩み寄ってきた。

 いつの間にかカミラの胸からおりてきたらしい。

「オネオネ」

 エレナの頭をポンポンとたたいて喜んでいる。

 何よ、さっきから、この子。

 いくら王子だからって、よだれまみれの手で触らないでよ。

 エレナが顔を背けようとすると、よけいに手を出してくる。

「オネオネ」

 オネオネって何よ?

 ……『おねえちゃん』ってこと?

 まあ、そりゃあ、この子からしたらお姉さんですけど。

 婚約者を『おねえちゃん』と呼ぶような子供と結婚なんてごめんだわ。

 といっても、ここでまた不機嫌な表情を見せたら面倒なことになる。

 クラクス王子のよだれまみれの指で頬をつつかれながら、エレナは笑顔を崩さないように努めていた。

 二人の様子を見ていたウェイン王子が立ち上がった。

「クラクスもエレナ殿を気に入っているようだ。慣れない宮殿で行き違いがあったのだろう」

 ヒューム大臣は厳格に首を振る。

「しかし、ウェイン殿下、国王陛下に御報告いたしませんと。クラクス殿下への不敬罪は見過ごすわけには参りません」

「いいから、お前達、手を離しなさい」と王子が衛兵達に命じた。

 衛兵達は老大臣に視線をやりつつも、王子の命令に逆らうわけにもいかず、エレナを解放した。

 立ち上がったエレナはウェインの正面に立って一歩前に踏み込んだ。

「ありがとうございます。このような場に慣れぬ者でございますゆえ、不手際をおわび申しわげます」

「なに、かまわんさ。さあ、皆の者、せっかくのめでたいパーティーだ。楽しもうではないか」

 王子が手を挙げて楽団に合図すると華麗なワルツが大ホールに響き始め、取り巻いていた人々はまた舞踏や談笑へと戻っていった。